【第55話】楽しい罰ゲームって、それただのご褒美では
~フォルティス魔法学院合宿所 入口にて~
「三刀屋、お前には遅刻した罰としてこれから約1時間半、夕食の配膳係をやってもらう」
「.....マジか」
「あはは.....ダメでしたね」
飛行魔法を駆使し急いで合宿所に戻った光とシルヴィアだったが、到着した時刻は18時02分と、まさかの2分オーバー。
誤差で済ませてくれてもいいレベルな気もするが、健闘虚しく、二人は遅刻の判定を下された。
そして今まさに、セシルから罰を言い与えられている最中である。
「シルヴィアは...そうだな、あとで書類の整理でも手伝ってくれ。 なあに、5分もあれば終わる作業だ」
「え、それだけですか? てっきり私も光さんと同じ仕事をするのかと.....」
「王女に罰なんて与えられるわけないだろう。 下手したらクビが飛ぶ」
「そ、そうなんですかね...ごめんなさい光さん、私ばかり楽をしちゃって.....」
シルヴィアが申し訳なさそうな顔で光にそう言う。
一時間半の肉体労働と、わずか5分の事務処理ともなれば結構な差だが、そんなことを一々気にする光ではない。
そもそも、遅刻の原因は全て自分にある為、5分の罰ですら本当はやめて貰いたい所なのだが。
光は軽い感じでシルヴィアに「気にしなくていいよ」と言ってから、セシルに詳しい説明を求める。
「で、俺は何時に何処へ向かえばいいんすか?」
「そうだな、とりあえず私についてこい。 あ、シルヴィアはもうラウンジに行っていいぞ」
「わ、わかりました.....では光さん、まだあとで.....」
シルヴィアは光に頭をペコリと下げ、ラウンジへと向かって行った。
彼女は一体何にそこまで罪悪感を感じているのだろうか。
あんな様子を見せられたら、逆にこっちの心が痛くなってくる。
「それじゃ三刀屋、まずは事務所にいくか.....って、お前なんで笑ってんだ? 普通に怖いし不気味だからやめといた方がいいと思うぞ、それ」
「.....いや何でもないっす。 早く行きましょう」
シルヴィアの後ろ姿を見送った後、なぜか光は嬉しそうに笑っていた。
そう、彼はこの罰を嫌がってなどいない。
100人以上いる生徒の配膳係となると結構な重労働のはずだが、光にとってはむしろご褒美だったのだ。
その理由は単純に、クラスメイトたちと同じ場所で食事を取りたくないからである。
正確に言うと"自由席"というシステムが嫌いなので、出来ることなら欠席したいとまで考えていたのだ。
仲間同士でテーブルを囲み愉快に食事を取る時間など、まともな友達がいない光には苦痛でしかない。
一般的には多くの場合、自由席>指定席という認識をされているが、大きな間違いだ。
"陰"寄りの人間からしてみれば指定席こそ至高であり、正義なのである。
一応シルヴィアや木乃葉たちの女子グループに混ざることも出来なくはないが、色々と難易度が高すぎるので現実的ではない。
そんなこんなで光としては、夕食に参加するよりも仕事をさせられていた方が何百倍もマシというわけだ。
幸せの基準は人によって違う、というのがよく分かる例だろう。
光は心の中で「セシル最高!!」と唱えながら、事務所に向かって行くのであった。
「じゃあこの前掛けとキャップとマスクをつけてくれ」
セシルに連れられ、厨房近くにある事務所に到着した。
衛生面をしっかりと配慮し、他の従業員と同じウェイターのような恰好をさせられる光。
お世辞にも似合ってるとは言えない、いかにも高校生のアルバイトという感じの仕上がりだ。
「仕事の内容だが、特に複雑な作業は無い。 生徒がお前の担当する料理の前に並んでいたら盛り付けて渡す、それだけだ」
「了解っす。 でも、ビュッフェって普通は自分が食いたい量を自分で勝手に持って行くんじゃ.....」
「毎年食い過ぎる奴がいるからウチはこうしてるんだよ。 面倒だがな」
(.....なるほど、確かに異世界って日本じゃ考えられないくらいの大食いとか居そうだしな)
なにがともあれ、これで事前準備は完了。
早速ラウンジに入り、光は自分が担当するゾーンへ真っ直ぐ向かう。
開始5分前ということもあって、会場には既に生徒の大半が集まっていた。
中には木乃葉やシルヴィア、レイリスの姿も見受けられる。
また、他の4クラスの生徒たちも一斉に押し寄せている為、会場はかなりの混雑状態であった。
(うっわ、マジ参加してなくて良かったー.....罰ゲーム万歳!.....って、あいつらは―――)
次に光の目に入ってきたのは、同じ転生者であり元クラスメイトの片桐・真田・不動の男3人組だ。
3人用のテーブルに座り、楽しそうに会話をしている。
彼らの顔を見たのは、おそらくFODの時以来だろう。
あれ以降関わる機会はなく、真田と不動に至っては顔を合わせたことさえまだ無い。
彼らが同じ転生者だという点を考えると、3人のうちの誰かが末元や鎌瀬に関する情報を持っている可能性がある。
その為、出来れば一度話を聞いてみたい所なのだが、光の性格上そう簡単にもいかないだろう。
真田と不動はともかく、片桐は一対一で完膚なきまでに叩きのめしてしまった件もあり、光を恨んでるに違いない。
(使えるものは全部使っていきたいところだけど、あいつらには頼りたくねえな.....片桐とか特に、不釣り合いな見返りを求めてきそうだしな.....)
引きつり気味の顔で、元クラスメイトたちの顔を見る光。
そんなことを考えている間に、気付けば夕食の開始時間がやってきた。
『ねぇねぇ、まず何から食べよっか?』
『あのサラダ良くない? ワイバーンのお肉入りらしいけど美味しそうじゃん!』
『うおおおお俺はパンしか食わねえぞパン!! 俺にパンを全部くれ!! パンだぞ!!!』
100人近くの生徒たちが一斉に料理ゾーンへと押し寄せてくる。
動物が獲物を狩る時のような怒涛の勢いで、目当ての料理に向かって走る男たち。
そして、その様子を後方から呆れた目で見ている女性陣。
同じ人間のはずなのに偉い温度差だ。
(勢いがやべえ.....ま、とりあえず今はセシルへの感謝の気持ちを込めて、全力で働くとするか!!!)
光は組んだ両手を逆さにしてグッと縦に伸ばし、軽いストレッチをする。
夕食に参加しなくても良くなったことがよっぽど嬉しいのか、近年稀に見る気合の入りっぷりだ。
ぜひとも普段からそのやる気を見せて欲しい。
『すみません、それ一つください』
『俺には三皿盛ってくれ!!! 早く!!!』
開始からまもなくして、光の担当ゾーンにもチラホラと生徒が並び始めていた。
(きたきた.....んじゃ久しぶりにこの俺の"本気"ってやつを見せてやろう.....)
光は不慣れながらも、テキパキと料理を盛り付けていく。
ちなみに料理名は「デビルスライムの煮付け」というらしいが、モンスター感は無く見た目はこんにゃくに近い。
ただ、ハッキリ言ってあまり美味そうには見えなかった。
「.....はいどうぞ」
『ありがとーございまーす.....って、うわ、めっちゃうまそうじゃないこれ?!』
中くらいの大きさのプレートに適量を盛り、目を輝かせて待っている生徒へ流れる様に渡していく。
こういった仕事の経験はないはずだが、やけに手際がよい。
(フッ...この圧倒的な速さと精度.....今の俺のスピードは"は〇れメタル"をも凌駕する)
そう、実はこの男、単純作業の繰り返しが大の得意である。
勿論、ただ単に手先が器用だからというわけではない。
これは過去の彼が積み上げてきた、血の滲むような努力の結晶なのだ。
光は中学・高校共に文化祭の準備の時、それはそれは恐ろしい過酷な作業を毎年のようにさせられていた。
出し物がお化け屋敷だった時、無駄に難しいカボチャ風船みたいな折り紙をたった一人で延々と折り続けていたあの頃。
出し物が縁日だった時、景品にあったよく分からないポスターをたった一人で延々と丸め、輪ゴムをはめ続けていたあの頃。
出し物が焼きそばの屋台だった時の当日、たった一人で延々と野菜を切り続けていたあの頃。
他にも色んな作業をたった一人で何時間も、何日も、何年もやってきた。
そんな厳しい試練を乗り越えてきたこの男に、もはや隙など存在しない。
(つーか焼きそばの時、野菜を切る係はローテーションって言ってた癖に、結局最初から最後まで俺しか調理室に来なかったよな.....あれ?今思うと普通にこれっていじめじゃね?)
あまり過去を振り返りすぎると涙が出てくる可能性があるので、光はこの辺でやめておくことにした。
配膳業務を淡々とこなし続け、数十人ほど捌き終えた頃。
よく知った顔の女子生徒が一人やってきた。
「ふふっ、順調そうですね光さん」
「まーな.....つーか帽子とマスクでほとんど顔見えてないのによく俺って分かったな、シルヴィア」
「いやー私って、光さんのことは顔を見なくても魔力で何となく分かっちゃうんですよね」
「そ、そうなのか...それは凄いな.....」
そう話す彼女の顔は笑顔で溢れており、文句なしに可愛いはずなのだが、光はなぜか少しだけ恐怖を感じてしまった。
「.....えっと、本当にこのデビルスライムってやつを食うのか? スライムって言ってるけど?」
「はい! 実は好物だったりします!.....昔はよく食べてましたので」
「ええ....この国は王女にスライム食わせんのかよ...まあいい、はいどうぞ」
「えへへ.....ありがとうございます。 では、お仕事頑張ってくださいね!」
シルヴィアは二コッと笑いながらそう言い、自分の席へ戻っていく。
学院一の美少女に応援して貰えるなんて、他の男子からしてみれば羨ましいことこの上ないだろう。
社交辞令と分かってはいるものの、ほんの少しだけ優越感に浸ってしまう光であった。
~ 40分後 ~
「.....暇だ」
ピークを過ぎたのか、料理ゾーンはすっかりガラ空きになり、仕事が無い状態がしばらく続いていた。
夕食は一時間半設けられているため時間的にはまだまだ残っているのだが、食事というルーチンは40分も経てば大抵の人間が満足してしまうもの。
一部の大食い勢を除き、ほとんどの生徒はお喋りがメインのフェイズへ移行している。
暇を持て余した光は、あてもなく人間観察を始めた。
改めて見ると、見たことも聞いたこともない生徒が大半である。
逆に、他のクラスで知っている人間といえば、ナギサと転生者4名の計5人ほどしかいない。
関わる必要性が無いと言えばそれまでなのだが、思わぬタレントがどこかに潜んでいるかと思うと、少々勿体ない気もする。
ナギサのように卓越した能力を持つ生徒がもし他にもいるなら、是非とも軍にスカウトしたいところなのだが、そう簡単にもいかないだろう。
「新人発掘なんて考える前に、まずは初期メンバーの勧誘を成功させないとな.....」
「あ、おい三刀屋、見て通りほとんどの生徒が食い終わってるから、もう上がっていいぞ」
「....え?」
横からそう声を掛けてきたのはセシルだった。
1時間半労働の予定だったはずが、随分と早い終幕だ。
勿論、光は出来ることなら夕食の時間が終わるまでこの場に留まっていたいわけで。
適当な言い訳をかまし、無理矢理にでも作業を延長させようと試みる。
「い、いやまだ結構来ますよ? ほら、パスタゾーンなんてあんなに盛況じゃないすか」
「お前の気持ちはありがたいが、あとは従業員に任せておけ。 それにお前だって疲れてるだろ? 適当な席に座って食事を取れ、以上」
「え、ちょっと待っ.....クソッ! なんてことだ!! 有り得ねえ!!!」
必死な抵抗も虚しく、セシルは普段見せない様な優しさをここぞとばかりに披露し、格好をつけながら消えていった。
その優しさを違うもっと場面で出して貰えると、とても嬉しいのだが。
ともかく、指示を守らないと今度は別の罰を与えられそうなので、光は借りた着用品をしぶしぶ返却しにいくほかなかった。
(さて....どうしたもんかな.....)
返却を終えた光は、なにやら事務所の中からラウンジの様子をひっそりと観察し始めた。
テーブルの着席状況を一つ一つ、見える範囲で念入りに確認している。
何故そんなことをしているのかと言うと、彼は今、最も"被害"が少なく済みそうな席を精査しているのだ。
この席選びが非常に重要であり、妥協は許されない。
なるべく生徒の目に触れず、一人でコッソリと食べれる様な席がベストだ。
(.....ふむ、あそこで決まりだな)
光が目を付けたのは、誇張抜きに今日初めて存在を知ったような面々が集合しているテーブルの、すぐ隣の席。
なぜ敢えてアウェイに乗り込むのかと言うと、こういった状況を穏便に済ますには、むしろ顔見知りの居ない方が都合が良いからである。
というのも、同じクラスの連中が集まっているゾーンにこの時間から参戦すると、無駄に目立ってしまうのだ。
「なんであいつこんな時間から食べ始めてるんだ? 今まで何やってたんだろう」と疑問に思う人が間違いなく出てくるだろう。
そうなると、レットあたりがまた騒ぎ出して面倒な絡みをされ、周囲から余計な注目をされる姿が容易に想像できる。
こういった点を考慮し、光は敵地に敢えて単独で乗り込むことを決めたわけだ。
最初こそ不思議そうに見られたり、ヒソヒソと陰口を言われるかもしれないが、それもすぐ収まることだろう。
光はラウンジに足を踏み入れた刹那、目の前に丁度あったパスタ、スープ、サラダの3つを素早くトレイに乗せ、目的のテーブルへ足音を殺しながら着席する。
その間、わずか4秒。
控えめに評価しても彼のパフォーマンスは100点、まさに完璧だった。
もしこんな感じの競技が存在していたら、光の右に出るものはいなかっただろう。
(フッ.....我ながら良い席をチョイスしたようだ.....ここなら静かに過ごせる)
想定通り、光がテーブルに着いてからも周りの生徒たちが気にする様子はほとんど見受けられない。
小声で「悪魔の人かな?」「こわいねー」「友達居ないのかな?」みたいな台詞が最初だけ聞こえたが、大した問題ではない。
一人静かに、コンパクトな動作で料理を口に運んでいく。
(うん.....思ったより美味いな。 何の肉か知らねえけど...確かワイバーンだっけ? いやー、人間に食われるドラゴンとか嫌だなあ)
異世界特有の独特なダシや調味料の風味はするものの、上品で癖がなくガツガツといける味付けだ。
思い返してみると、以前までは学校の中で取る食事に味などほとんどなかった。
周りの目を気にするあまり、味わう余裕さえ無くなっていたから。
光にとって、食事は「美味しいものを食べる時間」ではない。
適当な菓子パンと飲み物を一分掛からずに流し込むだけの作業。
つまり「腹の虫が鳴らない様に栄養を摂取するだけの時間」でしかなかったのだ。
なのに、今はこうしてしっかりと味を感じることが出来ている。
本人は気付いていないかもしれないが、現在の光の精神状態は比較的良好ということなのだろう。
(この世界の料理に若干興味が湧いてきたな...普段もパンと牛乳だけじゃなくて、違うのも食ってみるか......ん?)
一人で優雅に心休まる時間を満喫していた、その時。
光のテーブルの前に、数人の生徒がスタスタとやって来た。
その生徒達の顔を見るやいなや、光の表情が一変する。
まるで元の世界に居た頃に戻ってしまったかの様な、生気の欠片も感じられない、氷の様な冷たい表情。
そして光はその冷めた表情のまま、冷めた声色で目の前に立つ生徒達に、
「.....何の用だ?」
と聞く。
すると、目の前に立っている生徒達はニヤリと薄ら笑いを浮かべ、こう言ってきた。
「よう三刀屋、久しぶりだな」
「フヒ...ヒヒ...三刀屋くん...こっちで話すのは初めてだね」
「や、やあ.....!」
そう、光の前に現れたのは片桐、真田、不動の転生者3人組だったのだ。
ここで光が真っ先に思ったのは、「なぜこのタイミングで彼らが訪ねてきたのか」という点。
片桐以外の二人は、この世界に来てから顔を合わせたことさえ無かったのに。
そんな彼らが揃いも揃って突然声を掛けてきた理由は一体。
それはきっと、何か妙なことを企んでいるに違いない―――




