【第72話】たった一つの敗因
「開け、虚空の扉........ナイトメア・ディザスター!!!!!」
先手を打ったのは、光だった。
左脚を軸に体を回転させながら右脚を振り抜くと、空間の一部が引き裂かれる。
すると引き裂かれた部分が、巨大な怪物の口のようにパックリと開いたかと思えば、
更にその虚空の扉から、黒く燃え盛る球のような物体が計20個、続けざまに飛び出してきた。
もしこの球体が人の身に触れようものなら、肉や骨どころか、存在そのものまで消滅してしまうだろう。
「フンッ、懲りない奴め.........」
しかし相手はあのガーネットだ。
着弾までに時間を要する攻撃など、大人しく喰らってくれるはずも無かった。
ガーネットは見事な手捌きで球体の群れを難なく弾き返すと、ドラグーンが得意とする超高速移動で距離を一気に詰め、
「今度こそあの世に送ってやろう!!!! 緋皇剣・臥龍桜!!!!!!!」
前回の戦闘時に光を一撃でねじ伏せた、あの技を再び放った。
「...........やはり打ってきたか」
対して光は、刀本体の攻撃をガードはせずに、迷わず回避を選択。
ギリギリのところで、ガーネットの刀は空を切った。
「ほう、かわしたか!!! 少しは学んだようだな!!!!!」
実はこの"回避"という行動には、前回の反省が活かされていた。
ガードという選択肢は、相手の攻撃を受け止めた瞬間および直後に、必ず数秒間の硬直が生まれる。
相手の攻撃が重ければ重いほど、この硬直時間は長くなり、その分無防備な時間も増えてしまう。
この硬直時間を狙ったのが、臥龍桜という技。
刀本体の攻撃をあえてガードしやすいように大振りかつフルパワーで打つことで、半強制的に相手に長めの硬直時間を作らせる。
そして、本命である二発目の攻撃を時間差で飛ばし、硬直中の相手に確実に当てるという、まさに必殺中の必殺技なのだ。
光はその必勝パターンで一度敗れているため、今回は一発目をガードせずに回避を選択した、というわけである。
しかし、問題はこのあとだ。
これから自分の身に襲い掛かろうとしている、およそ100回分の斬撃をいかにして防ぐのか。
はたして、この局面で光が取った行動とは.............
「ガッ........ぐあぁっ......あ........??」
何が起きたのか、全く分からなかった。
防御側に回っていたのは、確かに光の方だったはずなのに。
気付くと、腹部を抱え、跪き、息が止まったように苦しむガーネットがそこにいたのだ。
「無様だな......そんな技が俺に二度も通用すると思ったのか?」
光は鼻で笑いながら、ガーネットを見下す。
「カハッ!!! ゴホッ.......小僧.......一体何をした?」
「.......別に何もしていないさ」
「........なんだと?」
そう、光は本当に何もしていなかった。
ただ全ての斬撃を回避し、ガーネットの腹部に膝蹴りを打ち込んだだけ。
特に魔法を使ったわけでもなければ、シルヴィア達の手を借りたわけでもない。
勿論そんな芸当、普通なら不可能だ。
現に初見だったとはいえ、光は一度この技で敗れている。
では何故、今こうして光は無傷のまま立っており、更には攻撃まで加えることができたのか。
答えは簡単。
悪魔形態になったことで、素の身体能力が人間の限界を優に超えてしまっているからだ。
通常時にエグゼキューターを介した肉体強化魔法を使っても、この領域には到達できない。
まさに、悪魔の様な強さだった。
「チッ!!!!! ふざけるな!!!!!」
常識外の手段で自分の技を防がれたガーネットは、その事実を受け入れることができない。
すぐに立ち上がり、光の首を目掛けて剣を振るうが、これも簡単に避けられてしまう。
「随分と焦っている様だな.........後ろが見えていないのか?」
ガーネットの攻撃を余裕の表情でかわしながら、そんなことを呟く光。
なんと、消滅したはずのナイトメア・ディザスターが再生し、ガーネットの背後から怒涛の勢いで迫ってきていたのだ。
やはり単発で終わるようなただの攻撃魔法ではなかったらしい。
そして焦りと苛立ちで冷静さを欠いているガーネットは、その存在に全く気付いていなかった。
(勝負あったな........)
光はニヤリと笑い、そう思う。
―――――――だが。
「..........ゼェアッッ!!!!!!」
ガーネットは目を瞑り、前を向いたまま刀を縦に振り抜く。
それは確かに空を裂いたはずだった。
しかしその直後、彼女の背後にどこからともなく斬撃が発生し、黒い球体を殲滅したのだ。
同時にナイトメア・ディザスターの本体と思われる虚空の扉が、役目を終えたかのようにゆっくりと閉じていく。
「この私が焦っているだと? クク.......笑わせるなよ、小僧」
悪い方向に前のめりになってしまいがちなこの状況でも、ガーネットは落ち着いていた。
敵本体の動きを探りつつ、魔法が飛んでくる方向をすぐに察知し、対処までしてしまう。
一体、どれほどの鍛錬と戦闘経験を積んだら、こうも手堅く立ち回れるのだろうか。
いずれにせよ、やはりガーネットに中~遠距離系の魔法はほとんど通用しない、ということがこれで分かった。
ダーク・ヴォルテックスなどの広範囲魔法も、彼女のスピードをもってすれば、簡単にいなされてしまうだろう
ならば..........
「もう、まどろっこしいのはナシにしよう.........」
光は背中に生えていた黒き翼を大きく広げ、羽ばたかせる。
―――――そしてコンマ一秒後、その場から消えた。
姿が見えないどころか、もはや動く音すら聞こえない。
獣男、ゴルド、ジルドの三名を瞬殺した、"あれ"だ。
「本当に.......面白い男だな.......小僧」
ガーネットは再びスッと目を瞑る。
彼女はもう、光を五感で捕えようとはしていなかった。
見えないのなら、聞こえないのなら。
斬ってしまえばいい。
ガーネットは二本の刀の向きを揃えたあと、極限を更に超えた力で、真横に振り抜く。
そして、こう叫んだ。
「紅き薔薇よ、散りゆけ............緋皇剣・地獄花!!!!!!!!!」
その刹那、薔薇の棘のように鋭く、そして薔薇の花のように赤い巨大な衝撃波が現れる。
床、天井、柱、ランタン、この部屋にあるもの全てが、恐怖を感じているかのように震え、そして無残に破壊されていく。
あまりの迫力に、空間にヒビが生じているかのような錯覚に陥ってしまった。
「こ、これはまずいぞ........ルーナッ!!!!!!」
洞窟そのものが崩壊しかねない、すさまじいパワーと攻撃範囲。
危機を察したレイリスが、一人で地面に座り込んでいたシルヴィアの元へと駆け寄る。
同じく、ナギサと九条も二人で壁際に移動し、お互いに抱き合う形であれこれと声を上げていた。
そして、肝心の光はというと.........
「やはりそこか!!!!! 小僧!!!!!!」
ガーネットの背後に回り、右手から伸びたサーベル状の黒いオーラで、彼女の心臓を貫こうとしている所だった。
光は、地獄花の射程外かつ、自分の攻撃が届く位置、つまりガーネットの後ろに回るしかなかったのだ。
要するに、まんまとあぶり出されてしまったわけである。
「........無茶苦茶なやり口だな」
「フハハハハッ!!!!! 捕まえたぞ!!!!!」
ガーネットは光のサーベルを左手の刀で弾き、更に右手の刀で素早く斬りかかる。
「貰ったァッ!!!!!!」
「........ブラック・エヴァ―セント!!」
回避が間に合わないとみた光は、自らの存在を消すことで、無理矢理に凌ぐ。
そして即ブラック・エヴァ―セントを解除。
再びガーネットの背後に、瞬間移動をしたかのように現れた光は、サーベルを振りかぶるが......
「龍舌蘭!!!!!!!」
ガーネットが高速回転斬りをすると、彼女の体の周囲に激しい竜巻が引き起こり、光の攻撃を弾き返したのだ。
「.........おい、後ろに目でもあるのか? お前は?」
「ククッ、まさか..........雑草の考えることなど、全てお見通しということだ!!!!!」
ガーネットの鋭い突きが、光の喉元をえぐろうとする。
「そうか............なら、もう"分かった"」
しかし、光はそれを避けようとはしなかった。
もちろん、こんな即死級の攻撃、わざと喰らってあげるつもりもない。
光はその場から一歩も動かず、そして、素手で刀を掴んだのだ。
「..........その汚らわしい手を放せ、小僧」
ガーネットは腕がガタガタと震えるくらいの大きな力を込めて、刀を下方向に振り抜こうとするが、それを掴む光の手はビクともしない。
「貴様ッ!!!.......デェヤァ!!!!!!」
やむを得ず、ガーネットは左手に持っていた刀を振るうが、
「.........遅い」
光は刀を受け止めていた左手をバッと放し、同時に頭を屈めて回避する。
そして、再び両手にサーベル状のオーラを纏わせ、ガーネットに斬りかかった。
「これが闇より出でし裁きの刃だ.......ジェノサイド・ディスラプター!!!!!!!」
「クッ!? 舐めるなァッ!!!! 緋皇剣奥義・天蓋紫雲英!!!!!!」
お互いの全てを掛けた、最大の技がぶつかり合う。
暗い空間でハーモニーを奏でる様に鳴り響くのは、二人の剣と剣が、その身を削り合う音。
その音は、しばらくの間、鳴り続けていた。
一体、どれだけの時間、斬り合っていたのだろう。
10秒だったかもしれないし、30秒だったかもしれないし、1分を越えていたかもしれない。
もしかしたら、一瞬だったのかもしれない。
己の魂を奪い合う戦いの中で生み出される音色は、本当に不思議だ。
聞く者を戦慄させ、じりじりとした恐怖を与える反面、どこか心地よさを感じさせてくれる。
そして、音が鳴り止む時。
―――――――勝負は決まる。
「ハァ.......ハァ.........この技をもってしても、倒れないというのか.......貴様は」
片膝と刀を地面につきながら、息を切らし、そう言うガーネットに対し、
光は一切表情を変えることなく、青と白の悪魔の瞳で彼女を見下ろしていた。
「お前は本当に強かった.......この状態の俺とここまで渡り合える奴がいるなんて、思ってもみなかったよ」
「フッ.....なんだ、もう勝った気でいるのか?.......私はまだまだやれるぞ」
「ああ...........だからこれで終わりにしよう」
そう言って、光は腰につけていた刃無しの剣を二本抜くと、「ブラッディ・クロス」と唱え、漆黒の剣を生成する。
お馴染みの魔法だが、普段と一つ異なるのは、右手に持っている方の剣を逆手持ちにしているところ。
光に剣術の心得はない為、それに合理的な理由があるのかは不明だが、何となく普段よりも構えが自然に見えた。
おそらく彼の中では、これが最も動きやすく、最も強力であり、そして"本気"の型なのだろう。
「.............」
剣を構え、向き合う両者。
舞台は整った。
お互いが緊張をほぐす様に、軽く息を吐き。
物音一つない、この静かな空間の中心で。
ついに、最後の戦いが始まった。
「さぁ........殺してやるぞ!!!!!! 小僧!!!!!!」
「.........来い!」
先にガーネットが右の刀で斬りかかり。
光は左の剣でそれを受け止める。
同時に光は、逆手で持っていた右の剣を内側に引く。
そして、左右の剣をクロスさせるように振り払うと、
―――――――――ガーネットの刀を一本、粉砕した。
「っな..............!?」
光の動きは、まだ止まらない。
半歩前に踏み込み、光速で左の剣を斜めに振り下ろす。
「......ッ!!!.........うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!??」
ガーネットの体から噴き出る、大量の血。
光の剣は、ついに彼女の体を痛々しいほどに切り裂いたのだ。
「こ、こんな小僧に......この私が.........負けるはずないのだアァァッ!!!!!!」
一本の刀を両手で持ち、残っている体力と魔力を全て込めた、文字通り最後の一撃をガーネットは振るう。
「.........お前の敗因は、ただ一つ!!!!!!!!」
そう叫び、光がガーネットの渾身の一撃を片手で弾くと、
またしても、彼女の刀は粉々に砕け散った。
「......あ.....ああ......ッ..........?!」
「俺の前で、シルヴィアに刃を向けたことだ!!!!!!!!」
―――――――そしてこの戦いを終わらせるため、光はただ感情の赴くままに、目の前が真っ暗になるまで、剣を振り続けた。
「グワアアァッッッッ!!!!!!!」
悲痛の叫びをあげながら、吹き飛び、倒れるガーネット。
身に纏っていた軍服の大半が破れ、全身からは大量の血が流れ出ており、立ち上がることができない。
絶対的な強さと存在感を放ち続けていた、あの剣豪ガーネットとは思えない、無残で、儚い姿であった。
「.........今度こそ、勝負あったな」
そう呟いたあと、光はブラッディ・クロスを解除し、刃無の剣を鞘に納める。
これだけの重症を負った挙句、さらに刀まで失ってしまった彼女に、もう戦う手段は残されていないだろう。
―――――――激闘の末、光はついに、ガーネットを破ったのだ。




