【第71話】ジェネシス・コード
「くっ...........」
登場時から現在まで、常にこの空間全体を支配し、絶対的強者という確固たる地位を築いていたガーネットでさえ。
悪魔の姿をした男に殺意の視線を向けられた瞬間、戦慄し、思わず後ずさりしてしまったのだ。
「フフッ..........闇の力か...........面白い」
だが、彼女がそんな様子を見せたのは、ほんの一瞬だけであった。
突然なにやら嬉しそうな顔を浮かべると、今度は元の機械的な無表情へと切り替わる。
そして右手に持っていた刀を光の方に向け、こう言った。
「小僧、貴様がルーナを守る理由はなんだ?」
「あ?」
不意に飛んできた、漠然とした問いに光は戸惑う。
ガーネットはなぜこのタイミングで、そんな質問をしてきたのだろうか。
もしかしたら、精神に揺さぶりをかける作戦かもしれない。
周囲を警戒しつつ、ひとまず光は答えてみることにした。
「シルヴィアのことか? そんなもん........友達だからに決まってんだろ」
「......!!........そうか、友達........か」
光の口から出てきた回答に対し、ガーネットはたった一言、そう呟く。
それから、この暗く広い空間に、わずかな沈黙が流れた。
一秒、二秒、三秒と、この場にいる人間のうち、誰一人声を出そうとしない、静かで心地よい一時。
これから決戦を始めようとしている二人が、ただ黙って向かい合っているという、不思議な時間。
結局、ガーネットはそれ以上、何も聞こうとはしなかった。
だがここで光は、とあることに気が付き、そして一つの考えを思い付く。
(この女、いま笑ったのか?.......ちょっと試してみるか)
「やり合う前に聞きたいことがある。 お前はなぜ、シルヴィアを狙っているんだ? 知り合いなんじゃないのか?」
そう、光はまだ、ガーネットの目的を知らない。
シルヴィアとレイリスの知人である彼女がなぜ、こんな手荒な真似をしているのか。
なぜ何の罪もないシルヴィアが、連れていかれようとしているのか。
自分の元クラスメイト、末元 光良との関係性は果たしてあるのか。
ほんのわずかではあるが、ガーネットの気が緩みつつある今が、事情を聞き出す絶好のチャンスだと光は睨んだのだ。
「俺もお前の質問に答えてやったんだ、それぐらいは話したらどうだ?」
なかなか口を開こうとしないガーネットに、光はそう続ける。
「ハァ.......いいだろう、その闇の力に免じて、特別に教えてやる」
しばらくするとガーネットは観念したのか、軽くため息をついた後、刀を一旦下げ、答えた。
「始まりの記憶の一つ、魔力感知..........それをあの子が持っているからだ」
「........は?」
ここにきて、見たことも聞いたこともない新たなワードの登場に、光は困惑の色を隠せない。
ガーネットは一体、何を言い始めたのか。
聞いただけではさっぱり意味が分からなかった。
しかし、この場にいる人物のうち、そう感じたのは光と九条だけで、他は違った。
「ジェ、ジェネシス・コードって.......もしかして......呪術のこと?」
ナギサは何か事情を知っているのか、とても驚いた様子で目を見張り、そう呟く。
そして、レイリスは「チッ」と舌打ちをした後、歯をギリッと噛み締め、拳を力強く握り、
シルヴィアは、酷く怯えた様子でガーネットから目を逸らし、俯いていたのだ。
それぞれの反応の差を見る限り、おそらく純粋なこの世界の住民のみぞ知る、特別な意味が込められた言葉に違いない。
ただ、光にとっては、ジェネシス・コードだのマギア・パーセプションだのといった話は、正直どうでもよかった。
本当に聞きたかったのは、次に繰り出す質問。
それさえ聞ければ、今は何だって構わなかった。
「そうか、ならもう一つ聞かせろ.........お前は、末元 光良という人間を知っているか?」
仮にガーネットが、末元と繋がっているとしたら。
仮にガーネットが、末元の居場所を知っているとしたら。
仮に二人が手を組んで、シルヴィアを殺そうとしているのならば。
――――――ここで必ず仕留め、全てを吐かせる。
それがこの場における最善策かつ、最も効率的で.........最も簡単な方法だ。
そして、ついにガーネットから質問の答えが返ってくる時がやってきた。
「末元 光良.......ああ、あのサイキックの小僧か」
「..........知っているのか?」
「知っているも何も、あの小僧は私の同胞だ」
「.........ッ!!!!」
光はガーネットの回答を聞いた瞬間、全身の毛穴が逆立つのを感じた。
気付くとエグゼキューターの一部が、早く獲物を喰わせろと言わんばかりに、光の体の周囲を動き回っている。
「もうお前と話すことは無い...........そろそろ始め―――――――」
「........そう、私は"主様"の僕.........私は生涯あなたのためだけにこの身を捧げます......ああ........主様.......私の愛しい主様........ヒヒヒ......アハハハハハッ!!!!!!!」
突然、ガーネットの様子が急変した。
これまでの彼女の振る舞いからは全く想像がつかない、狂ってしまったかのような言動と動き。
頭部に両手を当て、大声で笑いながら、"主様"と何度も叫ぶガーネット。
どう見ても、正常な精神状態ではなかった。
こんな時、普段の光であれば、たとえ相手が宿敵だろうと、様子を伺うことくらいはしたかもしれないが、
今は悪魔形態になっているため、もはやそのような良心は、彼に残ってはいない。
「フッ.....気でも狂ったか? まあいい、その方が無駄な力を使わなくて済む........」
光は手始めにガーネットの両脚を破壊し、行動不能にするつもりだ。
「まずは脚を頂くとしよう........やれ、エグゼキューター」
腰の辺りを飛び回っていたエグゼキューターの一部が、目玉のついた妖怪の様な姿に変化する。
それはまるで飢えた肉食獣の様に、ガーネットの右脚に飛びついていったのだが.......
「.......ッ!!!!! セヤァ!!!!!!」
脚を狙った攻撃は、当たる直前で真っ二つに斬られてしまった。
ギリギリで正気を取り戻した、ガーネット自身の手によって。
「なんだ、ちゃんと動けるじゃねえか......さっきのは演技か? だとしたら趣味が悪いな」
「........一種の発作の様なものだ。 なあに、貴様の様な雑草風情が気にすることではない」
「そうか.........」
ガーネットに聞きたいことは全て聞いた。
途中で起きたアクシデントについては、一部気になる所はあるものの、この場で問い詰める様な話ではないだろう。
御託はもういらない。
―――――ついに、決戦の火蓋が切って落とされた。




