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【第84話】エルグラント王国 過去編⑦

「......ま.....て......殿下を.....放せ........」


右腕を失ってもなお立ち上がる団長の姿。


まともに歩くことさえ困難な状態のはずなのに、私の目には、なぜかその背中がいつもより大きく映って見えました。



「君、まだ動くつもり? 正直面倒臭いし、もう行っていいかい?」


「エルグラント王国を.......ヘカトンケイルを.........このグナン=ゼナードを........舐めるなアァァァァッ!!!!!」


団長はそのボロボロの身体で、左腕に魔力と生命力の全てを注ぎ、ドレッドノートを討つべく拳を振り抜きました。



「うおおおおおおッッッ!!!!!!」


「その精神力は賞賛に値するが.........大人しく眠っててくれ」


それから約1秒後、私の耳に固い肉をえぐった時の様なグシャっという気味の悪い音が聞こえました。


更には、唐突に真っ赤な色に染まり始めた地面。



これら二つの要素を認知した瞬間、私は一つの結論に至り、そして叫びました。



「........グナン団長オォォッ!!!!!!!!!!!」



私の目の前に広がっていたのは、ドレッドノートの右手が団長の心臓を貫いているという、にわかには信じがたい光景。



「...........」


ドレッドノートの右手にぶら下がる様な形で硬直している団長は、ピクリとも動きません。



――――――――即死だったのです。



「騎士としては悪くない終末じゃないか........フフ........ご苦労様」


ドレッドノートはそう言って、自分の右手を団長の身体から乱暴に引き抜きました。



まるで人形の様に不格好な動作をしながら、地面に落下する団長。



そんな団長の変わり果てた姿を見て、私は涙が止まらなかった。


なぜこんなことになってしまったのか。


誰よりも優しくて、誰よりも強い団長がなぜ殺されなければならなかったのか。



やはりジェネシスコードは使うべきではなかったのだろうか。


もしジェネシスコードを使っていなかったら、ドレッドノートはここに現れなかったのだろうか。



結局何が正解だったのか、私には最後まで分かりませんでした。



「じゃあ今度こそさようならだ.......あ、君たちは彼の部下なんだろう? ちゃんと最期を看取ってやれ――――――」


「..............エクスプロード!!!!!!!!!」


ドレッドノートが転移ゲートに入る寸前で聞こえてきたのは、火属性魔法の詠唱。


その使用者は、さきほど確かにやられたはずのレイリスでした。



「レイリス.......お前.......!!!!!」


瀕死状態であるにも関わらず、殿下をお守りするため戦い続けた少年。


彼が本当の意味で「騎士」になった瞬間は、間違いなくこの場面だったでしょう。



「あたれええええええええ!!!!!!!!」


巨大な火柱がドレッドノートを焼き尽くすべく、レイリスの手から放たれます。



頼むから、これで決まってくれ。


奇跡よ起きてくれ。


そう願い、目をグッと瞑る私。



しかし奴は、そんな私の淡い期待をまたしても打ち砕いてくれたのです。



「........だからそれじゃダメだってば」


ドレッドノートは肩に担いでいた殿下を地面に降ろすと、その刹那、姿を消しました。



そして次に奴が現れた場所は―――――――――



「あ.......うああっっ............??」


腹部を抱え、突然膝から崩れ落ちるレイリス。


「どうだ、痛いだろう?」


ドレッドノートはあの一瞬の間に、レイリスがいる位置まで移動していたのです。


先程まであった転移ゲートが無くなっているのを見る限り、おそらくそれを使って疑似的な瞬間移動をしたのでしょう。



「分かるか、少年? これが"敗北"というものだ。 負けたらな、全てが終わっちまうんだよ。 敗者には何一つとして残りやしない。 そこにあるのは........絶望だけだ」


ドレッドノートはそんなことを言いながら、レイリスの頭を激しく踏み付けました。



どうやらこの男は根本から狂っているらしい。


本来人間が持っているはずの感情というものが欠落している、そうとしか思えませんでした。



「君達は俺に負けた。 だから女は奪われ、そして消される。 恨むなら自分達の弱さを恨むんだな。 いくら相手を恨んだところで、己が強くならない限りは、未来永劫復讐はかなわないということを知れ」


「クッ.......ううぅ..........」


悔しさで涙を流すレイリス。



実際、ドレッドノートの言っていることは間違っていませんでした。


負けは、死を意味します。


それは勿論、ただ単に自分の命を失うということだけではありません。



ある意味、死よりも恐ろしいことが待っていると言って良いでしょう。



金、物、地位、居場所、仲間、国、家族。


それら全てを、負けた瞬間に容赦なく奪われてしまうのです。


敗者には選ぶ権利など与えて貰えません。


理不尽に思うかもしれませんが、世の中はこういった仕組みによって成り立っているのです。



「フフフ......ハハハハハ.......ではさようなら.......次に会える日を楽しみにしているよ、紅蓮の少年」


最後にそんなことを言い残しながら、転移ゲートの渦へと消えていくドレットノート。



「我々は......負けたのか........」


去っていく奴の後ろ姿を見て、私は思わずそんな声が漏れてしまいます。



この敗戦によって出た犠牲は計り知れない。


多くの団員達に加え、絶対的なリーダーであったグナン団長と、更には殿下まで失ってしまった。



しかし奴が言っていた通り、相手を恨んだところで何一つ解決はしません。


我々がこれからすべきことは明確でした。



それはドレッドノートを追い、復讐をすること。


もちろん復讐をしたところで、殿下と団長が還ってくるわけではないことぐらい分かっています。



ですがどんな形でも、受けた借りは返さなければなりません。


他人を嘲笑うかの様な眼をした、あの憎き男の首を取らない限り、我々は死んでも死にきれないのです。



居場所が掴めないなら、掴めるまで探し続ければいい。


先に天国へと昇ってしまわれた団長に、いつか良い報告が出来るよう、我々は帝国を地の果てまで追い続けると誓いました。



そして、我々にはもう一つやるべきことがあります。



二度と"負けない"様に強くなること。



負けなければ、守りたいものを守り通せる。


負けなければ、何も奪われない。


この世界では強さこそが絶対の正義。



私はそれを、身をもって感じました。



実際、この敗戦以降、ヘカトンケイルは一度たりとも敗北を喫していません。


どんなことがあろうと、どんな強敵が相手だろうと、たとえ自分の身が滅びようとも、勝つまで戦い続けました。


おそらく総合力でいえば、グナン団長が健在だった時代を既に超えているでしょう。



現ヘカトンケイルの強さの根底にあるのは、最大の宿敵が発した「負けたら全て終わり」という、たった一つの言葉だったのです。


我々を成長させてくれたという意味では、奴に感謝をしなければならないのかもしれませんね。



「........レイリス、立てるか?.........陛下に報告をしにいくぞ」


「........はい」


かろうじて生き残った、いや生き残された私とレイリスは、陛下に全てを報告するべく城へ戻ることに。


長い人生の中で、この時ほど強い虚無感にかられたことは他にありません。



――――――――――我々はその言葉通り、全てを失ったのです。

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