【第96話】呪われた娘④
「ルーナが......の、呪われた娘、ですって? 村長、一体なにをおっしゃっているのですか?」
父は唖然とし、村長が口にした言葉の意味が全く分からないといった表情でそう言います。
父以外の、母とラースさん達も同じような反応でした。
もちろん、言葉を向けられた当の本人である私もそうです。
きっと村長は、体調不良のせいで思考がうまく回っていないに違いない。
その場に居た全員が、そう捉えました。
「あの、ルーナちゃんが呪われているとはどういうことですか? 詳しく説明をお願いします!」
ラースさんがそう言うと、村長はまるで別人のように目に角を立て、こう答えました。
「説明もクソも無い、そのまま意味だ!!! その娘はつい先程、この場で呪術を使ったのだ!!!」
国の法で禁句とされている言葉を、何のためらいもなく口にする村長に、父は驚きを隠せませんでした。
「なっ?! ちょ、ちょっと村長?! その言葉は確か――――」
「近寄るなァ!! き、貴様ら夫婦が全ての元凶なんだぞ!! ルーゼル!! レイナ!!」
焦った様子で駆け寄ってきた父を前に、村長は後ずさりをし、そう声を荒げます。
「そんな、元凶って......私たちが何をしたというのですか......?」
いまだ状況が理解できていない父は、頭を横に振り両手を広げ、そう呟きます。
「とぼけるな!! 今までよくもまあ、のうのうと何食わぬ顔でこの村に住んでたなルーゼル!! そんな化け物を連れながら!!」
「この子が化け物ですと......? 村長、いくら私でもここまで言われたら、もう黙ってられませんよ......!」
徐々に険悪な空気が流れ始め、気付けば一触即発の状態に。
そんな時、村長の様子がおかしくなってからしばらく黙り込んでいたフェザーさんが、場を落ち着かせるようにこう言います。
「......よせ、ルーゼル。 それに村長も、一度落ち着いてください」
「こんな状況で落ち着いてなどいられるか! 村の歴史の中でも類を見ない、最低最悪の事件が起きたのだぞ!?」
「あなたの先程の発言は"度"を越していた......が、今ならまだ間に合います。 この場にいる全員がうっかり聞き間違えただけ、という体にしましょう。 そうすれば全て丸く収まります」
「フンッ、なにを呑気なことを。 いま俺たちの目の前には、正真正銘、本物の呪術者がいるんだぞ! いまさら法なんてものを気にしていられるか!!」
フェザーさんの話にも、村長は一切耳を傾けませんでした。
村長は更にこう続けます。
「......そうだ。 長いこと世界を回っていたお前なら知っているのではないか、フェザー?」
「なにをです?」
フェザーさんにそう聞き返された村長は、横にいた私を親の仇のように睨みつけると、
「......相手の姿を見ずとも、それらが持つ魔力を可視化し、その大きさや資質を瞬時に読み取ることが出来る力の話だ。 こんな恐ろしい力、呪術以外には有り得ないだろう」
と言いました。
「......魔力を可視化.......瞬時に探る......」
フェザーさんは腕を組み、神妙な表情で考え始めました。
そして少しの間ご自身の記憶を探られた後、ハッとした表情に切り替わり、こう言ったのです。
「......とある辺境の地の賢者から、似たような話を聞いたことがある」
「ほう.....! それで? その話の内容は?」
「古い時代、あらゆる者の魔力をひとりでに感知する力を持った、半神のような人物がいた、と。 そして賢者は、その力のことを"マギア・パーセプション"と呼んでいた」
「ヒッ.....ヒヒヒ.....なるほど......どうやら、それがこの娘が持つ呪術の名で、間違いなさそうだな......」
「お、おいフェザー! お前まで何を言い出すんだ!? ルーナがそんなものを持っているわけがないだろ!!!」
フェザーさんの肩を強く押し、怒りを露わにする父。
きっと、にわかには信じられなかったのでしょう。
......いや信じたくなかったのだと思います。
この世界の誰もが恐怖する呪われた力。
その言葉を発するだけで重罪に値するほどの、絶対悪。
ただ、この世界でその力を持つ者が極めて少ないこともあり、多くの人々が「呪術なんて自分には関係のないこと」と思って日々を過ごしている。
だからこそ、まさか自分の娘が。
8歳になったばかりの幼い少女が呪術に目覚めたなんて話、父には信じられなかったのです。
「フフ.....ふははははっ......おっと、そういえば今日は別の仕事があったことをすっかり忘れていた......悪いが、俺はこの辺で失礼させてもらうとしよう」
「村長!!! 待ってください!! 話はまだ終わって――――」
突然そう言って家から出ていこうとする村長を、父が引き留めようとしますが、村長は掴まれた肩を乱暴に振り払い......
「......今日の夜は、酷く荒れた天気になるそうだぞ」
「......え?」
「見たところ、この家はかなり古いようだ......雨風くらいなら凌げるだろうが、地震や台風の対策は念入りにしておいた方が良いだろう。 まあ.....今晩はせいぜい"気を付けて"過ごすことだな.......ルーゼル」
そう言い残して、一人去っていく村長。
「くそっ......一体なんなんだ......ルーナが何をしたって言うんだ......」
短い時間の中で色々ことが起こりすぎていて、呆然とするしかない父と母、そしてフェザーさんとラースさん。
「お父さん......お母さん......みんな、どうしちゃったの?」
もちろん私も、大人たちの会話に全くついていけず、終始困惑しているだけでした。
ただ、なんとなくですが、自分なりに感じ取ってはいました。
――――これから私たち家族の身に、「良くないこと」が起きるのかもしれない、と。