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【第70話】約束は、果たす為にある

斬られた。


これからきっと、自分は死んでしまうのだろう。



父親をやっとの思いで説得し、念願の魔法学院への入学が叶って、これからも楽しい日々が続いていくのだと思っていたのに。


同年代の友人が沢山できて、これからも皆と思い出を育んでいけると思っていたのに。


いまだ謎多き敵国との宿命に対し、王女として力の限りを尽くしていかなければならない大事な時だったのに。



せっかく、三刀屋 光という勇者に巡り合えたというのに。



.............死にたくない。


.............もっと生きていたい。


.............ここで死ぬわけにはいかない。



自分にはまだ、やり残したことが山ほどあるのだから。



そう心の中で叫び声をあげたシルヴィアは、無理やりにでも自分を奮い立たせる。



そして、瞼をゆっくりと、ゆっくりと、少しずつ、開いていった。





「うう............っ??!!!」


目を開けた瞬間に映り込んできた光景。


彼女は、思わず自分の目を疑ってしまった。




「.........退()け、小僧」


ガーネットの刀は、シルヴィアに届いてはいなかった。



そう、あの男が。



しばらくの間、眠りについていたあの男が立ち上がり、迫りくる刃から彼女を守っていたのだ。



「光さん.........どうしてっ..........!!!!」


自分を守ってくれた男の背中を見たシルヴィアは、自然と涙が溢れてくる。


その涙は、自分が生きていたことに対する安心の涙なのか、光がこうして再び立ち上がってくれたことに対する涙なのか、我々には分からない。



だが、三刀屋 光がこの場に還ってきたという、揺るぎない事実。


シルヴィア、そしてナギサたちにとって、これ以上の朗報は他に存在しないだろう。



「グッ.......ハァ.....ハァ......あの時......言っただろ...........」


「......え?」


右腕でガーネットの刀を受け止めながら、今にも倒れてしまいそうな荒く激しい息遣いで、光は言葉を発する。



ハープの森での一件のあと。


光はシルヴィアに、ある宣言をしていた。



カノープスの軍勢に恐怖し、足を動かすことさえ出来ず、彼女がやられる姿をただ呆然と眺めていた情けない自分。


そんな自分が恥ずかしくて、変わりたかった。


何の価値もない自分を、命の危険を冒してまで守ってくれた彼女に、恩返しがしたかった。



だからこそ、光はあのとき心に誓った。



もう逃げたりなんかしない。


どんなことが起きても、自分の身に何があっても、必ず戦う。



―――――その誓いを果たすために、ここに再び還ってきたのだ。



「俺は...........俺は!!!!!!!!」


嘆き、叫び。


そして、全ての魔力を右手に注ぎ込み、解き放った。



「シルヴィアを守るって.........誓ったんだよ!!!!!!!!」


「.........なッ!!!???」


全身全霊を込めた渾身の一振りが、ガーネットを刀諸共吹き飛ばす。



「ぐうあッ!!!!! な、なんだこの力は!?.......どうなっている!?」


かつてない威力の攻撃に、ガーネットは顔を歪めながらかろうじて受け身を取るが、何が起きたのか分からないといった様子で唖然としていた。



「光さん、その姿はあの時の........」


一方で、シルヴィアも驚愕の表情を浮かべていた。



そう、光はただ単に全力のパンチを繰り出しただけではない。


それだけでは、きっとガーネットを遠ざけることは出来なかっただろう。



カノープス戦の時に一度だけ見せた、悪魔の姿。



―――――今この時、この場所で、光は再び、それに変貌を遂げていたのだ。



背中に生えた漆黒の翼に、真っ赤に充血した目と、不気味な青と白の瞳孔。


なにより禍々しさが普段より数段階も増した、全身を覆う黒いオーラ改め、エグゼキューター。


その姿はいつ見ても、人間を超越した存在を感じさせる。



「なんか体が熱いと思ったら、そういうことか.......」


自らの両手を見て異変に気付いた光は、そう呟く。


本人はシルヴィアに言われるまで、自分の姿が変わっていることに気付いていなかったらしい。



この悪魔の姿については、発動条件や詳しい性能、そして、そもそもこの力の起源は一体何なのか、という点さえ現在は不明だ。


分からないだけで、本物の悪魔に身体を乗っ取られている可能性だってある。



だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。



光がこの場でやるべきことは、ただ一つ。


シルヴィアに刃を向けた悪しき者たちを滅ぼすこと。



それだけだ。



「もう少しだけ我慢してくれ、シルヴィア...........すぐに終わらせるから」



そう伝えた瞬間。


光はこの空間から姿を消していた。



ブラック・エヴァ―セント等を使って、一時的に存在を隠したわけではない。



――――――疾すぎて、肉体どころか、そこから生み出す音さえも、光は置き去りにしてしまったのだ。




「ウゲァアアァァアッッ!!??!!!!」


直後、唐突に鳴り響いた、野太い男性の悲鳴。



「........まずは一人」



手始めに刑を執行されたのは、ナギサと交戦中の獣男だった。


生死は不明なものの、あれだけの脅威を見せていた鋼のアーマーが跡形も無く破壊され、腹部から大量の血を流し、倒れている。



どんな攻撃をしたのか、いつの間にそこへ移動したのか、次は誰が処刑されてしまうのか、どれ一つとってみても分からない。



ただ一つだけ言えるのは、この状態の光はあまりにも危険で、冷酷で、容赦が無く、そして、圧倒的な強さを持っているということだ。



「ナギサ......お前には一番迷惑かけちまったみたいだな......頼りないリーダーで、ほんとごめん」


「えっ、あ、うん.....別に僕はなにも......それより、その姿はなに? コスプレの趣味とかあったっけ?」


「いや、コスプレじゃねえけど.......」


「ふ~ん.......」


「......なに?」


「まっ、でも思ったより元気そうで良かった。 てっきり死んじゃったのかと思ったよ」


悪魔の姿に変貌しながらも、普段通りの口調で話してきた光に対して、こちらもいつものように適当な冗談を言うナギサ。



「人が死にかけたっていうのに、相変わらずノリが軽いな..........ん?」


こんな場面でもブレることを知らない彼女は本当に凄い、そう思ったのも束の間。



いくらナギサと言えど、どうしようもないくらいに溢れ出てくる感情までは、制御できなかったようだ。



「ほんとうに......ぶじで......よがっだよぉ............」


顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、ナギサはそう言った。


今までため込んでいたものが、ここにきて一気に爆発したのだろう。



思えば光がガーネットにやられたあと、ナギサは誰よりも先に戦う意思を見せていたが、


あの時点で、本当はもう光のことが心配で、悲しくて、悔しくて、駆け付けたくて仕方なかったのだ。



それでもくじけずに前を向き、誰よりも小さいその体で、誰よりも勇敢に戦った。


そんな彼女を光は心から称え、感謝する。



「........ありがとな」


余計な台詞は付け加えず、シンプルにそうとだけ言い残してから、光は再び姿を消した。




そして、約一秒後に聞こえてきたのは、ゴルドとジルドのうめき声。


彼らもきっと、精霊共々処刑されてしまったのだろう。




「これで三人目.........さて.........」


敵陣営の子分ともいえる三名を瞬殺したあと、光が次に狙う相手は。


この世界にやってきてから、初めて自分に土をつけた人物。


守ると誓ったシルヴィアに、刃を向けた重罪人。



他の誰でもない、ガーネットだ。



宿敵の顔を真っ直ぐ見ながら、光は言う。



「残るはお前だけだ...........覚悟はいいか、クソ野郎」

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