【第37話】 天才と呼ばれた男の本当の実力
~フォルティス魔法学院 学院寮 118号室 にて~
「さっきからずっと手が震えてる...まさかビビってんのか、俺。」
あれから光は寮に戻り、ベッドで横になりながらシルヴィアからの連絡を待っていた。
偶然にも桁違いの魔力を手にした光だが、元はただの高校生だ。
しかも、約四年間ぼっちだった男である。
そんな彼が、バリバリ現役の軍人かつ天才と呼ばれているレイリスと、一対一で直接対決するのだ。
本番を控えたこの夜、緊張したり多少怖気づいてしまうのも無理はない。
――ピピピピ!!!ピピピピ!!!
「うおっ!! ビビったあ!!!」
頭の中でイメージトレーニングをしている所で、シルヴィア相手専用の通信機器が鳴った。
「はい、こちら三刀屋です。」
「夜遅くにすみません、シルヴィアです。」
「こっちこそ、こんな時間まで面倒な仕事させちゃって本当に申し訳ない。 それで、どうだった?」
「許可は頂けました。 が、なぜかお父様まで立会いに来ることになりました。」
光とレイリスの直接対決とくれば、国王という立場としても見届ける義務というものがあるのだろう。
ただ単に面白そうだからとか、そういった理由ではない、決して。
「それなら尚更勝たないとな...まあ、負ける気なんて更々ないが。」
何だかんだで普段と同じく余裕な振る舞いの光だが、シルヴィアは違った。
「レイリスの実力は本物です。 光さんと言えど、油断すればその隙にやられる可能性は十分にあります。」
「...ああ、分かってる。 実技の時にあいつの魔法を見たが、確かに只者ではないらしい。」
勿論、光も口では余裕ぶっているものの、レイリスを舐めているわけではない。
その証拠に、今こうしている間も両手が震えているままだった。
また、別にシルヴィアは勝敗に対して不安を抱えているわけではない。
相手が相手だけに、光の身の安全が何よりも心配なのだ。
「...勝ち負けとかそんなのいいですから、どうかご無事でいてください。」
「心配してくれてありがとう。 じゃあ、また明日。」
「はい...また明日。」
通話中、シルヴィアは終始不安そうな声で話していた。
彼女にも様々な想いがあるのだろうが、ここまで来たらもうやるしか道はない。
光は最後のイメージトレーニングをし、明日に備えて早めに睡眠をとった。
~王国騎士団ヘカトンケイル 本部 にて~
光は時間通り、王都の端にあるヘカトンケイルの訓練施設に来ていた。
そこには、立会人の木乃葉も一緒である。
「これが国の最大戦力と呼ばれている軍の本拠地か...さすがにでけえな。」
「光くん小学校の頃、テスト前とかよくお腹痛くなってたけど、今日は大丈夫?」
「うっ...嫌なことを思い出すからやめろ。」
「ふふふ、私には何でレイリス様と戦う必要があるのか分からないけど、頑張ってね。」
隣に立っていた木乃葉は、いつも通り接してくれている。
今の光にとって、それは大きな原動力へと変わるだろう。
しばらくすると、レイリス・シルヴィア・国王陛下、それともう一人、軍人らしき男がやってきた。
「おはようございます、勇者殿。 本日は私の身勝手な要望にお応え頂き、深く感謝申し上げます。」
レイリスがビジネス用の口調で挨拶をしてくる。
「試合の立会いを務めて頂くのは、陛下、殿下、風見殿...そして、我がヘカトンケイル団長のダグラスでございます。」
(ダグラスって、確か...)
光は、どこかで聞き覚えのある名前を耳にし、過去の記憶を辿る。
そう、このダグラスと名乗る中年男性は、光が最初に王城に訪れた際に廊下ですれ違った男だ。
あの時は、あからさまに光に対して嫌悪感を出しながら接して来た為、良い印象は全くない。
「初めまして...ではないですね、勇者殿。」
「...どうも。」
しかし、ダグラスも国王の前で不始末な態度を取るわけにもいかず、あくまで紳士に接してくる。
「では続きまして、陛下より一言頂戴したいと思います。」
国王が簡単な挨拶を済ませた後、レイリスが今回のルールを説明する。
「事前にお伝えした通りですが、この試合におけるルールはただ一つでございます。 それは――」
普通の学生同士の模擬戦には、細かいルールが定められている。
殺傷レベルCランク以上の魔法は使用不可、上位魔法は殺傷レベルに関わらず使用不可等、制限がある。
しかし、今回の試合は国のトップが承認した、れっきとした決闘である。
そこには制限など、存在しない。
「ダグラス団長のジャッジで、どちらかに命の危険が迫ったと判断した場合のみ、試合を中断することとさせて頂きます。」
「え?! 私、そんなの聞いてま――」
「木乃葉、いいんだ。 俺はこれを踏まえた上でこの場に立ってる。」
ここにいる人間のうち、木乃葉にだけはルールを説明していなかったらしい。
もっとも、それは光本人からの希望だった。
彼女がルールを知ったら、間違いなく止めようとしてくるからだ。
「光くん...危ないよ、そんなの......」
既に木乃葉は、光を心配するあまり涙目になっていた。
「大丈夫だ、心配すんな。」
そんな木乃葉の肩をポンと叩き、落ち着かせようとする光。
二人のやり取りを見て、シルヴィアは酷く罪悪感にかられたような表情をしていた。
別にシルヴィアに悪い要素は一切ないが、彼女の性格上、そう抱え込んでしまうのだろう。
「それでは私、レイリス=ヴィルターナと三刀屋 光殿による、一対一の試合を始めさせて頂きたいと思います。」
始まりの合図だと思われるコールをレイリスがすると、立会人の4名は安全な場所へと身を移す。
「...木乃葉さん、いきましょう。」
「...はい。」
グズっているままの木乃葉をシルヴィアは慰めつつ連れていった。
普段は多くのヘカトンケイル団員によって埋め尽くされている、このフィールド。
しかし今この瞬間、ここには己のプライドを掛けて戦う覚悟を決めた、二人の男だけが立っている。
ようやく舞台が整った。
「さぁ、準備は出来てるか? 三刀屋 光。」
レイリスからの問い掛けに、光はゆっくりと深呼吸をしてから答える。
「その高い鼻、へし折ってやる.....覚悟しろ。」
光が準備OKの合図とも取れる発言をした、その刹那。
二人の尋常でない魔力の解放により、辺り一帯が激しく揺れ始める。
同時に、フィールド中央からは光の姿が消えていた。
「...速い!」
使用した魔法は「カオス・ディスラプター」
もはや十八番と言ってもいいぐらい使用頻度が高く、先制攻撃技としては抜群の適正を持つ魔法である。
(.....貰った!)
一瞬にしてレイリスの背後へと移動し、目にも止まらぬ速さで超火力の斬撃を叩き込む。
普通の相手なら、これで即試合終了だろう。
しかし、相手は「天才」だった。
「甘いぞ......セヤァ!!」
レイリスは攻撃が飛んで来る方向を瞬時に見切る。
そして同時に自らの腕に炎を纏わせ、光の攻撃を全て弾き返した。
「くっ...マジかよ!」
この一連の攻防だけでも、彼が只者ではないことの証明になるだろう。
光としても予想外だったのか、やむなく一度後退する。
「ほう、あの男...少しはやるようだ。」
一瞬の攻防を目で追っていたダグラスも、思わず声を漏らしている。
「今度はこちらから行くぞ、エクスプロード!!」
反転攻勢、レイリスは中位魔法を一秒掛からずに発動。
巨大な隕石のようにも見える炎の塊が、遥か上空に生成される。
そして、そのまま猛スピードで光に襲い掛かった。
「喰らえ!ナイトメア・ゲイト!」
光は負けじと、FODでも使用した吸収魔法で対抗。
同じ転生者の片桐を痛めつけた魔法としても記憶に新しい。
『ア"ア"ア"ア"ア"ア"』
目の前に奇妙な顔のついたブラックホールが出現する。
それは見事なまでに炎を丸呑みし、本来の術者の元へと跳ね返した。
「......かわしたか。」
しかし、レイリスはもう元いた位置にはいなかった。
いつの間にか頭上高く飛びあがっており、更にその位置から畳みかける様に魔法を放つ。
「我が炎に呑まれるがいい! ヒート・ヴォルテックス!!」
フィールドのおよそ半分を埋め尽くす勢いで、数多の炎の渦が沸き上がる。
その光景は、もはや火事どころではない。
マグマの海に放り込まれたのでないかと、本気で錯覚するほどであった。
これを見る限り、やはりレイリスは序盤から全力モードで"勝ち"に来ていた。
絶対に負けられない、そんな気迫がひしひしと伝わってくる。
そして、熱風と灼熱の業火が光の身を焼き尽くさんとばかりに、四方八方から迫ってきた。
(おいおい...こんな魔法打たれたら普通は死ぬっての)
空中に逃げたとしても、攻撃範囲が広すぎて回避しきれない。
盾で防ごうにも、結局は無防備の背後から焼かれてしまう。
「.....消えろ!ダーク・ヴォルテックス!!!」
レイリスの必殺魔法に対し、光が取った対抗策。
それは"相殺"だった。
回避も出来ない、防御も出来ない、なら消してやればいい。
自らに向けられた灼熱の炎を飲み込むかの如く、今度は光の周りに漆黒の炎が炊き上がる。
赤と黒の炎。
両者がぶつかり合う姿は幻想的だった。
少しでも気を抜けば、引き込まれてしまいそうなほどに美しい。
そして、瞬く間にレイリスの魔法と相殺し、アッサリと消滅させてしまった。
「馬鹿な...黒い炎だと...それにその威力は...」
「あの程度の魔法で俺に勝った気でいたのか? 残念だったな。」
自慢の魔法を防がれたことが、にわかには信じられない様子のレイリス。
しかし、この出来事がむしろ彼の闘争心に火をつけてしまった。
「フッ...まあいいさ。 僕にはまだ君を倒す手段がいくつもあるからね!!!」
ここからレイリスの怒涛の攻めが始まる。
「今度は避けきれるかな! ヒート・ヘイズ!!」
「うおっと!!危ねえ...」
レイリスは、最低でも発動に5秒は掛かる中位魔法を一秒足らずで放ってくる。
それも絶えることなく連続でだ。
勿論、チートなどではない、彼の才能と並ならぬ努力の結果がこれなのだ。
(こいつ...魔法の詠唱スピードがいくらなんでも速すぎる.....)
「防戦一方じゃないか!どうした勇者!!!」
「クッ...よく喋る奴だ...」
「ハハハハ!!吹き飛ばせ!ヒート・テンペスト!!!」
光に反撃の隙を与えず、強力な魔法を繰り広げる。
何度も、何度も。
「光さんがここまで押されるなんて...」
「おや王女殿下、相手は我らがヘカトンケイルのエースですぞ。 その辺の一般人に後れを取るわけがないじゃないですか。」
「...団長ッ!」
「そんな怖い目で見ないでくださいよ。 殿下だって、レイリスが勝利した方が本当は嬉しいのでしょう?」
両者の実力をよく知るシルヴィアにも、この展開は予想出来ていなかったらしい。
実際、光がここまで防戦一方だったことは、かつて一度も無かった。
そんな状況下で、ダグラスに余計な煽りを入れられてしまい、ジワジワと怒りがこみ上げてくる。
しかし、いま彼女に出来るのは光を信じてあげることだけだ。
(光さん...どうか負けないで!!!)
レイリスの一方的なターンが続くこと、およそ5分。
そろそろ勝負がついた頃かと思いきや、現実は予想外の展開を迎えていた。
「ハァハァ...フンッ...逃げる手段だけは豊富らしいな...」
「そうか? まさかお前に褒めて貰えるとはな、ビックリだ。」
レイリスがあれほど攻撃し続けたにも関わらず、なんと光の被弾回数はゼロであった。
被弾どころかカスりもしていない、完全に無傷の状態で今もフィールド上に立っている。
振り返ってみると、光のこれまでの様子は少し不自然だった。
初手の一発以降、一度たりとも自分から攻撃を仕掛けていないのだ。
と言うのも、光はソーサラーでもなければ、他のどのクラスでもない。
自分の意思で自由自在にエグゼキューターを操る、唯一無二の存在。
故に、必ず一定以上の時間を要する従来の詠唱は不要であり、独自の手段で魔法を使っている。
つまり、実質ノータイムで魔法を連発できるのだ。
それを考えたら、レイリスの詠唱が速く攻撃の隙間が非常に少ないとはいえ、いくらなんでも受け身に回りすぎなのである。
そして、もし今までの立ち回りが全て演技だったとしたら。
ワザと防御に回り、レイリスの実力を測っていたのだとしたら。
本当はいつでも反撃が可能だったとしたら。
「.....ブラック・エヴァーセント」
ここにきて、光が試合開始時以来の先手を打つ。
周囲に黒く濃い霧が現れ、自らの身体を包み込むように覆っていく。
小さなブラックホールに飲まれていくような、そんな光景。
霧が晴れる頃、もうそこには光の姿はなかった。
「クッ、一体にどこに...何をした!三刀屋 光!」
レイリスは驚きのあまり、辺りを必死に見回すが、その影を捕らえることが出来ない。
どこを見ても、どこを探しても光の姿がないのだ。
(まずいぞ.....嫌な予感がする....)
敵を完全に見失ってしまったこの状況に、さすがのレイリスにも動揺が見られる。
これは高速で移動しているなどと言った、ありがちなギミックではない。
無論、コソコソとどこかに身を隠しているわけでもない。
―――今この時、この瞬間、光はこのフィールドから完全に姿を消していたのだ
「クソ! これが勇者のすることか、汚い真似を...グハッ!!!」
唐突に複数回鳴り響いたザシュッ!!という斬撃音。
そして、自らの身体から流れる赤い血。
悲痛な声と共に、レイリスは地面に崩れ落ちた。
まだ彼は、自分の身に何が起きたのか理解できていない。
「そんな馬鹿な...ブフォァ!!」
なんと彼の背中には、身に覚えの無い黒き刃が3本、内臓を抉る様に突き刺さっていたのだ。
その姿は見るに堪えない。
傷口からは痛々しく血が流れ、続け様に吐血する。
「なんだ!?一体何が起きたんだ!!」
あまりの衝撃に声を荒げるダグラス。
一方、シルヴィアと木乃葉は唖然とするしかなかった。
この世界において、自分の肉体そのものを強化できるのは、ドラグーンとガーディアンだけである。
その為、レイリスのようなソーサラーがまともに魔法を食らえば、問答無用でダメージが入ってしまう。
たとえそれが、天才と呼ばれているほどの実力者でもだ。
(これはまずい...早く体制を立て直さないと...)
受けた傷は想像以上に深く、中々立ち上がれないレイリス。
そして、苦しむ彼の背後には、傷を与えた張本人である光が立っていた。
跪くレイリスを見下すかのような冷たい目をしながら、彼は言う。
「....これ以上苦しみたくなければ負けを認めた方がいい、下手したら死ぬぞ。」
「クッ...」
「お前は確かに強かった。 実際マジで危ない場面もあったからな...普通の人間なら手も足も出ずに殺されるだろう。」
「フンッ...慰めのつもりか? 随分と舐められたものだな...」
なぜ光は、リスクを背負ってまでこのような茶番をしたのか。
その理由は1つ。
圧倒的な実力差を見せつけることで、"格"の違いを身をもって感じさせる。
これが光の狙いだった。
「なるほど..フフ....今までのは演技だったということか...」
「悪いな、こうでもしないとお前は諦めてくれないだろう。」
実際のところ、レイリスとの試合に勝つこと自体は、光にとってさほど難しいことではない。
事実、つい先程たった一撃で瀕死の状態まで追い込んでいる。
だが、この決闘に勝利したところで、プライドの高いレイリスが折れるとは思えない。
後日、また再戦を申し出てくるか、無理やりにでも配下に引きずり込もうとしてくるだろう。
だからこそ、ここで"格"の違いを見せつけることで、完膚なきまでに心を折りにいったのだ。
天才VS勇者の世紀末対決は、まさかの展開を迎える。
光による容赦のない攻撃により、致命傷を負ったレイリス。
天才と呼ばれ、エリート街道まっしぐらだった彼がこれからどんな行動を見せるのか。
二人の試合はまだ終わっていない――




