【第87話】塞いだ心
「えっと......じゃ、俺達はそろそろ帰るから、また来週学院でな」
気まずい空間を打破すべく、光が適当な解散の言葉を告げると、レイリスがこう返してきた。
「.......君達は僕が出口まで送ろう。 シルヴィアは陛下が言った通り、夕食を取ってくるといい」
「はい.......ありがとうございます」
シルヴィアはそう返事はしたものの、席から立ち上がろうとはしない。
きっと彼女のことだから、自らの過去を話すことから逃げてしまった、などと負い目を感じているのだろう。
勿論、光とてそれぐらいは分かっていた。
「.........話せる時が来たら、話せばいい」
不意に、窓の外を見ながらそんなことを光は呟く。
それを聞いたシルヴィアは顔をパッと上げ、小動物の様に震えながら光の顔をじっと見つめた。
(そ、そんな顔で見つめられたらドキッとするからやめてくれ.......って、そうじゃねえってば!!!)
自分の感情に正直なせいで、空気を読まずに顔を赤らめる光だが、気を取り直して話を続ける。
「話すのがつらいなら、別に話さなければいいんだよ。 誰も強要なんてしてないしな」
「ですが........」
「今日という日は、あまりにも色々なことが起こりすぎてる.......もう休んでくれ、シルヴィア」
「.........」
シルヴィアを気遣う光だが、彼女の性格上、それに甘えようとしている自分が許せないのだろう。
だから今もこうして、黙ったまま俯いているのだ。
こうなった時のシルヴィアは非常に頑固なため、中途半端な心意気では説得できない。
もっと簡潔に、もっとストレートに、変に格好をつけずにありのままの気持ちをぶつける必要がある。
(なんか俺、最近こういう場面多くない......? つい先日までガチのぼっちだった奴が、女の子を言葉だけで励ますとか無理ゲーだって.......)
この場における効果的な台詞を、脳内で必死に思考錯誤する光。
なぜこの男は、戦闘以外の場面ではこうも頼りないのか。
男ならビシっと決めて欲しいところだが、おおかた光には無理な頼みだろう。
(まずい......どんな台詞でも、俺がそれを言ってる場面を想像するとキモい以外の感想が出てこねえ......おえぇ......)
臭い台詞を吐いている自分の姿を想像し、思わずえずいてしまう三刀屋 光。
そうこうしている間に、ディアヴォルス屈指の、いや学院屈指の陽キャコンビが、光のみっともない姿を見かねて助け舟を出してくれることとなった。
「シルヴィア様、三刀屋氏の言う通りだよ。 僕達は今のシルヴィア様が大好きなんだし、過去のことなんて無理して話す必要ないよ。 だから今はゆっくり休んで? そんで、また学院で元気な姿を見せてよ。 みんなまってるから」
「そーゆーこと。 三刀屋って世界一口下手な男だから、肝心な時にイカした台詞が言えないんだよね。 でも言ってること自体は正しいと思うし、私も同感。 隠し事の一つや二つでシルヴィア様のこと嫌いになる奴なんているわけないし、もしいたら私が斬ってやるっての」
にひひっと笑い、シルヴィアの後ろから勢いよく抱き着くナギサと、それを微笑ましく見守る九条。
「わっ?! ちょっと......く、苦しいですナギサさん........」
「まぁまぁいいじゃない!!! 女の子同士なんだし!!! てか前から思ってたんだけどさ、シルヴィア様ってめっちゃいい匂いするよね!! フローラルの香りみたいな!!」
「ちょっ、ずるい.....私も嗅ぎた.......こ、こら、やめときなってナギサっち。 わりと本気で苦しそうじゃんか......」
「えー? そんなことないよねー? ねー?」
ナギサたちのおかげで、気付くとシルヴィアに少しばかりの笑顔が戻っていた。
「ねぇ鈴音、この椅子貰ってっていいかな? 僕の部屋の雰囲気に結構合う気がするんだよね、うん」
「あー別にいいんじゃない? 知らんけど」
「お父様に怒られてしまうのでやめてください.......」
会話の流れに乗ったまま女性陣三人は仲良く退出の支度を始める。
(.......ほんとすげーな、この二人。 同じ生き物とは思えねえ。 一体どんな人生歩んだらこんな人格が形成されるんだ?.....まっ、そもそも元ぼっちの俺なんかに、 端からあーゆー系の役割なんてこなせるわけなかっ――――――!!!)
一連の流れを後ろから見ていた光は、ふと何かに気が付いたかのように、ハッとした表情をする。
ナギサと九条は、光が思っていたことを、シルヴィアに伝えたかったことを全て言ってくれた。
なぜ自分は、あんな簡単なことも伝えられなかったのか。
なぜいつも自分は、肝心なところで口籠ってしまうのか。
(やっぱりそうか.....俺は多分...........)
その答えは、今更考えるまでもなかった。
本当は随分と前から気が付いていた。
今まで光は、事あるごとに自分に都合の良い言い訳を作って、向き合うべき問題から逃げてきた。
そしてこれからも、三刀屋 光は同じように逃げ続けるのだろう。
なぜならそれが彼にとって、一番楽な道だからだ。
(これでいい.....今以上に踏み込む必要なんてどこにもない.......だって俺は――――――)
―――――――本当は、この世界の人間じゃないから。
繋がりが強ければ強いほど、別れが訪れた時の喪失感も一層強くなる。
もしある日突然、朝起きたら元の世界に戻ってました、なんて言われたら?
もしある日突然、南ヶ丘学園でまた地獄のスクールライフを送ることを強いられたら?
「そこ」には、シルヴィアもいなければ、ナギサもレイリスもいない。
エグゼキューターだって、もう使えない。
ほらな。
想像するだけで、死にたくなってくるだろう?




