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【第89話】シンプルイズベスト

「待てよ.....寮にいるってことは、まさか城からここまで一人で来たっていうのか?」


「そうですね。 昔シルヴィア様から教えて頂いた、極秘の抜け道を使っちゃいました」


「使っちゃいましたって......色んな意味でヤバいだろ、それ」


王城から寮までそれほど距離が離れていないとは言え、つい数時間前に襲撃を受けた人間がたった一人で夜の街を出歩くなど、褒められた行動ではない。


城の人間は一体何をしているのか、出ていこうとする彼女を何故止めなかったのか、徐々に怒りが湧いてくる光。


とはいえ、既に寮まで来てしまっているのだから、今更城に帰すわけにもいかないだろう。



(......とりあえず下に向かうか。 この時間ならもう学院の奴らも残ってないだろうし、変に目立ったりはしないだろ)


ひとまず光はシルヴィアの要件を聞くため、ラウンジへ向かうことにしたのだが........


「まあいいや、じゃあ今からそっち行くから、少しだけ待ってて―――――」


「あ、いえ私がそちらに向かいますので、光さんはそのままお部屋に居てください」


「.......エ?」


「誰かに会話を聞かれるのは避けたいので、光さんのお部屋で話をさせて頂こうかなと」


「........ん、んん?」



シルヴィアの言っていることがいまいちピンとこない光は、一度状況を整理しようと試みる。


(......落ち着け、一旦冷静になろう。 たぶん俺は今、疲労で頭が回っていないだけなんだ。 さっきの言葉の意味をよーーく考えてみろ、ほら不自然な部分なんてどこにも......)


通話の最中ではあるが、約5秒の間、音声ミュートをしているかのように光は黙り込み。



―――――――そして、ようやく全てを理解した。



「........俺の部屋に来る!? シルヴィアが!? なんで!!??」


らしくない大声をあげながら、部屋で一人愕然とする光。



無理もないだろう。


彼は本来ならばごく普通の男子高校生なわけであって、生粋の勇者でもなければ、物語の主人公でもない。


いや「普通」よりも、もっと下の領域に長年居座っていた様な人間である。



そんな彼にとって、自分の部屋にクラスメイトの女の子がやって来るなんてイベントはあまりにも刺激が強すぎるのだ。



(待て待て待て待て待て......別に何かを期待しているわけじゃないが、さすがに急すぎるだろ!! なに考えてんだシルヴィアは.....)



気が激しく動転してしまっている光だが、そんな彼を余所にシルヴィアは淡々と話を続ける。


「えっと、さきほど申し上げた通り、話の内容的に誰かに聞かれたら大変なことになってしまいますので、できれば密室がいいかなと.....」


「まあ言いたいことは分かるけどさ、俺にも心の準備ってものがあってだな......」


光が率直な今の気持ちを伝えると、シルヴィアはしゅんとした様子でこう言った。



「......そうですよね。 こんな時間に突然押し掛けて来るなんて、迷惑でしたよね......申し訳ございません」


勿論、こんな台詞を言われて光が焦らないわけもなく、


「いやいやいやいやいや!! ごめん嘘嘘嘘嘘!! いいから!! 全然来てくれて構わないから!! えっと、場所は4階の118号室な!!!」


「......行ってもいいのですか?」


「全然OK!! 大歓迎!! むしろ待ってたから!! あ、いや今のは嘘......いや嘘ではない、か......?」


「ふふっ、なんですかそれ。 では今から伺いますね」


そう言って、シルヴィアは通話を切る。



「マジか.......あのシルヴィアが今から"ここ"に来るのか........いやマジかよ......嘘だろ」


通話を終えた光は、突然空気の抜けた風船の様に脱力し、デバイサーを床にドサッと落としてしまう。


「............」


それからは、視点が思う様に定まらず、ぼーっと空虚を眺めている時間がしばらく続いた。



「.......ま、今更慌てたところで、どうもならねえか。 とりあえず軽く掃除でもしておこう―――――――」


光の部屋は八畳ほどで、家具はベッド、食器棚、そして小さな折り畳み式のテーブルのみと、シンプル中のシンプル。


シンプルというより、生活に困っているのではないかと心配されるぐらいの質素な構成だ。


座り心地の良いソファーも無ければ、床に敷く座布団的な物も無い。


こんな部屋に自国の王女を招くなんて、前代未聞の出来事だろう。



「いやー.......我ながらヤバいくらいに地味な部屋だな、おい。 だけど........」


しかし、今回ばかりはこのシンプルさが功を奏した。



家具や私物が沢山置いてある部屋は、確かにバラエティ豊富で楽しいかもしれない。


一人でゆっくり趣味などに浸ることも出来るし、友人を招き、楽しさを共有するのもまた良い。



だが、それは時に大きなリスクにも成り得る、諸刃の剣なのだ。



そう、きっと誰もが一つくらいは、今も自分の部屋に置いてあることであろう。


他人には絶対見られたくない、恥ずかしい(ブツ)を。



人によってその形は様々だが、よくある例としてはやはり、いかがわしい系の物。


ベッドの下や押し入れの奥底に隠していた物が、誰かに発見されてしまった時の絶望といったらないわけで。



そして万が一にも、異性の友達を招いた時にそんなことが起こってはならない。



その点、光の場合は心配無用であった。


所有物が少なすぎるがゆえに、隠さなければならない様な物が一つも置いて無かったのだ。


突然の訪問にも問題なく対応できる、無敵の部屋。



「クク.....完璧じゃねえか、俺の部屋は」


隙の無い自分の部屋をドヤ顔で見渡し、シルヴィアがやってくるのを光は待つ。



―――――数分後。



ついに、入口のドアノブがガチャッと回る音が聞こえた。

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