沈黙は金
あの課外学習での遭難事件の後、学園が王太子と公爵令嬢を命の危機に晒したとして公爵家側の派閥が猛抗議を行った結果、学園長が責任を問われて辞任しお父様の息のかかったザハールさんという研究者の方が就任した。
さすがはお父様、相手の弱みを見つけたら即攻撃して自分の有利なように事を運ぶプロだわ。
これにより、公爵家は学園を実質支配下に置いたも同然で、公爵家と対立関係にある家の御子息が問題を起こすような事があればすぐにお父様によって突っつかれる事になるし私も学園で動き易くなったわ。
という訳でだ。
私は王宮にある自室でコーヒーを飲みつつ、側に控えているララを見る。
「ねえ、ララ」
「なんでしょうか?」
「王太子は私の事が好きだったのよ」
「むしろ何故今まで気付かなかったのか不思議なくらいですが」
どうやら、ララは王太子が私の事が好きな事を知っていたようで、ララが言ってた王太子が特定の方にご執心というのは私の事だったのね。
私、王太子に好かれるような事をしたかしら?
「それで、王太子と勝負をする事になったのだけど」
「あの卒業までに惚れたら負けというやつですか?」
「そうよ、私は絶対に王太子妃にはなりたくないのよ」
「どうしてですか?」
「王太子妃になったら好き放題謀略はできなくなるしマナーとか気を使うし、外交の場にでなきゃいけなくなるじゃない」
私は表立って力を振りかざすのではなく裏から静かにこの国に謀略によって根を張り、牛耳りたいのだ。
お父様が表からこの国を牛耳るなら私は陰から密かに魔の手を伸ばしたいのだ。
「という訳で王太子には、周囲の私へのイメージを損なわないように幻滅して貰いながら王太子に気のありそうな女を当てつけて私に構う暇を無くさせるわよ」
「王太子との接触を避けつつ、アデリーナ様への好感度も下げて今まで通り他の女性とくっ付けようという訳ですね」
「そうよ」
これからの行動方針をララに説明するとララは不思議そうな顔をしてこちらを凝視してきた。
なんだろう? 王太子との勝負に確実に勝つ為の私の方針にどこかおかしいところでもあったのかしら。
「王太子殿下との接触をできる限り避けるようにするのですね?」
「そうよ、それが何かあったの?」
「それって、王太子殿下と共に居ると惚れてしまいそうという事ですか?」
私が王太子に惚れてしまいそう?
確かに王太子に惚れない自信があるなら避けるという選択肢は出てこなかったかもしれない……
嫌いでは無いし、王太子や生徒会長として責務をしっかり真面目にこなしている姿は好感を持てる。
私は心臓が急に早鐘を打ち始めたのを感じながらも首を横に何度か振った。
「そ、それは違うわ、人生を賭けた勝負なんだから出来るだけ勝つ可能性を高めるのは当然でしょ!」
「顔が赤いですよ、アデリーナ様」
「うるさいわね! 部屋が少し暑いのよ!」
「意外とちょろそうですもんね、アデリーナ様は」
ララが急に変な事を言うから意識してしまっているだけで別に王太子の事は何とも思っていないし、彼と結婚してしまえば待っているのは王太子妃の重責なのだ。
とにかく気をしっかり保たないと。
私は一旦落ち着かねばとララのニヤニヤとした視線から逃げるためにテーブルに突っ伏していると朝食の時間になったので私は逃げるように食事用の部屋に移動したが、待っていたのは当然、王太子だった。
気が動転していつも食事は王太子ととっていたのを忘れていたわ。
私はとにかく今は変に意識しちゃってるだけだと心の中で何度も言い聞かせるように唱えつつ、宿敵との食事に臨んだ。
「今日は、リーナの好きなハムを使ったサンドイッチにしてもらったんだよ」
「……」
「どうしたんだいリーナ?」
私は思いついたのだ、食事と登校の時は王太子を避けるのは難しいのが喋らずに沈黙を貫くことで気まずい空気をあえて作り出し、私と一緒に居るのが気まずいと思い込ませる事ができるのではないかと。
私が喋らない事に不敬だと叱責すればさらにギスギスした関係を構築する事ができる。
完璧な作戦ね。
「リーナ、サンドイッチ食べないの?」
私は王太子に言葉を返す事も視線を向ける事もなく黙ってサンドイッチを食べる。
このハム、美味しいわ。
「そのサンドイッチの中に入ってるハムは隣国から特別に仕入れた高級品なんだよ」
「……」
私が全く反応を返さないので流石に王太子も気まずくなったのか黙って食事をする事にしたようだ。
私に勝負を挑むなんて百万年早かったようね。
王太子が私の事を好きなら多少の不敬は許すしか無いのは織り込み済みよ。
汚いと言われるかもしれないが私も人生が懸かっているのだから手は抜けない。
場に気まずい沈黙が落ち、朝の鳥達の囀りがこの局面における私の勝利を祝福してくれているようだ。
「そういえば、リーナは小物入れだったり人から見えにくい所や持ち物にひよこ柄をよく使ってるけどひよこが好きなの?」
「……!!」
「いや〜なんだか急にリーナがひよこが好きでピーマンが嫌いな事を学園中に話したくなってきたな〜」
しまった、私、王太子に弱みを握られているのを忘れていたわ。
でもここで言葉を返せば王太子の思う壺で私の負けだ。
私は黙って王太子の方を睨みつける。
「そうだ! 今日はリーナがノートの端っこに落書きしてる可愛いひよこをみんなに紹介しようか、それと昼食はピーマンを多めに入れて貰おうね」
「やめて!!」
「ん? どうしたんだい?」
「お願い! 学園のみんなには言わないで!」
「僕の事を避けないのならこの事は僕とリーナだけの秘密にしてもいいよ」
「わ、分かったわ、アルフォード殿下の事をもう無視したりしないわ」
もし私がひよこが好きでノートに落書きをしてる上にピーマンが嫌いなんて事が知られたら学園での私のイメージが大暴落しかねない。
というか、王太子はこの事を知って何故幻滅してくれなかったのだろうか?
「ねぇ、リーナ」
「なによ?」
「君がこの勝負に本気なように僕もありとあらゆる手段を使うって言ったのを忘れて貰っては困るよ」
そういって王太子は肉食獣のような笑みを向けてきて、私は弱みを握られた状態ではこの戦いが思った以上に厳しい事を知らしめられる形になってしまい、何とか王太子の弱みを握りつつ、他の女性に興味が移るようにしないといけない事を再確認したのだった。