金色の奔流
王太子視点(過去)です
僕にには世界がモノクロに見える。
別に目がおかしいとかでは無い。
おかしいのは心のほうだ。
物心がついたあたりから僕はどんな事であろうとも人並み以上にこなす事ができたようで、よく褒められた。
教師も父である国王も母も大した努力もしていない自分を褒めた。
だが僕は人並み以上にはなれたがそこから先にある世界のは行けなかった。
神童などと呼ばれた事もあったが自分が決してそういった世界に至った人間ではない事はよく知っていた。
努力をしたら良い、そう思ったりもするが僕には努力をする才能が無いのだろう。
何に取り組んでも人並み以上に至る事ができるがそこに楽しいといった感情が乗せる事ができなくて気付いた、どんなものも僕にとってはモノクロで心を動かされる事は無い。
心が渇くといった事もない、生まれた時から王子として決まった未来を進む事が定められ、ただ惰性に日々を消化する。
そして時が経ち10歳ほどになると僕は教師のミスや父の政策の欠陥にも気付くようになって周りの人間から近寄り難い存在だと評価を下されるようになり、教師ももう教える事がありませんといってやがて僕の側を離れ、寄ってくるのは顔と権力に吸い寄せられただけの害虫だけだったが彼らも僕が対応が気に障ったのか次第に消えていった。
僕は孤独になった。
毎日書庫にこもって面白いとも思わない本を消化するような
日々が続く中、僕の婚約者の選定を行うお茶会が開かれる事になったが近寄り難い雰囲気を出しているであろう僕に話しかけてくるのは王子の婚約者といった立場が好きなだけの女達ばかりだった。
中にはとても清らかな性格の持ち主であろう人間も居たが浮かんだ感想は“つまらない”といったものでそうした感想しか浮かべる事の出来ない自分がますます嫌いになった。
やがて僕を取り囲んで美辞麗句を並び立てていた女達も僕が何の反応も示さない事が分かったのか離れていって婚約者選定のお茶会だったのがただの女子会といった感じになってしまい、僕も木の下に座って本の世界へと入り込んだ時、開いていたページに影ができたので上を向くと金髪の少女がこちらを覗き込んでいた。
「あなた、こんな日陰で本を読むなんてまるで苔のようね」
「本を読む者を馬鹿にするとは読書の大切さをわかっていないようだ」
「本は素晴らしいわ、人生に豊かさをもたらしてくれるもの、でも貴方のような人に読まれるなんて本が可哀想だわ」
「どういう意味だろうか?」
「あなた、目が澱んでるわよ、つまらなそうな顔をして読まれる本の気持ちにもなっていただきたいわ」
何故自分は初対面の少女にここまで言われなければならないか、なぜ本を読む事すら咎められなければならないのかとふつふつと怒りが込み上げてくるのを自覚しながらも僕は言い返す事が出来なかった。
何故なら、実際自分はこの本をただの暇つぶしとしか扱っておらずつまらないといった感想を持っていたからだ。
言い返す事も目線を合わせる事もない僕に少女は何を思ったのかは知らないが僕の右腕を引っ張り出すと「世界の美しさを教えてあげるわ!」などと言い出した。
そして連れていかれたのはお茶会の会場で真面目に社交をしろとか言ってくるつもりかと思ったが、どうやら違ったようで少女は会場にいる人間を指差すとその人間がどのような不正をしどの政治派閥で立場的にはどうなのかといった事を自慢げに語り出した。
「これのどこが世界の美しさなんだい?」
「楽しいじゃない?」
「楽しい?」
「別に美しい景色を見るだけが世界の美しさじゃないわ、楽しいって感情が浮かんだ瞬間が一番輝いていると思わない?」
「僕は何かを楽しいって思った事がない」
「それは、あなたには子供らしさが全く足りてないのよ!」
確かに僕には子供らしさというものは全くないかもしれない。
「ねぇ、今から遊びをしない?」
「どんな?」
「マズールカ伯爵の不正を暴くわよ」
「は?」
「伯爵家は民から税を多めにとって自分の懐に入れている情報があるのよ、うちのお父様と対立関係だからここを潰せばお父様に褒めて貰えるわ!」
10歳の少女が遊びとして提案するような内容では無いしそれはもはや遊びじゃ無いだろう。
「何故僕までそんな危険な事をしなくちゃいけないんだ」
「自分探しの旅ってやつよ!」
「意味がわからない」
「つべこべ言って無いでさっさと行くわよ!」
そして僕は無理矢理この明らかの普通じゃない少女に連れられて何故か白い服に着替えさせられたあと伯爵邸までやってきてしまったのだった。
そしてこれから伯爵邸に忍び込み危険を犯すという状況に何故か感じた事のない胸の高鳴りを覚えた。
「でも普通侵入って夜にやるものじゃないか? 白昼堂々やる奴があるか?」
「分かってないわね、忍び込むなら夜ってみんな考えつくから夜は警備が厳重なのよ、それに今日、伯爵は例のお茶会の所為で不在よ」
「それで、どうやって入るんだ?」
「子供にしか通れない場所が何処かにあるはずよ、流石に向こうも小さな侵入者には目を向けてないわ」
「なるほど」
そして伯爵邸の周りをぐるぐると周ると柵に子供が通れる程の隙間がある事を発見した僕達は容易く伯爵邸へと入り込む事ができ、伯爵邸の警備も子供が入り込む事は考えていないのか子供にしか隠れられない場所には全く目を向けてこない。
「楽勝でしょ? あとは建物の中に入るだけね」
「どうするんだ?」
「人間の視線って案外上には向かないものなのよ」
「まさか……」
「壁を登るわよ、その為にわざわざ白い服に着替えてきたのよ」
白い服を着てきたのは白い壁と一体化する為か。
僕達は警備が手薄になった瞬間に壁をよじ登ったあと伯爵の私室を外から発見し少女が取り出した特殊な刃物で窓に穴を開けて施錠を外すと中に潜り込んだ。
「あとは不正帳簿を見つけるだけね」
「まさかこんなにもうまく行くなんて」
「それは勉強不足ね」
「ハッ……そのようだ」
そして本棚の中に入っていた不正帳簿を見つけた俺たちは笑みを浮かべてハイタッチを交わした。
そして執事やメイドの目を掻い潜りながら一階の窓から脱出し柵の隙間から外に出ようとした時だった。
「おい、そこで何をしている!!」
「逃げるわよ!」
警備の奴らに見つかってしまったが大人は柵の隙間を抜ける事ができないみたいで正門から回り込むしかなく、僕達はある程度の差を作る事ができたのだが、警備達も必死に追ってくるし子供の足なのであっという間に差を縮められそうになってしまった。
「表通りに出るわよ!」
「表通りは人だらけで前に進めないぞ!」
「だからこそよ! 大人より子供の方が隙間を縫って進みやすいし身長差があるから私達を見失いやすいわ!」
少女が言ったように僕達は通行人の足の間をスルスルと抜けていき、追手も一生懸命人を掻き分けていたが人混みの中を子供特有小ささでちょこまかと動く僕達を見失ったようでキョロキョロとしているうちに僕達は一度教会に逃げ込んだ。
教会の壁にもたれ掛かりながら肩で息をしていた僕は彼女の方を見ると息を呑んだ。
教会の窓から差し込む西陽は彼女の金色を美しく照らしていてこちらに向けて笑いかける姿はまるで女神のようだった。
「ね? 楽しかったでしょう?」
「否定はしない」
「素直じゃないわね」
そして僕は私の遊びに付き合って貰ったお礼よ、と伯爵の不正帳簿を貰って帰路につき、王宮に帰ると大変な騒ぎになっていて父に思い切り叱りつけられたが伯爵の不正を暴いた事は褒められた。
夜、今日の怒涛の一日を思い返して笑みを溢ながら布団に入る時に自分が少女の名前を聞いていない事に気付いてしまったが自分の婚約者選定の場に居て伯爵の敵側の人間の娘であの容姿なら見つけるのは容易いだろうと思い直し目を瞑ったがどうしても瞼の裏で揺れる金色が眩しくて中々眠りにつく事が出来なかった。
そして次の日の朝、目覚めた世界は様々な色に溢れかえっていて、モノクロだった僕の世界に色をもたらした胸の中で強く輝く金色は勢いを増すばかりだった。