【第54話】海も意外と悪くない
~フォルティス魔法学院 特別合宿所 of 海水浴場 にて~
『いっくよー! それー!!!』
『うおお?!!! あいつのサーブ速えぞ!!!』
『シズルちゃん頑張って~!』
(.....何で俺が海なんぞに来なきゃならないんだ)
結局あれから光は、シルヴィアによって海まで強制的に連行されていた。
晴れた空、ライトブルーに輝く海、ほどよい暖かさで触りの良い砂浜、そして同級生の美少女×水着。
ここはまさに天国<パラダイス>。
目の保養をひたすら拝むのもいいが、身体を動かし気持ちのいい汗をかくのも良い。
疲れた心身を癒すには最高の場所と言っても過言ではないだろう。
全5クラスの生徒の大半が訪れている為、言葉通り大混雑状態だが、若者にとってはそれもまた楽しみの一環。
ビーチバレー・砂遊び・海水浴など各々が青春を謳歌する中、光は一人、ポツンとパラソルの下に身を隠していた。
(なんだろうこの...体育祭とかでクラス全員が一致団結して盛り上がっている中、その様子を一人だけ遠くから眺めてるみたいな感じ…..)
正直なところ海へ向かう道中、断るタイミングはいくつもあった。
ただ、その間も何かと嬉しそうに笑うシルヴィアの顔を見ていたら、自然とそんな気は失せてしまった。
彼女の「普通の女の子として学生生活を送ってみたい」と想いは以前変わっておらず、こういった行事が楽しくて仕方がないのだろう。
そんなことを思いながら、シルヴィアがいる方にチラッと視線を向けてみる。
『シルヴィア様、お城作るの上手すぎませんか?!』
『ほんとだ、マジでうまいな。 さすがは王女って感じ』
『そ、そうですかねー...木乃葉さんと九条さんが作ってるのはピラミッド?と言うんでしたっけ?』
『あたしそれ知ってる、ピラミッドっつーか、スフィンクス的な? 知らんけど』
『愛華ちゃん、どう見てもスフィンクスじゃないよ....』
(.....まあ、あんなに楽しそうにしてるしいっか)
こうしてクラスメイト達と大はしゃぎしながら遊ぶシルヴィアの姿が見れただけでも、ここに来た価値は十分にある。
彼女は日々、得体の知れない敵に命を狙われる恐怖に襲われながら過ごしているのだ。
今くらいは、そんなこと全部忘れて思う存分楽しんで欲しい。
一応、この高貴な砂遊びには光も誘われたが、さすがに女子しかいない所に混ざりたくはないので丁重にお断りした。
「それにしても暑いな.....日本だと八月くらいか?」
「ハハッ、貧弱め.....こうして見ると貴様もただの学生だな」
「.....あ?」
突然声を掛けてきたのは、クラスの人気者でイケメンで天才のレイリス=ヴィルターナ氏だった。
それも、誰一人として喜ばない水着verでのご登場だ。
やはり現役の軍人だけあって、その鍛え上げられた肉体は見事の一言。
脂肪は愚か、無駄な筋肉一つ無い完璧なボディである。
魔法無しでまともに戦ったら瞬殺されてしまうだろう。
ともあれ、せっかくの休み時間だというのに、この男と会話するなんて光にとっては害でしかない。
はあ~といつもより大きめの溜め息をつき、仕方なく返事をする。
「.....なんだお前か」
「なんだとはなんだ、"団長"殿 」
「寒気がするからやめろ。 つーか消えろ、目障りだ」
「まあそう言ってくれるな.....よっと」
「おい、誰が隣に座っていいと言った? 今すぐ―――」
「.....戦士も時には休暇が必要だ。 貴様はそれが分かっていないようだから警告をしに来てやったのさ」
ワイワイと騒ぐ生徒たちの姿を眺めながら、そんなことを口にするレイリス。
これまでレイリスが光に声を掛けてくる時、それは煽りか業務的な話の二択しかなかった。
会話するたびに口論に発展する為、必要以上にコミュニケーションは取らないと、そう決めていた光。
だが、今回のレイリスは本心から労いの言葉をかけており、そこに他意はなかった。
この先同じ組織で活動することになった以上、いがみ合いばかりの関係ではうまくいかないと彼も分かっているのだ。
それに、リアルタイムで軍人として働いている男の言葉だ、説得力に関しては右に出るものはいないだろう。
思い返してみれば、シルヴィアが光を無理矢理に海へ連れてきたのも、レイリスと同じ考えあっての行動だった可能性が高い。
(気負いすぎは良くない…か……一理あるな)
たとえ相手がレイリスとはいえ、気にかけて貰うこと自体は、悪い気はしなかった。
なので一応、出来る範囲でのお礼だけは、光も言っておくことに。
「.....んなことお前に言われなくても分かってるっての。 だからこうして休んでるんだろうが」
「フッ.....ならいい。 さて、僕は皆と今しか出来ないレクリエーションを楽しむとしよう」
「そうか、さっさと行け」
「君は来ないのかい? 確かにそこで優雅に過ごすのも一興だが....隙を見てシルヴィアに妙な視線を向けようものなら即消し炭にしてやるぞ」
「はあ? 一国の王女にそんなことする奴なんているわけ―――」
いくらシルヴィアの顔が可愛くてスタイルまで抜群とはいえ、相手は王女殿下だ。
誇り高き魔法学院の生徒の中に、そんな不敬な行為に手を染める者などいるわけがない。
そう期待(不安)し、愛想笑いを浮かべながら、砂浜にいる男子生徒たちへ目を向ける光。
するとそこには、ある意味期待通りともいえる光景が広がっていた。
「.....めっちゃ見てるなあいつら。 つーか男だけで砂遊びなんて普通やるか? 本当の目的は絶対"あれ"だろ」
「.....三刀屋 光、今すぐにでも彼らを焼いてしまって構わないだろうか?」
「落ち着け、そんなことをしたらお前が逆に犯罪者になっちまうぞ」
「クッ.....仕方ない、厳重注意だけにしておいてやろう」
そう言って、レイリスはドカドカと大きな足音を立てながら、不敬罪一歩手前の男性陣の所へ向かっていく。
(.....まあ、男なら"あれ"は見ちゃうよな)
仮にも予言の勇者である三刀屋 光でさえ、惹きつけられるほどの美貌。
むしろ、そこまでの美しさを持つシルヴィアの方が犯罪者なのではないかとまで思えてくる。
(待て、こんなことしてたらあいつらと同類だ.....)
しかしこの男は勇者であり紳士だ、ゆえに他の連中とはわけが違う。
頭を三回横に振り、醜い煩悩を捨て、清浄な目で今一度シルヴィアの方を見る。
「.....うん?」
(うわ、やばっ!!!)
運悪く、今度はシルヴィアとピッタリ目が合ってしまった。
向こうは一瞬微笑んでくれていたようだったが、光はすぐさま目を逸らす。
こういう所は、転生前から依然として変わっていない。
(気まずい...ひとまず適当な場所に移動するか.....)
シルヴィアに「遠くからいやらしい視線を向けてくる気持ち悪い輩」認定されたくないので、場所を移そうとする光。
しかし、友人の少ない彼が他に行くような所などあるはずも無く、かといって昨晩の様に一人でどこか遠くに飛んでいく気分でもない。
完全に"詰み"だ。
「.....もう知らん、俺は寝る」
色々と諦めた光は、組んだ両手を頭の下に置き、砂浜に寝転がる形で空を見上げる。
改めて景色を見渡してみると、ここは本当に異世界なのだろうかと、一瞬だが疑ってしまった。
空があり、海があり、人が沢山いて、自分がいる。
日本に居た頃と変わらない、よくある日常の一コマでしかない。
そもそも自分は如何にして転生したのか、勇者や帝国とは一体何なのか、まだ出会っていない他の元クラスメイト達はどこで何をしているのか。
この世界に来て1ヶ月以上経つが、まだ何一つとして解決していない。
むしろ、日に日に謎が増えていく一方である。
そんなことを考えていると、頭がみるみるうちに痛くなってきた。
また、それと同じスピードで瞼も順調に重くなっていく。
(あ...眠い...そういえば昨日はまともに寝てなかったっけか.....)
わざわざ海まで来たというのに、本気で寝るのはさすがに色々と良くないので、必死に抵抗する光。
しかし、こうなった時の瞼の重さは1㎏...いや、下手したら100㎏を優に超える。
あの謎の重力の正体は一体何なのか、専門家の方々には早く解明して欲しい。
(無理だ……寝る……)
そしてもれなく、光はただ一人、深い眠りの奥底へと落ちていった。
――――ピヨピヨ...チュンチュン...カーッカーッ...
「.....はっ!! やべえガチで寝ちまってた!!」
光が再び目を覚ます頃、あたりはすっかり夕焼け空へと変わっていた。
あれほど沢山いた生徒達は、もう誰一人として残っていない。
「今何時だよ.....って身体が動かない、何だこれ―――」
起きた直後に真っ先に気付いたのは、全身に伝う違和感。
まるで金縛りにでもあったかのように、指先一つ動かせない。
まさか寝ている間に何者かの襲撃を受けてしまったのではないか。
そんな恐怖が身体の隅々にまで染み渡ろうとした瞬間。
振り向くことさえ出来ない背後から声を掛けられた。
「おはようございます、光さん。 あ、あの...私は止めたのですが、皆さんが.....」
「その声はシルヴィアか?! た、助けてくれ! 身体が動かな......い?」
一度冷静になり、自らが置かれている状況を整理してみる。
砂浜に仰向けで寝ていて、後ろにはおそらくシルヴィアが居る。
空はオレンジ色に染まり、もうすぐ日が暮れる頃だろう。
つまり早く合宿所に戻らなければ、セシルにまた罰を与えられてしまう。
簡単な振り返りだが、これで次にやるべきことはハッキリした。
そして最後に、視線を自分の胸にゆっくりと向けてみる。
するとそこには、無残にも砂浜にガッチリと埋められた自分の身体があったのだ。
首から下が完全に固定されており、意識すると息苦しさまで感じてくる。
一体誰の仕業なのか、じわじわと溜まってきた怒りを放出するように、砂を吹き飛ばし立ち上がる光。
「シルヴィア.....俺にこんなしょうもないことをした奴は誰だ?」
「え、えっと...九条さんとか天谷さんとか...あと他にも色んな方が.....」
「馬鹿な?! 主犯があの魔女二人だと.....クソッ! 神は俺に報復の権利さえ与えないというのか!」
犯人がレイリスやグリフレッドあたりなら倍にして返してやろうと考えていたが、相手が悪すぎる。
この世界でいくら強くなったところで、元の世界でカーストトップだった連中には逆らえないのだ。
突然わけのわからない独り言を言い出した光に、不思議そうな顔でシルヴィアは問う。
「え、魔女?」
「.....いや気にしないでくれ。 それより今何時か分かる?」
「17時55分です。 門限ギリギリ.....ではなくもうアウトですね、あははっ......」
セシルには、18時までに合宿所まで戻って来るように言われていた。
ここから合宿所までは少しばかり距離がある為、最低でも10分は掛かる。
つまり、今から全力疾走したところで間に合わない。
厳しいがこれも規則な為、二人には間違いなくペナルティが待っているはずだ。
片方は自業自得だが、シルヴィアは気の毒である。
ところで彼女は、いつ目覚めるかも分からない光を一人で延々と待っているつもりだったのだろうか。
王女からしてみれば学院のペナルティなど屁でもないのかもしれないが、それにしたってお人好しすぎる。
しかも、遅刻確定コースに巻き込まれたというのに、シルヴィアは何故か楽しそうに笑っていた。
そんな彼女の様子を見て、光は目を合わせないまま適当に話を振る。
「.....そこでずっと待っててくれたのか?」
「いえ、皆さんが帰ってからなので、大体30分くらいですよ」
「30分って結構長いだろ。 つーか俺が夜まで起きなかったらどうするつもりだったんだ」
「勿論、目を覚ますまでここに座って待ってますよ」
「シルヴィアってそういうところあるよな。 一度決めたことは絶対曲げないというか.....悪く言えば頑固?」
「むっ.....その言い方は酷くないですか? やっぱり先に帰ればよかったかも」
シルヴィアがたまに見せる、この「ムッ」とした顔で眉間に軽くシワを寄せる仕草は、良い意味で王女っぽくなくて可愛らしい。
いま思えば、入学早々にシルヴィアとすれ違いが起きた際もそうだった。
光が何度接触を拒もうが、一度も諦めることなく寄り添ってくれた。
あの時彼女がそうしてくれていなかったら、勇者の仕事どころか学校からも逃げ出していたかもしれない。
王女という立場的に仕方なく世話を焼いてくれているのか、そうでないのかは正直分からない。
理由がどうあれ、どんな時でも一番に気に掛けてくれるシルヴィア。
彼女は光にとってかけがえのない存在であり、守るべき相手なのだ。
ここで突然、光は何かを思いついた様子で魔法を唱える。
「あと5分か、今からでもまだ間に合うな.....頼むぞ、カオス・フリューゲル」
「あれ、こんな時に翼なんて出してどうするんですか?」
「.....悪い、ちょっとだけ我慢してくれ」
「へ.....ええええええええ?!!?!」
気付けば体が宙に浮いていた。
30メートルを超える崖や木よりも遥かに高く、それこそ人が豆粒にしか見えないほどの頂。
なぜそんな所に来てしまったのか、突然の出来事に気が動転するシルヴィア。
そして、彼女の悲劇はこれだけでは終わらない。
落ち着いて自分の置かれている状況を観察してみた結果、更に衝撃の事実が明らかになってしまう。
(ななななな....なんで私、お姫様抱っこされてるの?!)
空を飛ぶだけでも心臓が飛び出るくらい驚いたのに、その方法がまさかのお姫様抱っこ。
光は飛行魔法を使用後、シルヴィアを抱え一気に上空まで駆け上がり、そのまま高速で合宿所に向かおうとしていたのだ。
確かにこれなら二人共間に合うかもしれないが、光にしては思い切った選択だと言わざるを得ない。
「これなら間に合いそうだろ? 我ながら良い考えだ」
「.....そ、そういう問題じゃないです!! 何してるんですか、もう.....」
同意無しに高所へ連れてこられた恐怖と怒りに加え、羞恥心まで押し寄せてきたシルヴィアの顔はもうめちゃくちゃだった。
小粒の涙を両目に溜めつつ、ほんのりと頬を赤く染め、これでもかと言わんばかりに口を尖らせている。
普段は真っ直ぐ目を見て話してくれるのに、今ばかりは完全にそっぽを向かれていた。
「安心してくれ、直接は触れていない。 見ての通り腕から手にかけてエグゼキューターを纏わせてる」
「.....っ! だからそういう問題じゃないですってば! からかってるんですか.....?」
既に大発火状態のシルヴィアに、更に油を注いてしまうこの男。
他人の考えていることに敏感の割には、こういった場面での配慮が少し足りていない。
ただ、光としても何の考えも無しにこんな大胆な行動を取ったわけでもなかった。
「.....いつも世話になってるから、たまには何か返してあげたいって思ってな」
「ふ、ふーんっ.....その結果がこの恥辱絶叫アトラクションですか?」
意図を聞くやいなや表情が変わり、喜んでいるのが丸分かりのシルヴィアだが、誤魔化そうと必死である。
しかし、光はそんなこと全く気にせず、自分の意図を素直にそのまま伝えた。
「悪い、俺友達居ないし、女の子が喜ぶものとか全然分かんねえからさ.....これしか思い浮かばなかった」
「そ、そうでしたか.....それは...えっと、あ、ありがとうございま.....す」
光があまりにも真っ直ぐ伝えてくるものだから、結局折れてしまうシルヴィア。
なにやら人差し指をツンツンと合わせながら、口をもごもごとさせていた。
そんな様子を目の前で見せられたら、こちらまで恥ずかしくなってくる。
(冷静に考えると結構ヤバいことしてないか俺.....ワンチャン犯罪まである)
勢いあまっていたせいで気に留めていなかったが、シルヴィアとの距離は歴代最高とも言えるぐらいに近い。
お姫様抱っこ状態で飛行している為、ほぼゼロ距離と言っていいだろう。
おまけに彼女はパーカーを羽織っているとはいえ水着だ。
不要な邪念は抱かない様、無理矢理にでも意識から外し、飛行に集中する光。
「ま、まあ、こうやって高い所から見る景色ってのも悪くないだろ?」
「.....確かに、慣れたら凄く綺麗です。 思わずうっとりしてしまいますね」
転生直前にも、飛行機の窓から似たようなシチュエーションの景色を眺めていたが、その時とは何もかもが違う。
二人の目から見える景色は、どの絶景にも負けないほどに美しかった。
大地に広がる数々の村の明かりが電飾と化し、まるで宝石を巻き散らかしたかのように錯覚させてくる。
得体の知れない、でも幻想的なこの世界特有の建造物がこれでもかと言わんばかりに目に入ってくる。
その色は「黄」だけではない。
赤・橙・緑・青・紫など、いくつもの光りが交差し、今この瞬間だけの、二人にしか見えないイルミネーションを作り上げていたのだ。
あれほど喚いていたシルヴィアもすっかり大人しくなっており、言わず語らず、ただ黙ってその景色を堪能している。
しかし、光はそれだけの絶景を前にしながら、全く別の存在に目を奪われてしまっていた。
自らのすぐ傍にいる、ただ一人の女性に。
シチュエーションと背景も相まってか、普段より十割増しで美しく見えるシルヴィア。
(.....これはレイリスには絶対見せらんねえな)
その姿は正真正銘本物の天使であり、そんな彼女を今だけは独り占め出来ている喜びを噛みしめる光であった。
「あ、そろそろ着きますね。 最初は怖かったですけど、凄く楽しかったです!」
「そ、そうか.....なら良かった」
シルヴィアのデバイサーで時刻を確認したところ、17時58分。
途中からお互い本来の目的を忘れているようだったが、間に合って一安心である。
光は翼を器用に動かし、着陸地点へゆっくりと降下していく。
その間、シルヴィアは光の顔をほんの少し上目遣いで見ながら、こんなことを言ってきた。
「.....またいつか連れていってくださいね」
上目遣いと言ってもお姫様抱っこという体勢上、必然的にそうなってしまうわけだが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
というより、彼女の台詞がそもそも恥ずかしい。
光はビクッとした様子で思いっきり目を逸らした後、動揺していることがバレないようにいつものクールな口調で答える。
「.....機会があればな」
「あ、でも今回みたいにいきなりは辞めてくださいよ? まだ心臓バクバクなんですから」
「.....承知いたしました、殿下」
そんなやり取りをしながら、久しぶりに地面へと足をつく二人。
光は割れ物を扱うかの様に、丁寧にシルヴィアを降ろす。
突発的に始まった空の旅だが、想像以上に充実したひと時であった為、これで終わりと思うと少し寂しくなってきた。
だが、勇者である光と王女シルヴィアの冒険はこれからも続いていく。
むしろまだ始まったばかりなのだ。
「あ、あとですね...その.....」
「ん?」
すぐ前にある合宿所の入口へ向かう途中、隣を歩いていたシルヴィアがピタッと足を止める。
気になった光がシルヴィアの顔を見る。
すると彼女は、なにやら怒っている様な、恥ずかしがっている様な、喜んでいる様な、悲しんでいる様な、とにかく複雑で一口では言えない表情していた。
そして、右手の人差し指を頬の横当たりでピンと立て、前かがみの体勢でこう言った。
「空の旅自体は満点でしたが、あの.....お、お姫様抱っこだけは、せいぜい20点ってところです! なので、次はちゃんと勉強してきてくださいね!!!」
「ああ、悪い.....え?次?」
光がそう聞き返す頃。
気付けばシルヴィアはもう、入口のドアを開けているところであった。
「早くしないと怒られちゃいますよー!!」
ついさきほどまで自分より後ろに立っていたはずなのに、いつの間にそこまで移動したのだろう。
もしかしたら、光の時間だけが数秒止まっていたのかもしれない。
(......ま、いいか)
頭を掻き、軽く息を吐いてから自分も歩き出す。
貴重な自由時間の大半を仮眠に費やしてしまった光。
しかし、最後の最後に大切な想い出を残すことが出来たので、結果オーライなのかもしれない。
この後、18時からはディナータイムが始まる。




