【第80話】エルグラント王国 過去編③
「お、お前たち......一体どうしたんだ?!」
帝国軍の生き残りがいないかを確認するため、グナンの班が王都を徘徊していた時。
不意に見えてきた光景に、彼は自分の目と脳機能を疑った。
『や、やめてくれスーザ!!!!』
『ぐひひひひ.......殺してやるッ!!!!』
なんとグナンの視線の先にあったのは、ヘカトンケイルの団員同士が戦っているという奇妙な光景。
否、戦っているというより、片方が一方的に殺意を向けていると表現するのが正しいだろう。
そしてこの不可思議な出来事は、他の場所でも当然の様に起こっていた。
約半数の団員がまるで洗脳されてしまったかのように、突然味方に攻撃をし始めたのだ。
「このままでは我が軍が壊滅してしまう.......どうすれば........」
団員同士の戦いを止めるにしても、グナンの班だけでこれだけの広さを持つ王都中を全て回りきるのは不可能だ。
また、戦いを止めるにしても言葉が通じなくなっている以上、様子がおかしい方の団員を斬らなくてはならない。
そうすれば、その団員は当然命を落とす。
つまりグナンが放置しようが止めに入ろうが、どっちにしろこのままではヘカトンケイルは壊滅してしまうのだ。
強さや頭脳だけでは、どう足掻いても解決できない絶望的な状況だった。
「クソッ! 俺はこの状況をただ見ていることしかできないのか.......いや、待て.......」
窮地に追い込まれたグナンが頭を悩ませた先に辿りついたのは、たった一つの小さな希望。
そう、この前代未聞の惨状を覆すことができる世界で唯一の人物が、ここ王都ニヴルヘイムには存在したのだ。
「城に.......城にいかなくては!!!!!」
グナンは、目の前で同士討ちをし続ける団員を救うのを一度諦め、一目散に城へと走った。
この時、彼の頭に浮かんだ唯一の突破口。
それは..............
「.......陛下!!!! シルヴィア様!!!!!!」
ニヴルヘイム城の地下、更にそこから複数のギミックを解除した先にある、王都で最も安全な隠居。
その部屋に私と妻、5人の護衛、そして当時10歳だったシルヴィアは避難していた。
「陛下、緊急事態です!! 我が軍の団員が原因不明の――――――」
「うむ、既に聞いている」
「で、では.......?」
グナンが来る数分前、私は別の団員から同様の報告を受けていた為、この部屋に彼が来ることは分かっていた。
だから彼が今何を考えているのかも、私は既に分かっていたのだ。
「ああ........もはや手段を選んでいる場合ではあるまい.........シルヴィア、できるか?」
私は最愛の娘、シルヴィアにそう言った。
「はい、できます」
そして、シルヴィアはそう答えてくれた。
私は、この手段だけはどうしても使いたくなかった。
これを使うくらいなら、私の首程度は喜んで差し出そうと考えていた。
しかし、この状況を作った原因が帝国なのかどうかさえ分からないため、私の首を切ったところでそれを差し出す相手がいないのだ。
だから使うしかなかった。
今考えると、他にもやりようはあったのかもしれない。
確かなのは、当時の私は本当に愚かで、本当に大馬鹿者だったということだ。
―――――――10歳になったばかりの小さな娘を戦場に放り出すなんて。
「シルヴィア様が持つ始まりの記憶、聖なる浄化の光ならば........」
「...........自我を失った団員達が正気を取り戻すかもしれない」
そう、我が娘シルヴィアは始まりの記憶を持って生まれた、特別な人種だったのだ。
聖なる浄化の光は、対象の魔法効果を完全に無効化し、消滅させることが出来る力。
その対象は問わない。
世に存在する如何なる魔法を持ってしても、この聖なる浄化の光に逆らうことはかなわないのだ。
サイキックの使う干渉魔法とは原理、効果、範囲、対象、性質、その何もかもが違う「絶対浄化能力」。
こういった従来の魔法とは異なる特殊な能力のことを、現代では始まりの記憶ではなく呪術と呼んでいる。
呪術は、その存在自体がいまだ謎に包まれており、私にも詳しいことは分からない。
どのようにして人の手に渡り、どのようにして人はそれを操り、どのようにして人はそれを失うのか。
一体いつから存在していたのか、誰が与えたのか、果たして本当にこの世界で生み出されたものなのか。
未だかつて、その真理に辿り着いた者はいない。
また現代の人々は、そんな未知の力である呪術を忌み嫌っている。
人間という生き物の習性を考えれば当然の結果だろう。
人間はどんなことにおいても「普通」を望み、願い、そして愛すからだ。
普通こそ至高、普通こそ正義の世界。
それ以外は、もれなく"悪"と認定されてしまう。
よくある話としては、
『髪の色が周りと少し違って生まれてきただけなのに異人種扱いされ、酷い差別を受けた』
『名前が珍しいというだけの理由で、敵国側の人間だと言いがかりをつけられ、終いには追放された』
『同年代の子供より魔法の扱いに長けている一人の男の子がいた。 周りの子供や親は皆、その男の子を強く妬んだ挙句、社会的に潰してしまった』
など、どんなに些細なことであっても人間は「普通ではない存在」を認知し次第、それを排除しようと動きだす。
この様な生きにくい世界で、「呪術」という他に類を見ない究極の異分子を持って生まれた者は、どんな扱いを受けると思う。
それはもう我々の想像を絶するものであったはずだ。
魔法の枠を遥かに越えた、呪われた術。
99%の人間がそんな呪術を恐れ、嫌い、蔑む中、
残りの1%の人間は、その圧倒的なパワーを狂信的なまでに求め続けている。
呪術を手に入れるためなら犯罪行為や殺人は当たり前といった輩は、世にいくらでも散らばっているのだ。
だから私は、シルヴィアが呪術を持って生まれたことを公表しなかったし、当然するつもりもなかった。
シルヴィアに対する民衆の目が変わるだけでは留まらず、命の危険にさらされてしまうからだ。
出来ることなら、娘が一生を終えるまで隠し通せればと、心から思っていた。
――――――――しかしこの時はもう、その呪術に頼らざるを得ない状況にまで追い込まれていたのだ。
「グナン.......娘を頼めるか?」
「お任せください!!! 私が必ず殿下をお守りいたします!!!」
私もグナンにも、もう迷っている時間はなかった。
時間が経てば経つほど被害は拡大し、最終的にはヘカトンケイルどころか王都そのものが滅んでしまう。
だから私はシルヴィアをグナンに預けた。
「シルヴィア、戻ってきたらお前が大好きな洋服でも刀でも何でも買ってあげるから.......だから.......」
「問題ありません。 この任務、必ず果たしてみせます」
いまにも崩れ落ちてしまいそうな情けない私に対して、シルヴィアは淡々と出発の準備を進めていた。
「我が娘よ.......本当に.......強い子に育ったな......」
立派に成長した娘の姿を見て、私は誇らしく思った。
だが、この時点で嫌な予感はしていたのだ。
言葉や理屈では説明のつかない、いわゆる"勘"というものなのだろうか。
いくら後悔しても、もう遅い。
これが私とシルヴィアの最後の別れになってしまったのだ。
「ではシルヴィア様、外に出たら絶対に私の傍からは離れない様にお願いします」
「わかった。 じゃあ父上、母上、行ってきます」
そう言って、グナンとシルヴィアは隠居から出ていく。
泣き崩れる妻と、それを宥める私。
だが、乗りかかった舟から逃げだすことは出来ない。
あとはシルヴィアに全てを託すしかないのだ。
「頼んだぞ......我が娘よ......」
それから私は、ただひたすらに神へ祈りを捧げ、娘の帰りを待ち続けた。
無論、5年経った今でもそれは変わっていない。
シルヴィアが再び、私と妻に元気な笑顔を見せてくれる日が必ず来ると、私は信じている。




