【第88話】魔物より恐ろしいもの
~フォルティス魔法学院 学生寮118号室~
「あー疲れた.......今日はマジで近年稀に見る激動の一日だったな........」
王城から寮に帰ってきた光は、シャワーと適当な食事を済ませ、疲れた体を癒すべくベッドで横になっていた。
食事に行くと言っていたナギサと九条の二人も、あの後は寄り道をすることなく、それぞれの住まいへと真っ直ぐ帰ったらしい。
それもそのはずで、聞かされる話の内容が重いだけならともかく、実はあの演説はトータルで二時間近くのボリュームがあったのだ。
一時間の講義すら苦痛に感じてしまう学生からしてみれば、お世辞にも「楽しい時間でした」とは言えないだろう。
きっと二人とも今頃、光と同じくベッドの柔らかさと温もりを満喫しているに違いない。
「そういや、結局シルヴィアの話は聞けずに終わっちまったな......まあ俺が言わなくていいって言ったんだけどさ......」
あの場ではシルヴィアの体調を優先し、無理して話さなくていいとは言ったものの、やはり彼女のことが気になってしまう光。
あのまま話を続けさせるわけにはいかなかったし、光の判断はおそらく間違ってはいなかった。
しかし、気になる女の子の過去というものは、何故か無性に知りたくなってしまうのが男のサガだ。
「やべえ、気になって全く眠れねえ.....こうなったら仕方ない、もう22時過ぎてるけど気分転換に散歩でも行くか」
ふとそんなことを考え、光はベッドからゆっくりと立ち上がる。
「前に木乃葉から、夜の王都は歌舞伎町並に荒れてるって聞いたけど、あのガーネットより怖い奴なんてそうそういねえだろうし大丈夫―――――」
独り言をボソボソと呟きながら、街の小さな店で購入した、激安のジャージ風のローブに着替えている中。
突然、ピピピピピピ!!!というデバイサーの着信音が鳴り響いた。
「うおぉッ?!! び、びっくりしたぁ......誤作動か......? こんな時間に電話してくる様な知り合いなんて俺にはいないはず――――ん?」
光が鞄の中に入れていたデバイサーを手に取ってみるが、どうやら着信は来ていない模様。
―――――――と、なると。
「なんだ? 隣の部屋から鳴ってんのか? いやそんなわけ.......ってまさか.......」
音が聞こえてくる方向に改めて目を向けてみる光。
そこには確かに、現在進行形で呼び出し中の画面が表示され、着信音を鳴らし続けているデバイサーが置いてあった。
無論、そこにあったのは学生向けのデバイサーではない。
シルヴィアから預かった、対シルヴィア専用の連絡機器だ。
「.......なるほど、そういう感じか。 なるほどね? 分かる分かる」
一体何が「なるほど」なのだろうか。
そんなよく分からないことを言っている暇があったら、早く電話に出てあげて欲しい。
「.........俺、今までの人生の中で、クラスメイトと電話なんて一回もしたことないんですけど」
そう、光は元の世界に居た頃スマホを一応持ってはいたが、連絡先は両親のみであり、誰かと電話など一度もしたことが無かった。
夜中に友達や恋人と電話とか、そんなの漫画やアニメの世界だけの話だろう、通話中に眠くなって寝落ちするとか都市伝説だろうと、本気でそう思っていたレベルの人間なのである。
そんな彼にとって、今自分の目の前で必死にメロディーを奏でている小さな機械は、ある意味で魔物より恐ろしい存在なのだ。
「クッ! わざわざ俺に電話してくるくらいだから、重要な話だってことは分かってるのに、どうしても手が震えちまう.....」
相手が有象無象の男子生徒とかならともかく、今自分を呼んでいるのはあのシルヴィアだ。
世界有数の美少女で、性格も聖人並みに完璧で、皆の人気者で、一応光の友達でもある彼女からの電話。
実際のところ、この場面に遭遇したら、光じゃなくても少なからず緊張はしてしまうだろう。
だが当然、このまま無視し続けるわけにもいかない。
光の思っている通り、シルヴィアは世間話をしたいが為に電話を掛けてきたわけではないはずだ。
きっと今頃、城の中でも見せていた様な暗い表情で、光の応答を待っているに違いない。
ならば、彼女に思いに光は答えてあげなければならないだろう。
「このデバイサーの通話内容は全て城の連中に筒抜けになる仕様......つまり業務的な内容であることは間違いない。 まったく、なにを勘違いしているんだ俺は。 これは勇者としての仕事だ、なにも身構える必要なんてないじゃないか」
光は一人でフフっと笑うと、何かを悟ったかのように、今度は別人の様に落ち着いた様子でデバイサーに手を伸ばした。
「.......うん、やっぱ直接触れるのは怖いわ。 てことでエグゼキューター、頼んだぞ」
あまりにもカッコ悪く、あまりにも惨めな姿。
敵前逃亡とはこのことを言うのだろう。
とにもかくにも、光はエグゼキューターを玩具のロボットアームの様な使い方をし、ついにデバイサーをその手に取ってみせたのだ。
「よし......いくぞ!!!!!」
恐る恐る通話ボタンを押した光。
彼は電話を取った側の義務として、自ら第一声を放った。
「は、はい、あ、あの......み、三刀屋 光ですけ☆△×※〇......」
極度の緊張からパニック状態になり、全くもって呂律が回っていない光。
見ている方が恥ずかしくなってくるほどの、完璧なコミュ障ぶりである。
「........夜遅くに申し訳ございません、シルヴィアです」
悲しいことに電話の先にいるシルヴィアは、光の醜態に触れることすらせずに、いたって真面目なトーンで早々に話を始めていた。
「お、おう......こ、こんな時間にどうした......?」
「あの、実はですね.......」
「あ、分かった、眠れないんだろ? それなら俺じゃなくてナギサにあたった方がいいぞ」
「........私、いま学生寮1階のラウンジに来てまして、その......光さんに直接お話したいことがあるんです」
「あいつならきっとしょうもない話をして眠気を誘ってくれ......え? なんて?」
シルヴィアの言葉を聞いた瞬間、身体に重くのしかかっていた緊張がどこかに吹き飛び、我に返る光。
驚くことに数時間前に別れたはずのシルヴィアがどういうわけか、今度はこの部屋のすぐ下で待っているというのだ。
(シルヴィア、一体なんのつもりだ......? 俺に話ってなに......?)
思わぬ展開に困惑を隠せない。
ついさきほど彼は、今日という日を激動の一日と評した。
しかし、実は今までの出来事はただの序章に過ぎなくて、本編はようやくこれから始まるのであった。
......というパターンが、もしかしたらこの先に待っているのかもしれない。
そう感じた光は、身構えた様子でシルヴィアに目的を尋ねた。




