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 常雪、璃雪、鳩羽の三人を乗せた馬車が宿をたってからしばらく。織江は一人、悠々と歩みを進めていた。

「本当に良いお天気。常雪様達はそろそろ会場に着いた頃かしら?」

 常雪の側仕えになり、調整役の任を受け、日々遣り甲斐を感じてはいるが、やはり、たまにはこうして外の空気を思う存分堪能する時間も大切なのだと、織江は一歩、一歩歩むごとにかみ締めていた。

「にしても、あのお姫様凄かったなあ···紫烏様とは違う想いの強さというか···うーん。私も、何方(どなた)かに思いを寄せるように成ったら、あのお二人のように成るのかしら···」

「────それは無いでしょう」

 聞き覚えのあり過ぎる声に、織江の肩がびくりと跳ね上がった。

「すみません。驚かせてしまいましたね?」

「天青様···」

 いつから居たのか。気配に全く気が付かなかった織江。

 昨晩もそうだったが、本当にこの天青は神出鬼没な男だ。

 でも、何故だろう。普通はこうした者を恐れたり、奇妙に思うものなのだが、織江はむしろ、天青が側にいると安心出来る気がしてならない。

「今日はお一人ですか?」

「はい。今朝、山吹家の二の若様が常雪様を訪ねていらして。常雪様と璃雪様はそのままご一緒に」

「そう、鳩羽さんが···ははあ。なるほど。···彼の事だ。大方、何か余計な事をして織江殿が歩く羽目に成ったのでしょう?」

「い、いえ!決してそのような!!私が···私から歩きたいと、常雪様にお願いしたのです!!」

 何もそんなにと、自分に突っ込みを入れたいほど勢いよく言葉を放つ織江。耳が熱い。

 天青はその様子を少し面白がる様な笑みを浮かべたが、また例の如く鼻を鳴らし、それ以上を追求するような事は言わなかった。

「明るく、実直な方なのですが、どうも心配りが無器用で···」

 確かにと、織江は天青の言葉に心内で激しく同意した。

「あの、もう御茶会(懇親会)の受付時刻になる頃かと思うのですが···のんびりされていて宜しいのですか?」

「かまいません。静歌姫は常雪様にぞっこんの様でしたし、そもそも、私はああいった催しに興味が無いのです」

 多分そうだろうとは思っていたので、織江は天青の応えに驚きはしなかった。

 むしろ、ここまではっきり言われると、天気も相まってなんとも清々しい。

「それにこうして、貴女と歩いている方が楽しい」

 前言ならぬ、前考撤回。

 予期せぬ言葉に昨夜の庭園で感じたものが、織江の胸を目掛けこみ上げてくる。

「え!あ、は?そ、その····ええと···」

 何とか、このこみ上げるものを鎮めなくてわ。

 気を逸らそうと、織江は必死になっているのに、どうしてか、そうしていると天青が嬉しそうに、またあの慈愛に満ちたような顔を向けてくるものだから、下げても下げても、それの速さに歯が立たない。

「──っああ!!」

「──織江殿?」

「あ、ごめんなさい。私、天青様にお逢いできたら、渡そうと思っていた物があったのを忘れていました!」

 そう言って、織江は持っていた巾着から、綺麗に畳んだ布らしきものを取り出し、そっと天青の前に差し出した。

 受け取ったそれを、天青は手の平の上で静かに広げた。

「────これは···」

 織江から受け取った、やや小さめの白い手拭い。

 広げて見れば、片隅に白く可憐な茉莉花、その傍らには花を見守るように、銀糸の星が刺繍されていた。

「昨夜頂いた大手毬の御礼です♪半の国花は茉莉花ですよね?」

「え、ええ···」

「でもそれだけでは少し寂しかったので、星もあしらってみたのです♪」

「星を···何故?」

「うーん···昨夜、木の上にいらした天青様が、凄く、きらきらと輝いて見えたから···でしょうか?それに、天青様の瞳の色!」

「私の···瞳?」

「はい。その青みの強い菖蒲色の瞳には、金よりも銀の方が映えると思って。それで銀の糸で星を···───!!」

 つい話すのに夢中で、気が付かなかった。

 ちらと目線を上げてみると、やたら動けば鼻先同士がくっついてしまいそうな程、天青が背を屈め、その端整な顔を織江のすぐ側まで寄せていたのだ。

「───ありがとう。大切にしますね」

 大した物ではないのに、凄く幸せそうな笑みを浮かべる天青の顔を僅かに見ただけで、やっと鎮めたものが、先程とは比べものにならない速さで織江の全身を駆け巡って行く。

 そのせいで、足先や指先がむずむずと歯痒く、痺れて仕方ない。

 本音を漏らせば懇親会へ行かず、このまま何処ぞへ走り去ってしまいたい。勿論、先に行った常雪達を放ってそんな勝手は出来ない事は解っている。解っているからこそ、このやり場の無い感覚をどうしたらいいのだろう。

 とにかく、天青に悟られぬように手を後ろで組み、その手と手をぐっ、ぐっと握り合わさせ、なんとか鎮めようと織江は尽力した。

「織江殿、どうかされましたか?」

 中々歩き出さない織江を気遣い、先ゆく天青が足を止める。

 織江は、はっと我に返り、自分を待つ天青の元へ駆け寄った。

「申し訳ありません天青様···」

「なに、謝ることなど。さ、会場へ向かいましょう」

「···はい」

 隣を歩く天青に一瞬目をやり、織江は思った。

 あのやり場の無い感覚を一つ越えるたびに、天青への安心感が増してゆく。

 あんなにも痺れ上がっていたのに、今はとても穏やかな心地で共に歩んでいる。

 それに、どうしてだろう。以前にもこうやって二人並んで過ごした気さえして来た。


 また思考を巡らせている。

 天青は織江の様子に一人静かに笑いながら呟いた。

「───このままずっと、二人で歩いていたいですね」

「───ええ、本当に···」

 今のは空耳だろうか。思わず天青は足を止めた。

「あれ···天青様?····どうなさいました?」

 不思議そうで、心配そうに天青を見遣る織江。

 今度は天青が織江に駆け寄る。

「すみません。さ、行きましょう」

 天青も疲れているのだろうか。

 でも、何だか嬉しげにも、照れているようにも見える。

 自分が気が付かなかっただけで、何か今、嬉しい事があったのかもしれない。

 兎にも角にも、天青が嬉しげだと、自分も嬉しいと織江は思った。

 そして、そうした思考に成ってしまう自分が可笑しくて、小さく笑った。

「何か?」

「いいえ。はあ、本当に良い天気♪」

「──ええ、本当に、良い日ですね」

 そうやって、他愛もなく話し、笑い合いながら、二人は穏やかな時を過ごした。



 さて、織江と天青も会場についたのだが───

「常雪様、今お話し宜しいですか?」

「駄目です」

 美人の真顔程恐ろしい物はない。

 これは昨夜の幻影かと、周りが恐怖に身悶えするくらい、見事、利休の席はなんとも猛々しい空気に包まれていた。

「···あの、()()()に聞いたわけではないのですが?」

()()()()?先ずは御来賓の皆様に挨拶すべきと思いますが?」

「そ、それなら父母が···」

「何故です。貴女とて、今様の名家の姫。御父母様と連立ち、来賓の皆様の席を周るのは大切な務めだと思います」

 悔しいが、紫烏の言葉に間違いはない。

 それに、ここでごねて常雪からの好感を下げるのは得策ではないと思ったプレイヤー·貝寄風静歌は、一先ず退くことにした。

「た、たしかにそうですわね!では、後程改めて。茅亥様、()()()ありがとう御座います」

「とんでもない。()()()()()()()、切磋琢磨して参りましょう?」

 氷点下の笑みを交わし、ひとまずの乙女の争いは停戦を得た。

「み、皆様。お待たせ致しました!!」

「まあ!織江さん!!昨日は挨拶も出来ないまま帰ってしまってごめんなさい」

「とんでも御座いません!ゆっくり休まれました?」

「え、ええ···」

 どうしたのか、伏し目がちに身をよじりだした紫烏。織江の小袖の袖端をくいと引き、耳元に顔を寄せてきた。

「───ほんとはね、常雪様に送っていただけて、私嬉しくて、中々寝れなかったの♪」

 きゃっと小さな喜声を上げ、幸せそうに笑う紫烏を見て織江は安心した。

 気丈に振る舞っていても、想いを寄せる常雪に、見ず知らずの女子が身を寄せる姿を見て、あれだけ心掻き乱されたのだから、眠れぬ夜を過ごしたのではないかと心配していたのだ。

「それは何よりでした♪」

 織江の言葉に紫烏のはにかむ笑顔が輝気を増す。

「それは、そうと。どうして水浅の子息様とご一緒に?」

 先に来ていた璃雪らと歓談する天青を見ながら、紫烏が当然らしく問うてきた。

「こちらに向かう道すがら、たまたまお会いしまして。それでご一緒に···」

「ふうん···随分と織江さんを気に入っていらっしゃるのね」

「そ、そんなことありませんよ!?」

「だって、あの方、基本的に人を寄せ付けませんのよ?宝珠(兄様)から聞いたのですが、東の会合にも何時も遅れていらっしゃって、決議が終わると瞬く間に退室されて会合員の方とも挨拶くらいしかしないとか」

 昨夜の様子から察するに、進んで社交の場に出る質で無いことは明白なのだが、かと言って無理矢理にでも遠ざけるような感じはしない。あの飄々とした様が周りにそう感じさせているのだろうかと織江は小首を傾げた。

「───貴女の()()は、最早性分ですね」

 話を終えたのか、天青が呆れたように笑いながら織江達の元へ歩み寄る。

「え?···ああ。あはは···昔から気になり性みたいで」

「まあ、だからこそ二の若様の調整役が務まるのでしょう」

 織江の頭に新しい疑問符が浮かんだ。

 自分が常雪の調整役であることを、天青に話した覚えがなかったからだ。

「ここ最近の彼には眼を見張る物がありました。元々、才ある青年でしたが妙に控え目で。たかがと思われがちだが、分相応を知り、身に着けることは我々のような立場にある者には必要です。今日の召し物も若々しさと気品が上手く調和している」 

「驚いた。天青様が常雪様をその様に見ていらしたなんて···」

「心外だな。私とて、これでも半·三大王家の一人なのですよ?会合にだって()()参加しますし。ははあ···さては、何方(どなた)かに何ぞ吹き込まれましたね?」

 不敵な笑みを浮かべる天青の言葉に、紫烏はぎくりと肩を上げ織江の後ろへすうっとその身を退いた。

「あの、天青様?なぜその事?」

「褐駕兄の奥方様から聞いていたのです」

「ああ!千代椿様から!」

 なるほど、天青も褐駕も半の王族の皇子。その褐駕の妻である千代椿なら、親交があって当然だと織江の疑問符は昇華された。 

「政の事で古代家を訪れる度、あの方から織江殿の話を聞きました。貴女の話をする千代椿様の表情はとても誇らしげで、まるで妹を自慢するかのようでした」

「ふふ···千代椿様ったら。過大評価し過ぎです。私はただ、自分が出来る限りをしているだけです」

「───そんな事ありませんわ!!!」

 控え目な織江の様子に、居ても立っても居られなかった紫烏が背後から突然、話に参入してきた。

「昨夜も言いましたが、常雪様があないに素敵な殿方に成ったのは織江さんの尽力あってのこと。嗚呼···今日のお召し物も本当に···健康的なお肌の色をより一層引き立てて···髪飾りもあの方の御髪にぴったりで···ふふ···」

 話しながら段々と変わる紫烏の目の色に、織江も天青もなんとも言えない肌寒さを感じた。

「そう···あんなに素敵なんですもの。貝寄風様が惚けてしまうのも無理はありません。しかし!私は、常雪様が声変りされる前からお慕いしておりますのよ···ぽっと出の姫君に、常雪様は渡しませんわ···」

 人家を伴い、父母と共に各卓へ挨拶に回る静歌の動向を追いながら紫烏は闘志に燃えていた。

「だったら、何時までも織江殿にへばりついていないで。早く常雪君のお側に行きなさい。見た目は大人びても、あの方は女性のかわし方まで心得ていない。放っておくと、貝寄風の姫君がまた言い寄って来ますよ?」

 相手が刈安神王の娘であろうと、全く関係ない物言いをする天青に紫烏は悔しげな顔をしたが、天青の言葉は最もだ。照れから中々前へ進めない紫烏と違い、静歌はかなり積極的な女性だ。ないと思うが、万一、常雪が丸め込まれないとは言い切れない。

 紫烏は身を整え、いざゆかんと、鳩羽らと歓談している常雪の元へ駆けていった。

「───やれやれ、嵐のような姫君だ。神王様も、心労絶えぬ事でしょう」

「───ふふふ♪」

 どうしたのか、織江が口元を抑えて笑っている。

「どうかしましたか?」

「いえ、天青様はお優しい方だと、感心しておりました」

「優しい?私が?」

 天青の言葉に頷くと、織江は穏やかな表情で言葉を紡いだ。

「ええ。昨夜も取り乱す紫烏様を諭し、お力添え下さいましたし、今だって、常雪様の元へ行けるように、道を示して差し上げたではありませんか」

「別にそんなこと···」

 大した事ではないと言いたげな天青に、織江は首を横に振り、改めて伝えた。

「立場ある方ゆえ、背中を押して下さる方が居ないのです。紫烏様も、口に出さないだけで天青様に感謝していらっしゃる。私はそう思うのです♪」

 そう言って笑いかけてくる織江の姿に、誰に知られることなく、天青の心を喜びと、悲しみが行き交うのであった。

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