【第76話】誤解
「........あっ...........!」
自分の顔を見るやいなや、シルヴィアはわざとらしく目を逸らし、居心地が悪そうに黙り込む。
いつもなら目が合った瞬間、太陽よりも眩しい笑顔で手を振ってくれるのに。
(うっ......."そういう理由"じゃないって分かってはいるけど、結構心に来るな、これ......)
用件を伝える前から挫けそうになってしまう光だが、胸を抑え、かろうじて堪える。
気持ちを落ち着かせる為バレない程度の深呼吸を挟み、そして言った。
「シ、シルヴィア、あのさ――――――」
そう声を掛けた時。
―――――突然、事態は起こった。
「なッ!? お、おいシルヴィア! どうした!?」
「.........ごめんなさい......ごめんなさい........ごめんなさいごめんなさい.......!!!!!」
異常な光景に、光は慌てて心配の声を上げる。
彼女のこんな姿、今まで一度も見たことがない。
ただ名前を呼んだだけというのに、シルヴィアは酷く怯えた様子で震えあがり、まるで壊れたおもちゃのように同じ言葉を繰り返し始めたのだ。
やはりレイリスだけでなく、シルヴィアもまともな精神状態ではなかった。
もはや、負い目を感じているとか罪悪感を感じているとか、そういう次元を超えている。
やはりこれも、ガーネットに出会ってしまったことが原因なのだろうか。
とにかく、彼女がこんな状態では伝えたい事も思うように伝えられない。
(これは色々とまずいな.........)
周りの生徒達もシルヴィアの異変に気付いたのか、途端にザワつき始めていた。
傍から見たら、「光がシルヴィアを叱責して、何度も謝罪させている状況」としか思えない絵面だろう。
舞台の中心にいる光に注目が集まる中、彼が取った行動は.........
「........場所を変えるぞ、シルヴィア」
「........え?」
光が小声でそう言うと、シルヴィアは恐る恐る顔を上げる。
そして次の瞬間、光は突然彼女の手をガッチリと掴んだ。
「.......え? え?!」
不意の出来事に目を丸くし、状況が把握できないと言わんばかりの表情で焦るシルヴィア。
だが光は、彼女のそんな反応には目もくれない。
「しっかり掴まってろよ.......ブラック・アウト!!!!!」
聞き慣れない魔法を唱えたかと思えばその直後、光は悪魔状態にも引けを取らない速度で、シルヴィアの手を引きながら光速で移動を始める。
結局そのままの勢いで二人は、人で溢れかえっているこのラウンジの中を疾風のごとく駆け抜けていったのだ。
『な、なんだったんだ........?』
『さぁ.......?』
気付けば、耳障りだったほどのザワつきがすっかり止んでおり、ラウンジ内は静寂に包まれていた。
多少強引ではあったが、どうやら「王女を泣かせた罪人」のレッテルを張られるという最悪な展開だけは回避できたらしい。
途中至るところから光に対してのブーイングが飛び交っていたが、その辺の問題はあとでレイリスに頼んで、適当な言い訳をしてもらえば何とかなるだろう........多分。
~フォルティス魔法学院 特別合宿所 バックヤードにて~
一切のひと気も感じられない静かな場所に、光はシルヴィアを連れてきていた。
ここなら部外者に会話を聞かれるおそれもなく、彼女と二人きりでじっくり話が出来るだろう。
「いきなりこんな所に連れてきちゃってごめん.......その、大丈夫か? 色々と」
「.........はい、もう大丈夫です。 私の方こそ、見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いいって、そんなの気にすんな」
まともに会話できているのを見る限り、シルヴィアは多少落ち着きを取り戻したらしい。
とりあえず一安心といったところだが、まだ油断はできない。
ほんの些細な刺激でも、今の彼女にとっては大きな精神的負担に繋がりかねないのだ。
慎重に言葉を選びながらも、核心に迫る様な質問の仕方が、光には求められる。
だがその前に、まずシルヴィアに伝えなければならないことがある。
ガーネットだの、始まりの記憶だのと言う前に、まずは彼女がしている重大な「勘違い」を解くのが先だ。
光は照れ臭そうに頭をかき、彼女の顔をあえて見ない様にしながら話を始めた。
「何か勘違いしてそうだから一応言っとくけど、シルヴィアが本物の王女じゃなかったとかそういう話、俺は全く気にしてないから」
「......!!!........」
シルヴィアは一瞬パっと顔を上げるが、すぐにまた、自分の表情を隠すように俯いてしまう。
そんな彼女を余所に、光は話を続ける。
「俺が今まで戦ってきたのは、シルヴィアが「王女」だからじゃない。 もちろん、勇者に任命した張本人だからとか、王様の命令だからとか、そんな理由でもない。 もしそうなら、今頃とっくに逃げ出してる。 なんつったって、既に二回くらい死に掛けてるからな」
「では.......どうして........」
シルヴィアは俯いたまま、震えた声でそう問う。
この程度の問題、わざわざ聞かずとも、わざわざ言わなくとも、普通なら分かるはずなのに。
5秒もあれば、普通なら正解に辿り着けるはずなのに。
そんな普通のことが分からないのが、シルヴィアという女の子なのだ。
真面目過ぎるがゆえに、事あるごとに自分を責めがちで、なにかとすぐに抱え込む。
だから、こんな簡単な答えにも自分だけでは気付けない。
(だから俺や周りの人間がちゃんと言ってあげないと、ダメなんだ)
「.........決まってるだろ、友達だからだ」
「友.......達.........?」
光の答えにシルヴィアは、まるで「友達」という言葉を初めて耳にしたかのような表情をし、首を傾げる。
(え?! 違うの?! え?! 嘘?!..........じゃない、しっかりしろ俺!!!)
またしても挫けそうになる光だが、咳ばらいを挟み、気を取り直して話を続けた。
「学院に入ってすぐの頃、俺にこう言ってくれたのを覚えてるか?」
「........学院に入って........すぐの頃.......」
時は遡り、学院に入学して直後のこと。
度を超えた光の捻くれ根性が原因で、二人の間にすれ違いがおきた。
あのとき、シルヴィアが光に言った言葉。
『なるほど、つまり光さんはお友達が1人もいなくて、とてもとても悲しい学院生活を送っていたってことですね?』
『まあ.......そうだけど.......』
『それなら、光さんの友達第一号は私です! だから教室でも普通に話しましょう! それでいいじゃないですか!』
普通の人にとってみれば些細なことかもしれないが、この言葉に光は何度も救われていた。
この言葉のおかげで、親友との仲を取り戻すことができた。
この言葉を言ってくれなかったら、すっかり体に染みついていた逃げ癖に従い、あのまま学院を去っていたかもしれない。
「うまく言えねえけどさ、とにかく俺はシルヴィアっていう一人の人間に死ぬほど感謝してんだよ。 だから困ってたら力になりたいし、ガーネットの時みたいにヤバくなったら全力で守る。 王女じゃないとかそんなのは関係ねえ、友達だから助ける。 本当にそれだけなんだ」
無い頭で、無い語彙力で、無いコミュニケーション能力で、可能な限りでの最大の言葉を光は伝えた。
このような場面で必要なのは形ではなく"想い"だ。
苦手なりにも全力で伝えた光の想いはきっと、シルヴィアに届くはずだ。
いや、届いたからこそ彼女は今、涙を流しているのだろう。
「..........ずっと嘘ついていたというのに、怒ってないんですか?」
「怒ってないし、そもそも怒る理由がないだろ」
「私は本物の王女じゃないんですよ? 王女どころか、私は..........」
「だからさっきも言っただろ、気にしてないって」
「...........こんな私と、これからも友達でいてくれるんですか?」
「当たり前だ。 つーかむしろ、こっちから土下座してでもお願いしたいくらいだ」
「これからも........一緒に戦ってくれるんですか?」
「それも当たり前だ、まだ何も解決してないからな。 ガーネットには逃げられちまったし、明日から一層気合入れていかねえと」
このあともしばらく、似たような一問一答が二人の間でおこなわれた。
会話が続くにつれ、シルヴィアは少しずつ元気を取り戻し、次第に笑顔も見られるように。
ぎこちない告白だったが、無事シルヴィアの勘違いも解け、結果的には成功だったと言えるだろう。
ただ、重要なのはここからである。
彼女にはそろそろ、"全て"を話してもらわなければならない。
国王に関しても同じだ。
この期に及んでも尚、光を部外者扱いし続ける様なら、それはただの馬鹿だ。
もちろん話を聞いたところで、それが事件解決に直接つながるわけではないが、知る権利が光にはあるはず。
だから、光はシルヴィアにこう言った。
「聞かせてくれるか? シルヴィアが知っていること、全てを」
対して彼女は、そう言われるのが分かっていたかの様に、迷うことなく、
「.........はい、全部お話します」
と答えてくれた。
「んじゃ早速だけど―――――――――」
「三刀屋 光!!! シルヴィア!!!!!」
突如、ひと気のない裏庭に響き渡った、聞き慣れた男性の声。
光が振り返ると、そこにはレイリス、そして九条とナギサの姿があった。
「揃いも揃っていきなりどうした? あ、野外炊飯なら俺は何が何でもパス――――――」
「二人共、今すぐ荷物をまとめろ」
「は?」
突然現れたかと思えば、これまた突拍子もないことを言ってくるレイリス。
やはり彼は頭がおかしくなったのだろうか。
(やっとシルヴィアから色々聞けるってとこだったのに、こいつどんだけ空気読めないんだよ)
じわじわと湧いてくる苛立ちを抑えながら、まずはレイリスに目的を問う。
「とりあえず用件を言え。いくらなんでも急すぎ――――――」
「これからこの5人で城に行く。 "足"は手配済みだ、安心しろ」
「城? なんで俺達が?」
「ゼラの洞窟で起きたことを陛下に直接報告するためだ」
「そんなのお前が一人でやれば済む話だろ」
光がごもっともな指摘をすると、レイリスは大きなため息をつく。
そしてシルヴィアの顔を真っ直ぐ見ながら、こう言った。
「君達には知っておいて貰いたい.........いや、知らなくてはならない。 過去、エルグラント王国とリザレア帝国の間に、何があったのかを」




