【第48話】もう二度と釣りなんてやりたくない
「三刀屋くんってさ...好きな人とか、いたりする?」
ライトブルーに煌めくどこまでも広い海原を見つめながら、カトレアはそう呟いた。
一瞬何のことだか分からなかった光は、口を半開きにした状態で瞬きを三回ほどする。
そしておよそ2秒間、自身に向けられた質問の意味を考え、ようやく理解できた。
様々な感情が入り交ざり、今にも海に向かって叫んでしまいそうなくらい動揺しているが、あくまでクールな姿勢は崩さない。
「...いない。 友人という意味であれば数人いるかもしれないが、恋愛的なものは一切無い。」
「そうなんだ...じゃあ気になる人とかは?」
「気になる人...(クッ!こいつ、まだこの話を続ける気か!)」
せっかくそれっぽい台詞を返して話を終わらせようと思ったのに、またしても厄介な質問が飛んできて焦る光。
実際のところ、光は中学校・高校とぼっち生活を送ってきた為、恋愛のレの字もなかった。
そもそも友人すら居なかった男が、その上の次元に位置する「恋愛」に手を伸ばそうなどと考えるわけがないのだ。
誰を好きだとか、誰かと付き合いたいだとか、そんなことを考えた瞬間はこれまで一度足りともない。
ほんの少しだが外交的になり始めている現在も、それは変わっていないのだろう。
「悪い...俺、好きとか何だとかそういうのよく分かんねえんだ。」
「ふふっ、なにそれ小学生みたい。」
「...ほっといてくれ。」
「じゃあさ、ふとした時にあの人に会いたいなーとか、お話したいなーとか思うことない?」
カトレアにそう言われ、不器用なりにも少し思い返してみる。
確かに、心当たりはあった。
難しく考えず、ただ純粋に自分の心に聞いてみた。
そうしたら自然と、ある人物が思い浮かんだ。
綺麗で、優しくて、元気いっぱいの彼女の笑顔が。
だが、その感情が本物なのか、今の時点ではサッパリ分からない。
濁しているだとか、無理矢理気持ちを抑え込んでいるだとか、そういうのではなく本当に分からなかった。
いわゆる思春期と呼ばれる期間を孤独で過ごしてきた光。
誰にも相手にされず、ただただ一人で暗闇の中を生きてきたのだ。
もしかしたら、彼はもう「恋愛」という感情そのものが行方不明になってしまっているのかもしれない。
「...やっぱり俺には分からない。」
「シルヴィア様とかどうなの? なんか前、複雑な関係とか言ってたよね。」
「一国の王女様相手に俺みたいな凡人がそんな感情向けるわけないだろ。 下手したら国に殺される。」
「あははっ、だよね。 シルヴィア様はやっぱりレイリス様みたいな人がお似合いって感じする。」
「...とにかく、俺に恋愛話なんて振っても得るものがないって分かったろ。 それより魚どうすんだよ、一匹も釣れてねえぞ。」
「うん...えっと、じゃあここはアレ使っちゃいますか!」
光が「アレってなに?」と聞き返す間も無く、何やらポケットの中から奇妙な木の実を取り出すカトレア。
おそらく、というか間違いなく餌に使うのだろう。
元々使用していた餌を捨て別のものに変えると、スッと慣れた手つきで釣り竿を投げ入れた。
「さっきの餌は正直あまり釣れない奴なんだよね。 でも、こっちを使えばほら...簡単に釣れちゃいます!」
これまで30分もの間一匹も釣れなかったというのに、餌を変えた瞬間まさかの一発ヒット。
ジニマスと呼ばれている大きくて脂がのった魚が、あっという間に引き上げられてしまった。
カトレアが「凄いでしょ」と言わんばかりのドヤ顔を見せつける。
一方、光は眉間にシワを寄せ握りこぶしを作り、針で突けば爆発してしまいそうな怒りを抑えていた。
「...カトレアさん? 一応聞いておきたいんだけど...最初からそっち使ってれば良かったのでは?」
「もう、分かってないなぁー...釣りってのはただ大漁に釣るだけが目的じゃないんだよ。 まずは静かに潮の香りを楽しみ――」
またしてもカトレアが得意気にうんちくを語り始めようとした時。
光の怒りを抑えていた最後のネジがついに外れてしまった。
「...もうじきレットたちが帰ってくる。 釣れる確率が上がったとはいえ、このペースでは間に合わないだろう。」
「え~? 全然間に合うよー。 ほら!また一匹かかった! これは結構大物かも!!!」
こちらの気も知れずに、目の前の釣り馬鹿はキャッキャと騒いでいる。
趣味を楽しむこと自体は一向に構わないが、森に行った二人の為にも食材はなるべく多い方がいい。
ここにきてついに、光は最終手段を取ることにした。
「三刀屋くん!見てみて!またジニマスが釣れ――」
「舞え...ダーク・サイクロン!!!」
「...へ?」
突然、静かな夜の海に数多の竜巻が次々に姿を現す。
その竜巻は、まるでミキサーのように海の水を中から掻き混ぜる。
傍から見たら、津波が来たと勘違いしてもおかしくない、悲惨な光景が広がっていた。
勿論、これは無駄に時間を掛けされられた腹いせにやっているわけではない。
少し経つと、一匹、二匹、三匹と海の魚が土手にボタボタと上がってきたのだ、
理屈は分からないが、海を荒らされた魚たちが驚いて逃げてきたとか、そんな感じだろう。
これにより、計10匹もの魚を一瞬にして入手することが出来た。
そして、さきほどのお返しと言わんばかりに、ドヤ顔をカトレアに見せつける光がそこにはいた。
「どうだ? 完璧だろう? 見ろ、魚は全く痛んでいないし、海の中も荒れていない。 これが俺とエグゼキューターの力だ。」
確かによく見ると魚は全く傷んでいない。
また、あれほどの竜巻を起こしたにも関わらず、海の中は綺麗なままだった。
魔法を隅々まで自由自在に操ることが出来る、光にしか出来ない芸当だろう。
しかし、こんな邪道中の邪道みたいなやり方をされて、あの女が黙っているわけもなかった。
「...意味わかんない。」
「ん?」
「こんなやり方...おかしいよ。」
「え、もしかして泣いてる?! 嘘?!」
カトレアは怒りを通り越して、もはや泣くしかなかったらしい。
気持ちは分からなくもないが、少々大袈裟ではないだろうか。
「いや、ほんとすまない! まさかそこまで君が釣りを愛しているとは思ってなかったんだ! そ、そうだ俺はレットたちのことを思って...」
必死に謝罪をするが、一度傷ついてしまった彼女の心はそう簡単には癒されない。
鼻をすすり、ポツポツと小粒の涙を流しながら嘆いている。
そして、光の悲劇はこれだけでは終わらなかった。
「おーいカトレア―!! 戻ったよーー!!」
「三刀屋ー! 活きのいい奴は釣れたかー??」
なんと、最低最悪のタイミングで森チームのメンバーが戻ってきてしまったのだ。
(まずい...まずいまずいまずい!!! どうにかしないと!!!)
これ以上とないほど焦り、全身から沸き立つ冷や汗が止まらない。
もし自分が女の子を泣かせたなんて噂が広がってしまえば、ここまで何とか築き上げてきた地位が一瞬にして墜落する。
墜落どころか、場合によってはまたぼっちに逆戻りかもしれないのだ。
それだけは何としても阻止しなければならない。
「あれ、どうしたのカトレアー?」
「おい三刀屋無視かー?。 見てくれよこの果物の量、全部俺が取ったんだぜ?」
二人はもうすぐ目の前まで来ている。
何やら木の実や山菜などを重そうに抱えながら、笑顔でこちらに向かってくる。
きっと、この後の野宿が楽しみで仕方がないのだろう。
そんな彼らの雰囲気をぶち壊すようなことがあれば、光はもう"終わり"である。
とにかく、まずはレットとシズルの二人をこの場から排除するほかない。
カトレアをなだめるのはその後だ。
「レット!シズルさん! 今ここに来るのはまずい! 凶暴な魔物が潜んでるんだ! だから先に洞窟に戻っててくれ!」
あまりにも苦しい言い訳だが、もはや何かの間違いで通用するのを願うしかないだろう。
全身を貫くような緊張が走る。
額から出る嫌な汗が止まらない。
「頼む!二人共単純な脳ミソであってくれ!」と心の中で手を合わせ、願う。
「え、マジ?! じゃあ俺はお先にー!!!」
「はぁ?! ちょ、待ちなさいよアンタ! 三刀屋くん、カトレアのことは絶対に守ってあげてね!!」
結果は大成功。
これこそまさに、九死に一生を得たと言っていいだろう。
苦し紛れの嘘で何とか第一関門は突破できたが、問題は次だ。
ご立腹中のカトレアを如何にして説得するのか。
これまで鍛え上げてきた極小のコミュニケーション能力がいま試される。
「その...カトレアさん? えっと...やっぱりまだ怒ってる?」
着火寸前の爆弾を処理するかのように優しく、丁寧に扱わなければならない。
さきほどから俯いている彼女に、恐る恐る声を掛ける。
「ううん。 もう平気、ちょっとビックリしちゃっただけ。」
「そ、そうか...いやマジでその...ごめん――」
「...凄かった!!」
「...え?」
「あんなやり方で魚を捕まえるなんて、やっぱり三刀屋くんは凄いよ!! 私感動しちゃった!」
一体なぜだ。
あまりの怒りから泣くことしかできなかった彼女が、なぜか急に元気を取り戻していた。
可能性として一つ考えられるのは、さきほどの涙は怒りからきたものではなく、光の斬新な手法に感激しただけだったという説。
仮にそうだとしたら、なんて馬鹿らしい話なんだろうか。
「すまない、少し状況を整理したいんだが...怒ってたわけじゃないのか?」
「え? 怒るわけないじゃん、何言ってるの三刀屋くん。」
「...そうか。 そうだよな...ハハハハ...はあぁ...。」
「いやー海と竜巻っていう組み合わせも、ベタだけど綺麗だったなあ~。 あ、また今度一緒に釣りしようね!」」
何がともあれ、釣りマニアとの関係を崩さずに済み、一安心と言ったところだろうか。。
光は大きなため息を何度もつきながら、自らが引き上げた魚を一匹一匹バケツに積み上げていく。
その姿はあまりにも惨めというか、お疲れ様としか言いようがない。
今回の件に関しては、彼の苦労をねぎらってあげたいと素直にそう思う。
こうして、海チームの二人による釣りイベントは幕を閉じたのであった――




