【第65話】緋皇剣
ものの数メートル先にいる敵陣営を目掛けて、黒い槍状の物質が目にも止まらぬ速さで、光の手の平から連射される。
見た目こそ地味な魔法だが、この槍一本一本には、重厚な壁に風穴を開けるほどの威力が秘められているのだ。
このレベルのスピードと攻撃力を併せ持つ魔法を近い距離から撃たれたら、ひとたまりもないだろう。
―――そう思っていた。
「.......緋皇剣・十六夜朱雀」
光が魔法を発動したのとほぼ同時に、ガーネットは、左右の腰につけていた日本刀に近い形状の武器を抜く。
そして、まるで100倍速で早送りでもしているかのような高速斬撃を二本の剣で繰り出し、なんと計30本もの槍を全て弾き返してしまったのだ。
「なっ....マジかよ?! 生身の人間がやっていいような動きじゃねえぞ、それ!!!!」
敵の芸当に驚いている暇はない。
すぐさま、ガーネットが赤い鬼の様な形相で距離を詰めてくる。
瞬きをする間もなく、光の懐まで潜り込むと、
「舞え.........臥龍桜!!!!!!」
その刹那、二本の剣をクロスさせるように一太刀を振う。
(この女、いくらなんでも動きが速すぎる.....やはりドラグーンか.....)
光は咄嗟に防御魔法を使うほどの時間もなければ、余裕も無い。
やむを得ずエグゼキューターを纏った右腕で、かろうじて受け止めるしかなかった。
「グッ.....あ、あっぶねえ....」
さきほど見せたような超人技ではないものの、とにかく攻撃が速く、そして重い。
これが、人間対人間の戦闘において、最強と評されるクラスの真髄なのだろうか。
「小僧.....随分と面白い魔法を扱う様だが、戦闘に関してはまったくの素人らしいな」
「あ?」
「ハッ....技の性質も見抜けないとは、あまりにも未熟..........雑魚が、散れ」
光は、確かに攻撃を凌いだはずだった。
その証拠に、今こうして光の右腕とガーネットの剣は接触した状態のままだ。
だが、次の瞬間。
「技の性質? ま、まさか.....ッ!!! ウアアアアァッ??!!!!」
突如光の身に襲い掛かったのは、何も無いはずの空間から不意に発生した、果てしない数の斬撃。
それは、事前に発動していたダークネス・スクエアの耐久値を軽々突破する。
制服の上着がボロボロに切り刻まれ、ついには刃が肉体に貫通。
光は、上下・左右・前後からの斬撃を流れる様に打ち込まれた後、まるでサッカーボールのように遠くの壁まで吹き飛ばされてしまった。
「馬鹿な...こいつ....化け物かよ........ガハァッ!!!!!」
壁に半径2メートル近い穴が空くほどの、強い衝撃で叩きつけられた光は血反吐をはき、地面に倒れ込む。
今まで一度も味わったこともない激痛の嵐。
そして、徐々に薄れていく意識。
(まずい、意識が朦朧としてきた.....ドラグーンがこんな技を持ってるなんて聞いてねえよ......クソッ....俺はまたシルヴィアを.....何のために今まで.....)
光とて、所詮はただの一人の人間だ。
バリアのおかげで、ある程度は威力を吸収できたものの、受けたダメージは計り知れない。
あれほどの大技をまともに食らえば、もはや立つことすらかなわないだろう。
――――敵を前にして、光はとうとう気を失ってしまったのだ。
思えば光は、対人間との戦闘経験が極端に少なかった。
つい最近まで、ただの高校生だったのだから当たり前だろう。
そして、この時点の光には、「人を殺す」という行為への迷いがまだ残っていたのだ。
"人間相手にこんな魔法を使ったら即死させてしまうのではないか"
"この魔法は人間相手には少々残酷すぎるのでないか"
"異世界とはいえ、人を殺めていいものなのだろうか"
対人戦においては、こういった迷いが生じた時点で、圧倒的不利となる。
相手が本気で殺しに来てる中、自分は攻撃に制限を設けられているのも同然だからだ。
もしかしたら、初手でカオス・ディスラプター等の近接技を敢えて使わず、飛び道具系の魔法を使用した時点で、勝負はついていたのかもしれない。
無論、相手が末元だったら、問答無用でそうしていただろう。
しかし、今戦った相手は初対面の女性で、しかも素性が一切不明なのだ。
彼女達の目的がシルヴィアだと分かっていても、詳しい事情を聞く前に命を奪うのは、様々な面から見てリスクが高すぎた。
それを考えると、光の判断は間違っていなかったとも言える。
だが実戦では、相手の実力を見誤ったとか、本気で戦わなかったとか、そんなのは言い訳に過ぎない。
結果こそが全てである。
―――まさに完敗だった。
「さ、さすがだぜ、ガーネット.....あんたがいなきゃ、俺達はあのガキの魔法で殺されてたかもしれねえ」
額から首にかけて汗を滝のように流しながら、獣男はそう言う。
「無駄口は控えろ、極めて不快だ。 それよりも......」
ガーネットは獣男の礼とも取れる言葉を一蹴した後、剣を鞘に戻し、シルヴィアの方を向きながらこう言った。
「虫の相手をするのは想像以上に体力を消耗するようだ.....だから私は少し休む。 貴様らはターゲットの周りにいる、邪魔な小娘共を片付けてこい」
「い、いいのか?! へへっ.....さて、どいつからいたぶってやるか」
「あの赤髪の男は私の古い知り合いだ。 それなりに腕が立つ、油断はするな.....まあ、今は色々と困惑しているようで、あんな様子だがな」
シルヴィアとレイリスは、いまだ心ここにあらずといった様子で俯いていた。
目の前で光が重症を負ったにも関わらず、足が震え、声すらも出せずにいる二人。
一体、なにが彼と彼女をそこまで揺さぶっているのだろうか。
いずれにせよ、光・シルヴィア・レイリスの三大巨頭が動けない今、戦えるのはナギサと九条しかいない。
俗にいう、絶体絶命のピンチだった。
こんな絶望的状況に追い込まれたナギサと九条の二人は、今頃恐怖で足がすくんでしまっていることだろう。
「.....鈴音。 僕いま、すっごくムカついてるんだけど、なんでかな」
「.....奇遇だね。 私もだよ、ナギサッち」
「そっか、僕だけじゃないのか。 なら良かった」
「昨日知り合ったばかりだけど、うちらってかなり気が合うのかもね」
驚くことに、二人は怯えてなどなかった。
むしろ仲間を傷付けた相手に、倍にして復讐してやろうと、かつてない闘志を燃やしている最中だったのだ。
この状況下で逃げずに戦う選択ができる学生など、そう多くはない。
やはり、ナギサと九条をスカウトした光の目は正しかったと言えるだろう。
「シルヴィア様、ヘカトンケイルの人.....それに三刀屋氏、大丈夫だからね。 僕たちがすぐにあいつら懲らしめてやるから」
「そうだぜ、お二人さん.......だから、ちょっと下がってな」
ナギサは、全身からビリビリと雷が溢れるほどの魔力を解放し、
九条は背中につけていた十字剣、サザン・クロスを手に取った。
そして、二人は独自の構えを取る。
「ふーっ.......じゃあいくよ、鈴音!!!!!」
「ラジャー!!!!!」




