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 一夜明け、織江は支度の手伝いのため、早朝から常雪の部屋を訪れていた。

 前日の礼服とは違い、茶会が中心となるため普段よりはかしこまった風だが、動きやすさを重視した物を選んだ。

 常雪の淡褐色の瞳に合わせ、翡翠をあしらった根掛を結った髪に纏わせる。

「いかがでしょう?」

「うん。昨日より動きやすくて良い」

 相変わらず、飾ることへの関心が薄い常雪の反応はいまいちだが、昨日の事もあるし、今日は口出ししないでおこうと、織江は言葉を微笑みに隠した。

「今日はいつも通りなんだな?」

「え?···ああ!昨日は式典でしたからね。でも今日は御茶会だけですし、私自ら皆様にふれる事はありませんから」

 今日こそ今回の式典の本意。姫の婿候補を決めるために開かれる茶会の日。

 昨日、璃雪から聞いたり、実際に見た姫の人柄から察するに、礼服や華やかな装いで同行すれば間違いなく目をつけられてしまう。

 それに元々、今日は璃雪の案内で今様を散策する予定だったので、それなら普段通りの服装のほうが便利が良いと、昨日着た付け掛けとは別に、織江は小袖を一着持ってきていた。

 風見家奉公人用の物では、万一失くしてしまったりしてはいけないと思い、付け掛けを仕立てて貰ったとき、この小袖も仕立てて貰っておいたのだ。

 飴色の小袖に、抹茶色の帯。

 少し渋目の色合いだが、今となれば返ってよかったと、織江は実家の両親に改めて感謝した。

「あの、常雪様?今様の姫様の事なのですが、常雪様の仰っていた雰囲気と大分違っていましたよね?あれも、バグの影響なのでしょうか?」

「うーん···ゲームに限らずだが、公開直前にキャラクターデザインや、何らかの変更が起きるのは稀ではないからな。彼女自身をバグと認るには早いかもしれない」

「そうですか···。あ、あの···水浅様の姿について、お話を聞いていなかったのですが···」

「ああ···実は水浅天青の最終デザインを、私は知らないんだ」

「え!どうしてですか?!」

「うん。実はその打ち合わせのために、あの日、『Hobby World 』に行っていたんだが···まあ、この通りというわけだ」

「まあ···そうだったのですね···」

 そう、天青の不思議さは私感的なものだけでは無く、姿形が解らなかったからこそのものでもあった。

 刈安の宝珠、そして未だ姿を見せていない今様の攻略対象キャラクターについても、おおよそのことは常雪から教わっていた。

 だが、半の攻略対象キャラクター·水浅天青に関しては、その名やおおよその年齢など、本当に極僅かな情報しか持たされていなかったのだ。

「織江は確か、天青に会ったのだったな?」

「はい。昨晩、紫烏様と御一緒した時に」

「何か変わった事は?」

「変わった···うう···常雪様の仰っていた年齢の、身の長の高い殿方でしたが···「変わった」と言うより、元来···風変わり?飄々としていらっしゃるのに、周りへの配慮を感じるというか···不思議な方だと思いました」

 織江の応えに、ふむと顎を摘む常雪。

 話だけでは天青がバグに関わっているかは測れない。

 やはり、今日の茶会で改めて姫と、彼を観察してみるしかないと、常雪は判断した。


「それでは、常雪様。私はこれで。あと···半時程で馬車も着くか····と···?」

 話がまとまった所で、一旦自室に戻ろうと常雪の部屋からでたのだが、どうしたのだろう。人声が客室前の廊下にまで響いて来た。

「───お待ち下さい!本館は利休の御客人方がお休みに成っております!!あ、もし!!」

「ああ!解ってる!()()()来たんだ♪♪」

「?···それは、()()()されていたという···」

「?···いやっ。特にはしてないぞ!」

「え!!こ、困ります!!いくら()()()でも、突然お客様の部屋へは!!ここは一旦、控室の方でお待ちを···」

 段々と鮮明になる言葉に、織江を押し退ける勢いで常雪がぐっと上半身を廊下に出してきた。

「ど、どうかされましたか?」

「おい、気のせいか···今、「()()」と言わなかったか?」

「え、ええ。確かに支配人さんが「()()()」と···」

 

「常雪ーーーーっ!!」


 威勢のよい声と共に、光の速さで常雪に抱き着いてきた

若者に、織江も、後から慌てて着いてきた宿の支配人も、驚きと困惑でその場から動けなくなった。

「おい!離れろ鳩羽(はとば)!!」

「なんだよ!せっかく迎えに来てやったのに」

「迎え?何を。もう馬車の手配はして···」

「あ!それ断っといたから!!」

 ───────ええええええっ!!!!

 と、そこにいた全員が鳩羽の言葉に胸の中で絶叫した。

「お前!!どうする気だ!?」

「え?何で?」

「「何で?」じゃないだろ!私と兄上。この織江も同行するのだぞ!!大型の馬車でなきゃ無理だろ!!」

「───あちゃあっ!」

「「あちゃあ!」じゃないだろ!!はあ···どうしてくれるんだ···きっともう、他国の遠征団に取られてしまっているぞ···」

 鳩羽の反応から察するに、定員など全く考えていない交通手段を選んでしまったのだろう。常雪の顔色がまた悪くなっていく。

「あ、あの常雪様?私は大丈夫ですから、璃雪様と御二人で先に···」

「え?お前はどうするのだ?」

「歩いて参ります」

「歩く!?」

 今日の茶会は"お見合いパーティー"なのだが、名目はあくまで蓮峰海儀の"国家間懇親会"なのだ。昨夜の騒ぎもあるし、そこで利休代表が遅れたとあらば、他3カ国の来賓者達に何と言われるか。

 鳩羽は勿論、何としてでも、二人を遅刻させるわけには行かない。

「確か、会場へは宿を出て、左へ真っ直ぐ、道なりにでしたよね?」

「そうだが···人の足だと半時以上はかかるぞ?」

 心配げな顔をする常雪に、織江は笑顔を送る。

「大丈夫です。それに···少し、外を歩きたい気分だったのです!」

 嘘ではない。

 織江はいまだ、昨日の出来事や、心のざわつきが治まりきらず、一人の時間が欲しいと思っていた。

 不謹慎だが、鳩羽の突拍子もない行動のおかげで好機を得たと、内心ではほっとしていたのだ。

「···解った。兄上には私から伝えておく」

「ありがとうございます♪」

 二人のやり取りのさなか、ようやく常雪から離れた鳩羽は、申し訳なさそうに頭を掻いていた。

「いやあ···こんなつもりじゃなかったんだ。ごめんよ?」

「とんでもない!良いお天気ですもの。絶好のお散歩日和です♪」

 そうして笑顔で話す織江に、救われた思いの鳩羽はそっと胸を撫で下ろした。

「あ!名乗るのが遅くなった。俺、鳩羽!」

「丞相山吹家御子息、山吹鳩羽(やまぶきはとば)様ですね?初めまして。風見家奉公人、織江と申します」

「ご丁寧にどうも♪うーん···織江って呼べばいいかな?」

「はい。お好きなように」

「俺のことも()()でいいから!」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて鳩羽様と」

「おう!さてと···それじゃ行くか!!」

 そういって、鳩羽はがっと常雪の肩に腕をかけた。

「おい、こら!先ずは兄上を呼びに行かないと!」

「あ、それでしたら私が参ります!御二人は先に玄関へ向かってください!」

 織江はそう伝えると、踵を返し、璃雪の部屋へと向かった。

「気の利く、優しい子だね!」

「······お前も見習え」

「え?何か言った?」

「何でもない。ほら、馭者を待たせているんだろ?早く行こう」

 何と言ったのか気になりつつも、鳩羽は促さるまま、常雪と連れ立って玄関へと向かった。


「────納得行かない、お兄ちゃんは納得行きませんよ、本当に」

「兄上?仰る通りですが、私に免じてどうか···」

璃雪(あき)さんまだ怒ってんの?大人気ない···」

「はい?!元はと言えば鳩羽!!君のせいだろ!!」

「だ·か·ら、それはさっき謝っただろ?俺だって、()()が居るって解っていたらさ、ちゃんと馬なりなんなり用意したよ···」

(「()()」だと?今呼び捨てにした?何なの!?茶会(こんな茶番)さえ無ければ、今日は織江と花見をしに街へ繰り出すはずだったんだよ?それをさ、外交だから?しゃーなしに?出て上げる事にして?せめて···せめて···行きの馬車くらいは、織江と、ゆったり景色を眺めながら行きたかったのに!!)

 あの後、織江に呼ばれ、意気揚々と宿屋の玄関口に向かった璃雪だったのだが、着いてみれば、すでに馬車には常雪と、山吹の鳩羽が乗車していた。

 意味も解らぬままに乗り込むと、乗降扉は早々に閉められ、出発する馬車に笑顔で手をふる織江を、その姿が見えなくなるまで、璃雪は馬車の窓に張り付き、名残惜しさに身を裂かれる思いのまま、出発させられたのだった。

「やあ〜それにしてもさ、織江ってなんかいいよな♪」

「お前、随分あいつを気に入ってるようだな」

「俺等の周りに中々居ないじゃん?ああいう素朴な子!飾らないっつうか···自然体?てやつ?」

「自然体というか···まあ、そうだな」

 顎を掻きながら天井を見上げる常雪の顔を、鳩羽がずいと覗き込む。

「何だ?」

「あ、いや···そうだよな···うーん···あのさ、織江って璃雪(あき)さんの()()とかなの?」


 ──────。


 鳩羽は何を言っているのか。

 車中は静まり返る。


「あれ?」


 ─────?····。

 ────···はあああああっ!!??


「鳩羽!お前!何故そうなる!?」

 今度は常雪の方が、興奮した様子で鳩羽の顔を覗き込む。

「え、や、だってほら、奉公人とかってわりにはさ、随分、こう、親しげだったろ?だがら···」

「だからってなあ···お前···」


「ち····っ違うよ!!!!」


「···」

「兄上···?」

 馬車の外にまで響きそうなほど大きな声で、否定した璃雪に常雪も、鳩羽も目を大きく見開いたまま固まった。

「お、織江は、十二の時に、御母さんが連れてきて。それからずっと一緒に暮らして、最近は常雪の側仕えとして、身の回りの世話をしてくれていてくれて、僕も助かっていてその···家族····そう家族も同然なんだよ織江は!!」

 一気に喋ったせいか、肩を縦に振る程、璃雪の呼吸は荒かった。

 その様子を見ていた二人は、ようやく身動きが取れたのか、座席の姿勢を改める。

「家族···。そっか···ごめんな?変なこと言って」

「あ、や、僕の方こそ、つい声を荒らげて···本当、大人ないよね?ははは···」

 二人の様子に、常雪は良かったと安堵した。

 兄の言う通り、織江は「家族」も同然。常雪にとってはそれ以上の存在だ。

 前世と現世の狭間をとぼとぼと、果てのない道を歩いていた自分が、今を大切にしたいと思えたのは、同じ前世を保つ織江に出会えたからだ。

 ここはゲームの世界だ。けれど、ここに生きる人々にはそれぞれの人格、それぞれの生活がある。

 前世の記憶が戻っても、それは遠い過去の事。

 ここに生を受け、両親や兄が自分を愛し、慈しんでくれた事実は決して虚像ではないのだと、今を生きる織江を見て学ぶことが出来た。

 気の利いた事が言えぬ性分だが、常雪は、誰よりも織江に感謝しているのだ。

「ならさ、俺が()()しても問題ないよな!」

 再び車中に何とも言えぬ静けさが拡がる。が、今度は空かさず璃雪がつっこみを入れた。

「何でそうなるの!!」

「え?だって許嫁じゃないんだろ?だったら俺が嫁さんにしたいと思ったって問題ないじゃないか」

「や、そうだけど···そうじゃないよ!!」

「はあ?璃雪(あき)さん何いってんだよ?意味わかんね···」

「だ····まだ、駄目!織江はまだ十六になったばかりなんだから!!」

「いや、や、や!十六になったんだろ?じゃあ嫁に行ける歳だよな?俺の母さんだって、織江の年で親父に嫁いだんだぞ?なあ、常雪んとこのお袋さんだってそうだろ?」

「まあ、そう···のくらいには···」

 ほれみてみろ、と、言わんばかりに璃雪にがんを飛ばす鳩羽。

 その生意気な有り様に、璃雪のぴりつきは増してゆく。

「なあ、鳩羽。求婚するのは構わないが···」

「ちょっと常雪!なに勝手に!···」

 口を挟む兄に、常雪が手の平を向けて制す。

「今様にいる間だけでいいから、控えてくれないか?」

「え?」

「織江は、お前の言う通り気が利く娘だ。しかし、気を回し過ぎて、気付かぬうち、己を後回しにしてしまう気がある。今回も、私の側仕えでなければ、留守中、実家に返してやることだって出来たのだ···」

 鳩羽は勿論、冷静を取り戻した璃雪も、真剣な面持ちで常雪の言葉に耳を傾ける。

「そうは見えないだろうが鳩羽?私はお前に感謝しているのだ。お前が迎えに来なければ、今日とて、いつもの様に、織江頼みな一日を過ごしたに違いない」

 予想もしなかった言葉に、鳩羽は目を見開く。

「私とて、兄上と気持ちは同じ。織江は風見家の一員。掛け替えのない家族であり、大切な友だ。気恥ずかしくて言えぬだけで、いつも感謝している」

「常雪···っよし!解った。お前の言う通り、暫らくそうした話は辞めとこう!」

 常雪は鳩羽の言葉に安堵し、礼を込め、会釈で返した。

 璃雪もほっとした様子で胸を撫で下ろす。

「にしても鳩羽?君が嫁取りを考えるなんて、いくら織江がいい子だからって、どういう心境の変化?」

 璃雪の疑問に、鳩羽は腕を組みながら溜め息を吐く。

「ほら、昨日の貝寄風(かいよせ)のおひいさんのことがあったろ?」

「貝寄風?って、あの姫君の事か?」

「そ!貝寄風静歌(かいよせしずか)。今様一の名家、貝寄風家のお姫さんさ」

 プレイヤーは自分の名を自由に入力設定できるのだが、なんとも、厳ついというか、なんと言うかと、常雪はなんとも言えぬ心地で天井を見上げた。

「ははあ···それでこんな馬鹿馬鹿しい茶番が通っちゃったんだ」

「そう!それでまあ、当たり前に?俺も親父に行って来い!取って来い!て、無理くり出席させられたわけよ···はあ、次男坊は辛いぜ!」

「···ご愁傷様です」

 鳩羽は丞相山吹家の次男。プレイヤーの家柄と肩を並べる名家の子息だが、昔ながらの長男贔屓が残る今様において、言葉は悪いが、「居ても、居なくとも」という立場だ。

 幸いにも、母親と兄は、この天真爛漫な弟をたいそう可愛がって居るので、宝珠のような肩身の狭い思いをせずに生きてきた。が、やはりこうした政においては先ずはお前がと、野心家である父親の捨駒にされることも少なくはない。

「でもさ、昨日の様子から見るに、おひいさんは常雪を気に入っているみたいだし?茶会を開くまでもないと思うんだけどな〜」

「はあ···お前までそのような···」

「やさ、解ってるぜ?お前は紫烏ちゃん一筋だもんな!」

 そう言いながら、ぽんっと肩を叩かれ、常雪の顔に朱が走る。

「なっ!な、何を言って!!」

「おひいさんに、紫烏ちゃんか···お前って歳上にはモテるんだな?この人見知りで、無愛想のどこが良いのだか?」

 言いたい放題の鳩羽に、常雪は少々苛ついていた。

「ふふ···ま、()()()()()かなって僕は思うけどね♪」

 鳩羽は璃雪の言葉がぴんとこないようで、小首をかしげ、眉を寄せる。

「二人とも各国の名家中の名家の姫君で、美人でしょ?黙ってたって求婚者は来るし、皆が媚びへつらうじゃない」

 気づけば鳩羽と共に、常雪も兄の言葉に耳を傾けていた。

「でもそれってさ、彼女ら自身を見てくれているわけじゃないでしょ?家柄や、見た目の美しさだけじゃない?まあ、皇族、華族間では当たり前といえば、当たり前なんだけどね。だけどさ、僕は凄く酷だと思うんだよね。まだ自我も芽生えない幼子の時からそういう、(大人扱い)されるのって···」

 その通りだ。

 静歌にせよ、紫烏にせよ、生まれながらにして背負ったものがある。

 それぞれの国において、重要な役目を担う一族の姫として、名だたる者を夫とし、民の生活、国の安泰を守り抜かねばならない。

 何不自由ないその暮らしは、傍から見れば、ただただ妬ましく思うだろう。

 しかし、今までも、これからも、彼女らは、受けた恩恵の何倍もの重圧に耐えながら、生きていかねば成らないのだ。

 けれど、彼女らの背負う物までも、共に支え合い、生きようと言う者はほとんど居ない。

 全く居ないと言ってもいいだろう。

 欲するのは、己の野望を満たす家柄、美しい妻を得た自分へ向けられる羨望。唯それだけだ。

「────そういう立場に在る二人だからこそ、我が自慢の、()()()極まりない弟に惹かれたんじゃないかな?」

 璃雪の冗談に、鳩羽は思わず吹き出し、悪気ないと解っていても、常雪は苦悶の表情を浮かべる。

「ふふ♪ま、冗談さて置き。常雪は見返りとか関係なく、何事も、相手をよく見て判断するからね。そういう所に、あの姫君達は魅力を感じているんじゃないかな?」

「確かに!常雪って良くも悪くも裏表ないからな〜」

「おい。「悪くも」は余計だ」

 不満げな様子に璃雪と、鳩羽は顔を見合わくくと喉を鳴らす。

「まあさ、難しいかもしれないけれど常雪?自分の為にも、紫烏ちゃんの為にも、貝寄風の姫には断りを入れたほうがいいよ?」

「はい兄上」

「そう!そう!いざとなったらこの俺が手助けしてやるからさ!な?」

「お前が出しゃばると、ややこしくなりそうだ···」

「なんだよ!失礼な奴だな本当に!!」

 出だしの暗雲は何処へやら。

 三人を乗せた馬車は、会場につくまで、笑いが絶えることはなかった。

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