【第19話】学院行事に向けて本格的に練習開始!のはずが...
魔法学院に入学してから、木乃葉と目が合う回数がやけに増えた。
教室の隅っこでただ一人ボーっとしながら、ふと過去を振り返っていた光。
(本当はもう、普通に話してもいいんだろうな.....)
この世界で光の中学時代のことを知る人間は、現状木乃葉だけだろう。
そもそも、光は地元から離れた高校に通っていたので、同じ中学出身の生徒は木乃葉と他数名程度。
つまり、高校に上がった時点で彼女と仲直りしても特に問題はなかったはずなのだ。
中学校時代のことなんて、高校に入ればある程度は水に流されるものだから。
それでもお互い関わらない様にしていたのは、親友同士ならではの何か複雑な想いがあったからだろう。
~ フォルティス魔法学院 1-A教室にて ~
「はぁ.....」
「まーた溜め息ついてる。 もう、どうしたんですか?」
過去のことを思い出して、ブルーな気分になっていた光に声を掛けてきたのは、大天使シルヴィア様だ。
相変わらず美人で、ニコニコしていて、まさに最上の目の保養である。
「いや、ちょっと遠い昔の友人のことを思い出してさ。」
「むっ.....もしかして前に話していた女の子ですか?」
何故だか知らないが、シルヴィアはムッとした表情で食い気味に聞いてきた。
「そそ。 つくづく人間関係って面倒だなって思うわマジで。」
そう呟くと、光はまた溜め息をつきながら教室から出ていってしまう。
「むむむ.....」
一方、シルヴィアは頬を膨らませ、物凄く不満そうな顔で光の後ろ姿を睨んだ後、自分の席へ戻っていった。
~FOD開幕12日前・実践練習開始~
出場種目の割振りが終わり、本格的な練習が始まった。
基本は種目ごとに分かれ、セシルが出した練習メニューをひたすらこなすのみ。
「昨日発表した通り、三刀屋、九条、グリフレッド。 お前らが個人戦の選手だ。」
『はい!』
「個人種目ということで不安もあるかもしれんが、自分の力をアピールするのにはうってつけの場でもある。 君達にはこのチャンスを是非とも活かしてもらいたい。」
他2つ種目と違い、勝てば手柄は全て自分のものになる。
個人戦で活躍した生徒は、学院内で大きな権限を持つ生徒会への加入も検討して貰える為、出場する選手は皆必死だ。
「お前ら三人ならいいとこまで行けるはずだ、頑張れよ。 特に三刀屋、お前は絶対に優勝しろ、いいな?」
「.....そんなにプレッシャー掛けないでくださいよ。」
セシルが個人的に期待を寄せるくらい、光はかなり高く評価されているようだ。
「私も三刀屋には負けてらんないなー。 気合入れて練習しよっと。」
「ア、九条サン、ボクも負けマセンヨ。」
以前よりも少しだけ人と話すようになった光だが、生物として完全に格上の九条には弱いまま。
すると突然、ロボットの様なカタコトで会話をすることしか出来ないこの男に、九条さんは有難い言葉を言って下さったのだ。
「前から思ってたけどそのよそよそしい態度は何? 確かに高校では話したこと一回も無かったけどさ、せっかくこっちで会えたんだから仲良くしようよ。」
(え?急に何言ってんの、この人.....つーか、話したこと一回だけあるけどな、一回だけ)
九条は意外にも、光に対してフレンドリーに接してくる。
そこに悪意はなく、普通に友達として付き合っていきたいと思ってくれているのだろう。
用心深くて捻くれている光でも、それくらいは分かっていた。
「そ、そうだな...お互い頑張りま...頑張ろう。」
「おう!」
(この僕を差し置いてペラペラと...)
良い感じのやり取りをしている二人の傍にいたのは、個人戦のもう一人の選手であるグリフレッド。
彼は、元クラスメイト同士の会話についていけず不満をあらわにする。
「君たち、僕も同じ個人戦の選手なんだ...これからよろしく頼むよ。」
作り笑顔で、無理矢理にでも話に割り込むグリフレッド。
「えっと、前髪が面白い人だよね、よろしく。」
「なっ!!!」
(ぷぷ...)
九条の返しがツボに入ったのか、光は笑いをこらえきれない。
「な、何がおかしい三刀屋 光! これはそもそも君のせいで――」
「はいはいそこまで。 さっさと練習始めろお前ら。」
『すいません...』
無駄話が過ぎるところをセシルに咎められ、ようやく練習が始まる様子。
選ばれた他の2名が九条とグリフレッドだと知った時はどうなることかと思ったが、案外うまくやっていけそうな光であった。
~数時間後~
「今日のお前らの練習はここまで。 昼休憩取ったら教室戻って自習しろ。 サボったら〇すからなー。」
(.....前から思ってたけど、口が悪すぎるだろこの人)
「あ、これからスペクトラムのメンバーが向こうのスタジアムで練習するから、気になるなら見てても構わんぞ。」
7対7の種目のスペクトラムには、木乃葉が選出されている。
(スペクトラム...ちょっと見ていくか)
彼女のことが少し気になる光は、教室とは逆方向にあるスタジアムへ向かった。
「あれ三刀屋、練習見ていくのか。 あ、もしかしてお前、木乃葉のこと狙ってたり?」
九条の茶化しにビクッと反応してしまう光だが、ここはあくまでクールに返す。
「んなわけないだろ...どんな種目なのか気になるだけだ。」
「なんだつまんねーの。 じゃあ前髪くん、うちらは教室戻ろうぜ。」
「だ・れ・が前髪くんだ!! 君は少し容姿がいいからって人のことを――」
九条とグリフレッドは、あれはあれで案外相性がいいのかもしれない。
(あいつら仲良いな...とりあえず腹減ったし、昼食買ってこよっと)
光の生活費は学院から支給されているが、無駄使いは厳禁。
体たらくな生活をしていることが王にバレれば、首が飛ぶ可能性があるからである。
(ククク...今日は贅沢にコッペパンと牛乳にしよう.....って木乃葉?!)
神様の悪戯というのは、本当に存在しているのかもしれない。
なんと光が売店へと向かう途中、同じく移動中の木乃葉に偶然にもエンカウントしてしまったのだ。
周りには誰一人おらず、物音ひとつしない静かな廊下。
木乃葉に話しかけるには絶好のチャンスだった。
(やばいやばいどうしよう...4年以上話してないし、こっちに来てもまともに話してないし、そもそも俺からもう関わらないでくれって言ったんだし...やばいやばいやばい)
パニック状態になり歩く足が止まっている光に対し、木乃葉は何食わぬ顔でこちらへ歩いてくる。
以前の光なら、おそらく何も言わずに通り過ぎるか、木乃葉から声を掛けてくれるのを待つことしかできなかっただろう。
しかし、この世界でシルヴィアと出会ったことで、光の中で何かが変わり始めていた。
(クソ、過去の話がなんだ! 何年も前の話だし、今は異世界にいるんだからもう時効だろ! やってやるぜ!)
ついに光は覚悟を決めた。
―――木乃葉!!!!!!
今出すことが出来る、最大ボリュームの声で木乃葉の名前を叫んだ。
中学1年の夏以来に名前を呼ばれた木乃葉は、どう反応するだろうか。
喜ぶのか、泣くのか、引くのか、無視するのか。
結果は、その中のどれでもなかった。
「っうひゃあ!!!!!」
――バタンッ!!
「あ」
光の声の大きさと、そもそも話し掛けられるとは全く思ってなかったことが相まって、驚いて気絶してしまったのだ。
「ちょっ...木乃葉、大丈夫か?! マジかよ、気絶してやがる...」
感動の再会シーンになるかと思いきや、まさかの展開。
あまりの"持ってなさ"に自分に呆れる光だが、急いで保健室に木乃葉を運んだ――