十二
(ああもう!何なのよいったい。確かに好感度を上げるための試練は乙ゲーに付き物だけど、挨拶周りはまだ終わらないし、推しにはまたあの女が付きっ切りで中々話しかけられないし···)
プレイヤーこと、貝寄風家息女·静歌は、中々進まないストーリー展開に苛立っていた。
勿論、中々進展の兆しが見えないのも恋愛シュミレーションゲームの醍醐味では在るのだが、まさかあんな紫烏が居るとは全くの予想外だった。
戦国モノや、冒険モノをベースにしたタイプだと敵将の愛人的な存在でちゃちゃを入れてくるキャラクターが出てきたりもするが、あれ程あからさまに闘志を剥き出して挑んでくるライバルキャラクターは長い乙ゲー歴において初めての事。それ故に、静歌の焦りもひとしおなのだ。
ぐいぐいと行きたいところだが、長年のプレイヤーの勘から察するに、常雪と紫烏の付き合いは相当長そうだ。それを無理くりに引き離すような事をすれば失恋の可能性だって在り得る。
どうしたらいいのかと、来賓に振り撒く愛想笑いの下で静歌は考えを巡らせていた。
「···あ、あの御父様?」
「どうしたね静歌?」
「ごめんなさい。ちょっと花を摘みにに行きたいのですが···」
「───?···お、おおそうか!!分かった。後は母さんと周るからゆっくり行っておいで」
「ありがとう御座います。それでは···」
静歌はそう言って、そそくさと会場を後にした。
その様子に常雪が気が付き、持っていた湯呑みを卓に置くと、静歌を追って駆け出した。
「──常雪様?どちらへ?」
「あ、すみません。ちょっと不浄へ!直ぐに戻ります!」
「あんなに慌てて···飲み物に何か入っていたのかしら」
「どうした?」
「あ、鳩羽様。いえ、常雪様があんまり慌てて御不浄に行かれたので···何か、飲み物に入っていたのかと···」
「う~ん。俺もおんなじの飲んだけど特に何ともないぜ?ま、心配なら給仕さんに言って、新しいのに替えてもらえば?」
「そうですわね。そうしましょ!」
そう言って、紫烏は自分の物と、常雪の湯呑みを持ち、貝寄風家の給仕の元へ向かった。
「──わあ。こんなに素敵なお庭だったんですね」
その頃、織江は天青と伴って貝寄風家自慢の庭園を散策していた。
「昨日の大手毬もそうですが、本当に隅々まで手が行き届いてますね」
「天青様はお花がお好きなのですね?」
「ええ───」
「なんのお花が好きですか?」
織江の言葉に耳を傾けながら、天青は側咲く白薔薇に手を添える。
「木蓮···でしょうか」
「木蓮。素敵ですね♪あの甘くて柔らかい香り、とても癒やされますよね♪」
目を瞑り、優美な木蓮を思い浮かべる織江の姿に、天青の顔がほころぶ。
そんな微睡みの中、二人の直ぐ近くから草葉の擦れる音が。
「っだあ!!はあ···はあ···」
「常雪様!?」
息を切らし、突然二人の目の前に常雪が現れたのだ。
「はあ···お、織江···」
「如何されました!?まあ、こんなに枝葉を着けて···」
常雪は服はもちろん、髪にまで小さな枝や、葉を着け、まるで山遊びをしたあとのような有様だった。
「どうされました若君」
「はあ···あ、水浅殿···あの、こちらに貝寄風の姫が来ませんでしたか?」
「いえ、みえてませんが····」
天青の言葉に、常雪は苦悶の情を浮かべ、犬歯が剥き出すほど食いしばった。
その姿にただならぬものを感じた織江は、草葉を払う素振りのまま、常雪に耳打ちした。
「常雪様、一体どうしたというのです?」
織江の問い掛けに、常雪はゆっくりと息を吐いて、天青に気取られぬように声を潜める。
「···織江、宿に戻り次第話したいことが有る」
「しょ、承知致しました」
織江の応えを聞くと、常雪はすっと居直り、失礼したと天青に礼を終えると、何もなかったかのように庭園を去っていった。
「温厚な常雪君が珍しい···」
「ええ···」
心配そうに、去ってゆく主を見る織江を見ていた天青は、自分達も会場へ戻ろうと言葉掛けた。
「ごめんなさい。私がお誘いしたのに···」
「なに。そうだ、私達が継いて行けば常雪君も気負いするでしょう。昨日の大手毬の木の方から回って行きましょう」
「はい」
織江が答えると、天青は微笑み、また二人並んで会場へと足を進めた。
本当に天青は優しい。心底そう思う。
でも、優しさに触れるほど、陰りを感じることがある。
常雪がなぜ静歌を追っていたのかも気になるが、織江は天青のことも心配で仕方なかった。
けれど、自分が聞いて良いのか解らない。もしかしたら、聞いてほしくないことかもしれない。
そうして考えていると、天青に顔を覗き込まれた。
「また考え事ですか?」
「あ、や、ごめんなさい···」
「常雪君なら大丈夫ですよ。兄上様や、茅亥の姫様達も居ますし、何より貴女が居る」
「私ですか?」
「ええ。あの方は織江殿を誰よりも信頼している···ですから、心配することはありませんよ」
「天青様も?」
「え?」
天青が少し驚いた様な顔で見つめて来た瞬間、織江の顔に物凄い速さで朱が走った。
「あ、え!?は!!失礼しました!私ったら、なん···ほんとにごめんなさい!」
恥ずかしい。どうしてこんなことを聞いたのだろう。何を期待したのだろう。信じ難い自分の言動に、織江は頭を抱え、顔はどんどん赤らんでいった。
その様子に、天青は思わず吹き出した。
「····ふ。ははは」
「ごめんなさい···はあ···もう···」
「いや、失礼しました。あまりに可愛らしいものでつい」
可愛らしい?
そんな事を男性から言われたのは前世でも、現世でも初めてで、羞恥心ではない、感動に近い。けれど、先の失言の比ではない気恥かしさ。
どうしたらいいのか、織江は口をぱくつかせあわあわと天青を見上げる。
その様子が面白いのか、天青は口元を隠すようにして必死に笑いを堪えていた。
「わ、笑わないで下さい!」
「笑ってなど···ふ、ふ」
「天青様!!」
「····すみません。さ、行きましょう」
そう言って、微笑みかけてくれる天青に抗う術は無く、織江はこくりと頷き、二人は庭園を後にした。
会場に戻ると、来賓者たちかざわつめきが立ち、見渡すと、父母に支えられる様にして、静歌が宴席を立とうとしていた。
「どうされたのでしょう?」
「顔色が悪い。貧血か、なにかかと···」
確かに、父母らの間からちらと覗く静歌の顔は、今朝とは打って変わり、血の気が足りぬような、おぼつかぬ様子だ。
「うん?····あ!御二人とも!こちらです!」
静歌に気取られる二人に気がついた紫烏が、手を上げ、居場所を示す。
それに気がついた天青に肩を突付かれ、織江は紫烏の方へ小走りに駆け寄る。
「紫烏様、これは一体···」
「お二人が戻られる少し前に貝寄風様が倒れたの」
「え?倒れた?」
「ええ···何でも御不浄に立たれて中々戻られず、心配になって遣いを出したら、会場裏で震えていらしたようですわ」
紫烏の話によると、遣いの者に発見された静歌は、抱えられるようにして宴席に戻り着いたのだが、どうにも落ち着かない様子で、織江達が会場に付く少し前、身をのけぞらせるようにして倒れてしまったという。
見兼ねた両親は、娘をいとい、此度の宴席を閉会することに決め、今まさに屋敷へ戻ろうとしていた処へ織江達は戻って来たのだ。
「まあ、お可哀想に···」
「ええ。流石の私でも、あれは···」
そう言って、紫烏と並び、今にも倒れてしまいそうな静歌の姿に目をやりつつ、織江は先に戻った常雪を探した。
「紫烏様、常雪様達は?」
「ああ、宝珠方と一緒に、帰りの馬車の手配に」
「左様で···」
そう話していると、丁度良く手配を終えた常雪達が、こちらへと歩み寄ってきた。
「いやあ~、急に御開きになったから受付が大混乱で大変だったよ!」
「申し訳ありません。璃雪様達に全て任せてしまって···」
「ううん。それより···」
紫烏が宝珠の方へと行ったのを確認すると、璃雪は織江にそっと近づくと声を潜め尋ねてきた。
「常雪の事なんだけどさ···」
「どうかされましたか?」
なんとなく璃雪が聞きたいことが解ってはいたが、織江はあえて、知らぬ体で耳を寄せた。
「それがさ、あいつも不浄に行くって紫烏ちゃんに言って席を外したんだけど···戻ってきてからずっとあんな感じでさ。ちょっと恐いんだよね···」
そう話す璃雪越しに、宝珠の傍らに立つ常雪を見ると、紫烏や鳩羽の手前、そつなく場に馴染む様にしているが、なんだか張り詰めたような、静かな怒りを感じた。
「織江なら、なにか知ってないかなって」
「申し訳御座いません。私も席を外してから何があったかは···」
「そっかあ···うーん。昨日の疲れが今頃きたかな?」
「そうかもしれませんね···」
「あと少しで僕等の馬車が着くみたいだし、帰ったらゆっくりしよ!」
璃雪の言葉に、織江は静かに頷いた。
「璃雪様。長らく織江殿を連れ回してしまい、申し訳ありませんでした」
話が一段落した所で、天青が現れ、璃雪に向かい礼をした。
「いいえ。こちらこそ、織江の話し相手になって頂いて。水浅様のお陰で助かりました」
(───気がついたら二人で何処かに行っちゃうもんだから、お兄ちゃんは冷や冷やものでしたよ!!)
「そんな天青様!私が、お誘いしたので、その···」
(───え。織江から誘った···え、え!え?待って、どういうこと···え?まさかのまさか?織江、こういうのが好み?いや、いや、いや、嘘。本当に??)
笑顔の下、璃雪は織江の恥じらうような、なんとも言えない様子に一人思考を右往左往させていた。
それを知らぬ天青は、織江の言葉を諭すかのように伏し目がちに首を横に振るう。
「とても良い時間でした。ありがとう」
「そんな。こちらこそ···」
そんな二人の会話を遮断するかの如く、璃雪が少し食い気味に天青に問う。
「水浅様もお宿に戻られますか?!」
「···そうですね。支度を整えて、手配が間に合えば半に戻ろうかと思います」
璃雪は予想もしなかった天青の応えに、先までの勢いが一気に冷め、驚きで肩の力が抜けた。
「半に···御帰りになると?」
「ええ。此の様な終わり方になってしまいましたが、事実上、式典自体はとどこうりなく行われましたし、最早こちらに居る必要もないかと」
はあ。と、拍子抜けた調子でその言葉を受けた璃雪の直ぐ側で、二人の遣り取りを見ていた織江も、天青の応えに戸惑っていた。
その様子に気づいた天青が、織江の前へ歩み寄り、微笑みながら不安気な顔を見詰めた。
「大丈夫。発つ前に、必ず挨拶に伺います」
そう言われた途端、織江の心の強張りは解け、天青に笑顔を返した。
天青も安心したのか、その姿に頷き、璃雪に再び礼をすると従者であろう者に声をかけ、会場から去っていった。
「おーい!!璃雪さん!!馬車が来たぜ!!」
それから暫く、よく通る鳩羽の声に促され、織江ら利休一行も一時宿へと戻った。
帰りの道中、常雪は黙り込んだまま窓越しに外を眺め、到着するまで一言たりとも話す事はなかった。
その後、宿に付くと、璃雪のはからいで家臣らは自由行動となり、部屋で旅の疲れを癒やす者、久方ぶりの渡航に街へ繰り出す者と、それぞれが与えられた時間を思う存分楽しんだ。
そんな中、織江は自室にて荷物の整理をしていた。
明日の朝には今様を発ち、利休へ戻る事に成っている。それに、何かしていないとそわそわして堪らない。
常雪があの庭園で言った事、足が見つかれば、早々にも帰郷すると言っていた天青の事、何もかもが気になって仕方がない。
ざわめく思考を鎮め、焦らず、冷静に。
干しておいた着物を一折りする度、自分を言い聞かせる織江。
荷物もほとんど纏め終わった頃、誰かが織江の部屋の扉をこん、こんと叩いた。
「はい」
「お休みの所、失礼致します」
一瞬、常雪かと思ったが、訪ねてきたのは宿の支配人だった。
「水浅様がこちらへお見えになりまして、織江様にお会いしたいと」
その名を聞いた瞬間、織江は鏡台の前に立ち、髪は乱れていないか、衿は、裾はと身なりを確かめ、ゆっくりと部屋の扉を開けた。
「お待たせしました。水浅様はどちらに?」
「はい。控え室へ御通しをと思ったのですが、織江様にお会いしたら直ぐお発ちになるとの事で、玄関口に」
「解りました。ありがとう御座います」
そう言って会釈を交わし、織江は足速に天青の元へと向かった。
玄関へと繋がる大階段を降りていると、覚えた背中に心が弾んだ。
「────天青様!」
織江の声に、天青が振り返り、一生懸命に階段を駆け下りてくる姿を微笑ましく見詰める。
「急かしてしまいましね」
「いいえ。お待たせしてしまって申し訳ありません」
「そんな事ありませんよ」
天青越しに外を覗くと、従者であろう人物と、大型の馬車が一台停まっているのが見えた。
「···半に御戻りになるのですね」
「ええ。有難いことに馬車が取れまして。それでご挨拶に」
本当に帰ってしまうのだ。そう実感した途端、織江の心に霜が降りる。
「織江殿」
「はい···」
「二週間後、東の会合がります。今回の会地は利休なのですが···その───もし、織江殿が良ければまた会って頂けないでしょうか?」
その言葉を聞いた途端、花の蕾がぽんと音を立てて開くように織江の胸は高鳴った。
「また、お会いできるのですか?」
織江の言葉に、天青は伏し目がちに口元を上げる。
「それは、会って頂ける。と、解釈して良いのでしょうか?」
天青の言葉に、織江は嬉しそうに微笑む。
「はい♪」
互いの応えに安堵した二人の空気に、申し訳無さそう足取りで天青の従者が声をかけて来た。
「ご歓談中恐れ入ります。若、そろそろ···」
「済まない。直ぐに行く」
天青の応えに、例をすると従者は外に控える馭者らの元に駆けていった。
「では、また二週間後に」
「はい。道中お気をつけて···」
そうして、織江は馬車に乗り込み、宿を去る天青を見送った。
「────お前、ああいうのが好みなのか?」
いつから居たのか、背後から届いた常雪の声に織江の顔は沸騰した。
「と、····常雪様!?!?いつからそこに!!」
「お前が名残惜しそうに馬車に乗り込む天青を見詰めている時からだ」
「な、な、名残惜しそうって!そんなんじゃ!?!!」
「まあ、いい。それより例の話がしたい。直ぐ私の部屋に来てくれ」
そう言って、踵を返し部屋へと向かう常雪。「例の」とは、恐らく先の貝寄風静歌の事だろう。
主の命に気持ちを切り替え、織江も常雪の後を追った。
「楽にしてくれ」
「失礼致します」
部屋へ着くと、茶托を挟むように常雪と織江は向かい合わせに座った。
「常雪様、お話とは、あの姫様の···」
「ああ···」
織江の問いかけに、常雪はどう話を切り出すか考えた。
「···いや。私とお前の仲、結論から言おう。プレイヤー·貝寄風静歌はバグの原因ではない。しかし、彼女はバグが発生した原因を知っている」
常雪の言葉に、織江は息を呑む。
─────突然、不浄に行きたいと申し出た静歌。申し出を聞き、父親は当たり前に彼女を送り出した。
(はあ〜。やっと抜け出せたわ!!トイレは···うーん。誰かに聞かれたら面倒だし、···あ!馬舎の側にある物置き!!今日は番兵さん達も会場の警備で出払っているし、万一見付かっても息抜きにとか言って誤魔化しちゃお♡)
思い立った静歌は屋敷の裏手へ周り、目的地である物置き小屋へと急いだ。
思った通り、小屋の周りに人気は無く、嬉しさが込み上げ小さく歓喜の声を上げる静歌。
小屋へつき扉を開け、中に進むと一瞬振り返り、人気が無いかをもう一度だけ確かめると、身を潜めるように扉を閉めた。
「はあ〜。イベントだから仕方がないけど、ああいうのってやっぱ苦手だな~。さてと···」
一息着いた静歌は、上の物を取るのに使う台座を自分の方へ引き寄せ、それに腰を降ろすと、巾着から手鏡を出し、それを調子良く三回。指先で叩いた。
「──────·····やあ。久しぶりだね」
「久しぶり。ねえ?このゲーム、本当に『しきおり』なの?」
「どうしたんだい急に?」
「だって···推しキャラの幼馴染がやけに美人なの。普通···あのレベルの美人だとさ、"お助けキャラ"とか、"敵キャラ"とかだと思うんだけど···」
「ゲーム序盤なのに大分手こずっているみたいだね。それ、もしかして別のプレイヤーで推し被りとかなんじゃない?」
「ないないない。だって、今様の行方知れずだった姫は私だし、あの子のキャラデザ、公式と全然違うもん。まあ、私もだけど···」
「ふーん」
「「ふーん」って何よ!もおっ!」
「いや、悪い。うーん···。"複製"し過ぎてバグったのかな?」
「え?!ちょっと!!貴方、そんなに売ってるの?!」
「当然だろ?なんたって幻の乙女ゲーム『しきおり』だよ?欲しい人なんて山程居るからね」
「そうだけど···因みに、今迄何人と取引したの?」
「君を入れて25人」
「にじゅっ!!ちょっと!!大丈夫なの?警察とか···」
「だいじょ···ぶではないんじゃんない?」
「えー!!どうするの?その中の誰かがSNSなんかに書き込んだら···」
「いや。だからこうやって連絡する時には必ず僕の指定したチャットでするようにお願いしたんだよ?」
「そうだけど···」
「それに、取引相手は厳選している。こういっちゃなんだけど、不正複製だと解っていながらオーダーした君を含む25人は立派な犯罪者なんだよ。まさか自分から「私、犯罪者です」なんて言う人、普通は居ないでしょ?」
「犯罪者って···」
「ま、何はさておき。助かったよ」
「え?」
「そういう情報はこういう商売をしている身には有難いってこと。これから取引する相手に事前説明しとけば、トラブル回避できるしね。他には何かある?」
「うーん···あ、ねえ?私の推しキャラ·常雪ってさ、確か私と関わって行く中で、こう、垢抜けしていくじゃん?」
「そうだね」
「でしょ···なんだけど、既にめちゃくちゃかっこよくて。確かに、まだ人付き合い下手な感じはあるけど···発売直前に変更あった?」
「いや、そこまでは解らないな」
「そっか···」
「ま、会ったときにも言ったけど、もし嫌なら品物と引き換えに返金するから何時でも────」
「ぜんぜん!!ぜんぜん!!不良じゃないなら良いの!!せっかくハッピーエンドまでこぎつけたのにフリーズしたりしたら嫌だなと思って相談したかっただけ!」
「ははは。なら良いんだけど」
「それに、不良じゃないなら逆にキャラクター達に人間味があって面白いし!さすが雪田舟の作品は違うよね!」
「─────じゃあ、また何かあったら連絡して」
「あ、うん!ありがとう。またね♪」
そう言って鏡を一回、指先で叩くと、入れていた巾着にそっと戻し、ぐっと立ち上がった静歌は、不安が解消され意気揚々。鼻歌交じりに小屋を出る。
上機嫌で跳ねるように会場へ戻ろうと足を進める静歌。
「────静歌姫」
背後から響くその一声に、静歌の全身から血の気が引く。
「そ、そのお声···は、と····きゆき様?」
凄まじい緊張と、動悸に身体が震え、振り返る事が出来ない。
そう、静歌の同行が気になった常雪は、彼女に気取られぬよう、後を付け、彼女の話が終わるまで物置き小屋の側に身を潜めていたのだ。
「静歌姫、無礼な事をして済まない。しかし、教えて欲しい。貴女は一体、誰と話ていたのですか?」
「な、何か···と、常雪様の聞き間違いです···」
「貴女を責めたりはしない。だからどうか····」
説得をしようとした常雪が一歩前へ踏み出した時、たまたま足元にあった小さな枯枝を踏んだのか、パキッと乾いた割れ音が鳴った。
その瞬間、静歌は罠を解かれた獣の様に、信じられい勢いで踵を返し逃げ出した。
「────逃げ出した貝寄風静歌を追い、巻かれた所でお前と、天青に出くわした。という次第だ」
「そんな事が···常雪様、申し訳ありません」
「なんだ?なぜ織江が謝る」
「常雪様の一大事に、お側に居れず···」
「いや、仮に二人で貝寄風静歌を問い詰めたり、追っていたら彼女は我々を不審に思い、父親に言って取り押さえさせようとしたかもしれん。それに、お前が動けば兄上や、紫烏様も着いてくる可能性もある。返って助かったくらいだ」
常雪の言葉に、胸のつかえが下りる。
「ありがとう御座います。早速ですが常雪様?不正複製とは···」
「前世の新聞やニュースで、ハイブランドの偽カバンを売って逮捕された者の話を聞いたことがあるだろ?」
「『スーパーコピー』とかのあれですか?」
「そうだ。あれらは、先ず偽カバンを作るために、わざと本物を買って、作りや、生地、色などの情報を得たところで、よく似た物を模造するんだ」
「ゲームでも、そのような事が?」
「ああ。ゲームの場合、本物のソフトを購入し、それを家電量販店で販売されている空のディスクや、USBなどに落とし込むんだ。勿論、模造品同様、許可なく販売すれば犯罪だ···」
そう語る常雪の表情は堅く、美しい淡褐色の瞳が虚しげに濁る。
「酷い···」
「え?」
「だって、常雪様が一生懸命···最後を迎える瞬間まで、天塩にかけて創った作品を···そんな、乱暴に扱うなんて···」
そう言いながら、織江は涙を流していた。
互いに前世を持ち、奇しくも同じ理由で世を去った常雪の側に使え、調整役となった織江は、あの雪の日から3年、このゲームを常雪がどれだけの思いを持って創ったかを知っている。
だからこそ、その作品を我が物顔で扱う人物にも、不正品と解りながら乞うた静歌にも、悔しくて、腹が立って、どうしようもなく気持ちが溢れる。
「─────ありがとう」
「常雪様···」
落ちた心を整える様にゆっくりと、吸い込んだ空気を吐き、常雪は改めて言葉を継ぐ。
「織江、お前に頼みがある」
常雪の姿に習い、織江も涙を拭い、気持ちを正す。
「何でしょう?」
「私に、文の書き方を教えてもらいたい!」
「え?文?ですが、常雪様は字···かけますよね?」
何時もの織江の調子に呆れながらも、安堵した様子で常雪が突っ込みをいれる。
「当たり前だろ!」
「でしたら、私がお手伝いすることなど···」
「確かに、政務などで必要な文章は書ける。しかし、友人に出すようなこう···親しみある物は久しく書いていないのだ。だから···」
「ああ!では、私が『赤ペン先生』に成る。と、言うことですね!」
随分と懐かしいフレーズに、常雪は何とも言えない表情を浮かべる。
「──まあ、そういう事だ」
「解りました!そういう事ならお任せくださいまし♪それで、何方様に?紫烏様ですか?」
織江の問に、常雪の顔に朱が走る。
「馬鹿!違う!!」
「あれ?そうなのですか?では···」
常雪は自分を制すように咳払いをすると、改めて織江に応えた。
「宛先は、貝寄風静歌だ」
「え?!静歌様に?!」
予想しなかった応えに、織江は慌てた。
「そうだ」
「御言葉ですが、静歌様は御自身の秘密を常雪様に気取られと思い、あのように体調を崩されたのだと思います。それに、既に"ログアウト"されている可能性も···」
「だからこそ文を出すのだ。もし、彼女がログアウトしていれば、文を預かった彼女の両親なりからでも返信が在るだろう。それにあの時、私は彼女の話の内容に関することは何一つ問い詰め無かった。運が良ければ、単純に脅かしてしまった事への謝罪と受け取って貰えるかもしれない」
話を聞き、確かにその通りだと織江は思い改めた。
どちらにせよ、静歌がまだ今様に居るのかを確かめる必要は在るし、もし間に合うのなら、なんとかして彼女と良好な関係を築き、物置き小屋にて連絡を取っていた人物の事を聞き出さなくては成らない。
「解りました。で、どのように?」
「うん。早速謝罪文を書きたい」
「承知しました」
「それを明日ここを発つ際に支配人に頼んで貝寄風家へ届けて貰う」
「はい」
「恐らくまた帰りも船酔いするだろうからとりあえず利休に着いたら二日は待とう」
「解りました」
「もし二日待って返信が無ければ再び謝罪文を出す。そうして貝寄風から返信があるまで文を送り続ける。期限は二週間後だ」
「二週間後···東の会合ですね!」
「ああ。それが第2回目の"イベント"。リスクを犯してまでこのゲームを手に入れた気合の持主だ。貝寄風静歌を必ず利休に呼ぶ。この世界を救うために」




