王宮潜入
私の新居は王太子宮と呼ばれる区画内にあり公爵家の自室に比べてもかなりの広さだけど食事の時は王太子付きという欲しくもないオプションが付いちゃってる。
まさかクッション如きでここまで大胆な行動を起こしてくるとは思わなかったわ。
今日は学園は休みなのでゆっくりとする事ができるが敵の懐で気を抜くなんてできるわけがない。
おまけに味方がララしかいない状況だ。
「今日のアルフォード殿下の予定はどうなってるの?」
「本日は午前中は執務室で午後は手が空くと思うので昼食の時にはこちらにいらっしゃると思います」
「そう、それなら私達は王宮内の把握をしましょう」
王太子は私を王宮に拘束した事で私の企み事を封じたつもりかもしれないが敵を懐に入れるという事はその痛い腹の中を探られる可能性もあるという事を忘れているらしいわね。
それにちゃっかりララも連れてくる事ができたのでララを王太子に近づける隙も大きくなるのだ。
そう考えればそんなに悪い状況じゃないのかも。
「しかしお嬢様の格好で王宮内をうろうろするのは不味いのでは?」
「それは確かにそうね」
確かにドレス姿だと居住区以外の重要区画に行くのは難しいし王太子側にも報告が行って腹の中を探られている事に勘付かれてしまうわね。
「王宮内を自由に王太子側に気付かれずに動ける人間って誰になるのかしら?」
「王太子殿下や国王陛下や王妃殿下付きの侍女くらいではないですかね?」
「何とかその侍女の服を手に入れる事はできないの? そういえば確か近くに倉庫って書いてある部屋があったわよね?」
「ありましたね」
「中に侍女の服が入ってないか確認してきて貰える?」
ララはやっぱりこうなったかという顔したが渋々倉庫を見に行ってくれた。
そして幸運な事に倉庫内は使わなくなった服飾類が置いてあったようで侍女の服が置いてあったのだ!
私は早速、若干サイズが大きい侍女服に袖を通すとララに髪をおさげにして貰ってメガネを装着し如何にも仕事一本の地味な感じの侍女といった風貌になったら意気揚々と部屋を飛び出していった。
王太子宮は中の構造がわかりにくく作ってあるようで結構ごちゃごちゃしている上に資料室や書庫等にも足を踏み入れたがわざわざ重要な書類をそう言った所には置かないようで誰に見られても困らないような内容のものしか無かった。
やっぱり重要な書類の在処は執務室周辺か王太子の部屋が怪しいけどいくら侍女といえども何の用もないのにそれらの部屋に入るわけにもいかないしどうしようか。
どうやって王太子の巣に侵入するか悩みつつも執務室があるであろう方向に向けて何となく歩いていると正面からワゴンを押しながら歩いてきたメイドに引き留められた。
「もしかして王太子様の侍女ですか?」
「そうですけど? 何かありましたか?」
「良かったです、実はお茶のご用意をしたのですが手の空いている侍女が居なくて困っていたのです」
渡りに船ではないか、なら私が持っていくわ、と言ってワゴンを貰って歩き出すと重要な区画に入るのか騎士が守っている区画が見えてきたが特に警戒される事も無く中に入る事ができた。
王宮内の警備って意外とザルなのね。
ただ重要区画という事もあってか騎士が跋扈していてとてもじゃないが他の部屋に足を踏み入れれる雰囲気じゃない。
こうなればあえて本丸に踏み込むのもありだろうと私は騎士が厳重に守る扉を発見し、そこが執務室だろうとあたりをつけると騎士に王太子殿下にお茶をお持ちしましたと告げて中の入った。
「王太子殿下、お茶をお持ちしました」
「助かるよ、それじゃ少し休憩にしようか、レオンはすまないがこのラッカス鉱山と伯爵家の調査報告書を国王に渡してきて貰えるか?」
「かしこまりました」
そしてレオンが執務室から書類の束を持って出ていき私はいつもララがやっている手つきを思い出しながらお茶とクッキーを出しさりげなく机の上の書類達に目線を走らせる。
あまり面白いものがない事に少しガッカリしていると王太子がお茶を飲み終えたのかティーカップが机の上でガチャッと音を立てた。
「いや〜今日はやけに疲れたよ、2時間ほど書類に向き合っていたからか肩が凝ってしまったな」
「そうですか」
なんか急にお疲れアピールを始めたぞこの人。
「そういえば見ない顔の侍女だけど、名前は?」
「……リリです」
「それじゃリリ、肩を揉んでもらえないか?」
「かしこまりました」
断るわけにもいかないので嫌々ながらも王太子の後ろに周り肩を揉んであげる。
結構ゴリゴリなので本当に疲れていたらしい。
生徒会長としての仕事と王太子としての仕事をやっているのだからそれは当然かもしれないわね。
机の上に広がっている書類達も一つ一つしっかりと確認してあるようだったし心労が凄そうだ。
「もう大丈夫だよ、ありがとう、リリ」
「いえ、少しでもお役に立てたなら嬉しいです」
「お礼として今度は僕がリリの肩を揉んであげるよ」
「いえ、大丈夫です」
「下の者を労るのも上に立つ者の務めさ」
そういって王太子は足を広げると足の間をポンポンと叩く。
そこに座れと言ってるのだろうか? とんだセクハラ王子じゃないの、同情して損をしたわ。
「他の侍女達にもこういった事をやっているのですか?」
「いや、リリが初めてだね」
「なら私にもやる必要はないです」
「これは命令だよ、リリ、大人しく労られなさい」
侍女という立場上王太子の命令を拒絶するわけにもいかないし、私は渋々、王太子の足の間に背中を向ける形で座り肩を揉んで貰う。
「リリはそんなに凝ってないんだね」
そりゃそうだ、謀略をめぐらせる事以外は普通の令嬢と変わらない生活を送っているのだから。
王太子はやたら丁寧にマッサージをしてくれる様で肩甲骨や背中も揉みほぐしてくれる。
侍女相手にこんな事をやっているならララも結構チャンスがありそうだ。
しばらくすると、レオンが帰ってきたのでようやく私は解放されティーセットを片すと部屋から出るためにいそいそとワゴンを押しはじめた時だった。
「またいつでもおいで、リーナ」
「な、気付いていたの!?」
「もちろん」
私がいつから気付いていたのか聞くと王太子は「君の首筋の右側には黒子があるんだよ」と教えてくれ、私はまたしてもこの王太子にやられたのだと悟り首筋を抑えながら捨て台詞を吐くのが精一杯だった。
「覚えておきなさいよ!」