【第18話】俺がぼっちになった理由を話そうと思う
光と木乃葉、唯一無二の親友だった二人。
この関係はずっと続いていくものだと、お互いがそう思っていた。
~ いまから4年前 ~
時は過ぎ、光と木乃葉は中学校へ進学した。
環境が変わっても二人の仲の良さは変わらない。
しかし、中学生と言えば、周りの目が必要以上に気になる年頃。
その為、以前と比べて二人で行動する時間は減ったが、それでも親友であることに変わりはなかった。
当時の光は、どちらかといえばヤンチャなタイプの生徒。
勉強はサボり気味だが、友人はそれなりにいて、充実した日々を送っていた。
そんなある日、とある事件が発生する。
クラスメイトの一人、優等生の田中君が何者かに暴行され、お金を巻き上げられる事件が起きたのだ。
光が通っている中学校は三年生が荒れていることでも評判で、こういった事件は以前もあったらしい。
そして、事件から2日ほど経ち、被害を受けた田中君が頬にアザを作った顔でクラスに入ってきた。
『田中君!大丈夫かよ?!』
『誰にやられたの??怖い先輩とか??』
『同じ1年にやられたとかじゃねえよな?!』
クラスメイトらは、田中君を心配して一斉に声を掛ける。
当の田中君はしばらく無言のまま、教室内を何やらキョロキョロと見まわしていた。
クラスメイト達の質問攻めタイムが落ち着くと、挙動不審だった田中君が、ついに口を開く。
そして、震えた声でこう言った。
「......み、三刀屋くんにやられたんだ。 その.....体育館の倉庫で。」
田中君の発言に、教室内の時間が一瞬止まる。
いま、確かに彼はこう言った。
"光にやられた"
と。
席でボーっとしていた光は、自分の耳を疑う。
(......は?俺?)
そして、すぐさま今の状況を把握し、このままではまずいと否定に入る。
「お、俺がそんなことするわけねえだろ! 田中、悪い冗談はやめてくれ!」
光は必死に弁明する。
当たり前だ、彼はそんなことやってない。
完全に冤罪である。
しかし、周りの反応は光が求めていたものとは違った。
『マジかよあいつ...ひでえ』
『田中君が優秀だからって、暴力とか...最低』
『言われてみれば、三刀屋ってちょっと不良っぽいよな...』
なんと、クラスメイトらは何一つ疑うことなく信じてしまっていた。
優等生の田中君が嘘をつくはずが無い。
どちらかというとヤンチャタイプの光ならやりかねない。
クラスメイト達の目にはそう映ったのだろう。
「み、みんな...俺はそんなこと...やって―――」
こうなってしまったら、もはや手遅れである。
この瞬間、光に向けられているのは、軽蔑するような冷たい視線のみ。
もう教室内の生徒の中に、彼の話に耳を傾ける人間は誰一人としていなかった。
~ その日の放課後 ~
当然、光は納得がいくわけもなく、田中君本人を呼び出して問い詰めた。
「......用件は言わなくても分かるよな?説明しろ。」
「仕方なかったんだ...三年の山田先輩に脅されたんだよ...」
山田先輩とは、この学校屈指の不良で下級生の間では超有名人。
「先輩に殴られた後、犯人は三刀屋くんってことにしろって...じゃないと今後も同じことをやり続けるって言われたんだ...」
あまりにも理不尽な話だが、荒れている中学校なら十分にあり得る話である。
要はハメられてしまったのだ。
「事情は分かったが、俺は山田から直接恨みを買うようなことなんてしてねえぞ。」
「確か、風見さんがどうとか言ってたのは覚えてる、殴られたとこが痛くて良く聞こえなかったけど...」
「はあ?何で木乃葉が出てくんだよ、あいつは関係な――」
その時、とある記憶が光の中で蘇る。
~一ヶ月ほど前~
ある日の放課後、木乃葉は校門付近で山田先輩に絡まれていた。
「風見 木乃葉ちゃんだよね? マジ可愛いわぁ...そうだ、これからゲーセンいかない?」
「い、いえ私はこれから用事があるので.....」
「まあそう言うなって。 俺の仲間つええから、他校の奴に喧嘩売られても余裕だぜ?」
山田先輩は、以前から木乃葉に目を付けていたらしい。
ブルブルと怯えながらも木乃葉は何とかして断ろうとするが、しつこく誘い続ける山田先輩。
その時、丁度光が昇降口から校門へ向かってきた。
「.....あ!光くん! ごめんなさい先輩、私用事があるのでこれで......!」
「ちょ、待ってや木乃葉ちゃん!!」
木乃葉は何とか山田先輩から逃げ、光の元へ走っていく。
「光くん!一緒に帰ろ!!」
「おう、いいけど何かあったのか?」
「それが―――」
(......そういえばあの時、山田にすげえ睨まれてた気がするな.....腹いせにしてもやり方が汚すぎるぜ)
この日の出来事がきっかけで、山田先輩は光を逆恨みし、いつかハメてやろうと目論んでいた可能性が高い。
原因のくだらなさに、呆れて溜め息をつく光。
「三刀屋くん本当にごめん...僕のせいで――ゴファ!!!」
そして、光は田中君の顔面を一切の手加減も無しに、全力で殴りつけた。
「痛い....ううっ....ごめん....本当にごめん....」
鼻血がドバドバと流れてきているが、田中君はそれを抑える素振りすら見せず、両手を床に置き、ただ謝り続ける。
きっと彼だって悪いとは思っているのだろう。
それでも、中学校の先輩という存在には決して逆らってはいけない。
たった一年か二年早く生まれただけだというのに、異常なほどに恐ろしく、強大に感じてしまう。
逆らってはいけないのではなく、逆らえないのだ。
たとえそれが、クラスメイトの一人をどん底に陥れることになったとしても。
「それで勘弁してやる。 だけど、次またハメようってんなら.....その時は―――」
「この借りはいつかちゃんと返すよ.....必ず。」
この一件以降、光はクラス内のみならず、学年全体から無視をされることになる。
ただし、いじめや嫌がらせは無く、徹底的な無視のみ。
というのも、光は「暴行して金を奪うような輩」という認識をされている為、下手に刺激すると今度は自分の身が危ない。
他の生徒達は皆そう思っているので、出来る範囲での最大の嫌がらせを考えた結果が「無視」だったわけだ。
それから何日か経過した頃、光が教室から出ていこうとした時、今の状況を見かねた木乃葉が声を掛けてくれた。
「......私、光くんはそんなこと絶対にしない人だって分かってるよ。」
彼女に以前の様な笑顔は無かった。
自分が以前救って貰ったように、今度は自分が目の前の親友を救ってあげたい。
ただそれだけの為に、顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうな表情をしながらも、勇気を出してそう言ってくれたのだ。
しかし、中学生という生き物はそんなに甘いものではない。
気付けば、クラスの雰囲気は一変していた。
なんと田中君以外の全員が、裏切り者を見るかのような目で一斉に木乃葉を睨んでいたのだ。
(まずい.....このままだと木乃葉まで.....)
この時点で光はもう察していた。
今後、木乃葉の身に何が起きるのかを。
ひとまず今は、彼女の手を引いてその場から去るほかない。
「.....行くぞ、木乃葉。」
「う、うん...みんな、バイバイ....!」
嫌な汗が止まらなかった。
元を辿れば、光は何一つ悪くない。
だが、結果的に自分のせいで木乃葉を巻き込んでしまうかもしれない。
いや、もう巻き込んでしまっただろう。
そう考えたら、自分自身が無視されていることなんかより、何倍も、何十倍も胸が痛かった。
~ 翌日 ~
「み、みんな、おはよう...!」
―――シーン
翌日からは案の定、木乃葉も無視の対象になっていた。
つい昨日までは、彼女が教室で挨拶をしようものなら、男女問わず全員が最速で返してくるほどだったのに、今日は誰一人返そうとはしない。
それどころか、ヒソヒソと陰口を言っている生徒までいる。
木乃葉は悲し気な表情を浮かべながら、肩身を狭そうにして自分の席に座った。
(.....もう迷ってる場合じゃねえな)
この悲惨な状態を見て、光はあることを決心する。
それから一週間ほど経ち、放課後、木乃葉と光は二人で下校していた。
「俺のせいで巻き込んじまったな.....悪い。」
「んーん.....皆と話せないのは寂しいけど、私は光くんと一緒に居たいから別にいい。」
「そうか....」
「うん......」
そんなやり取りをした後は、なぜだかお互い一言も発さず、ただただ帰り道に沿って歩いた。
しばらくして、木乃葉の家の前に到着した二人。
「じゃあ私はここで! また明日学校で―――」
「......木乃葉!!」
光はいつになく重い表情で、彼女の名前を呼ぶ。
「ん、なに?」
木乃葉は不思議そうに首を傾げ、で光に問う。
同時にポツポツと雨の降る音が聞こえてきた。
今日の降水確率は、確かに0%だったはずなのに。
「.....雨降ってきちゃったね、傘一個貸そうか?」
次第に雨は激しさを増し、道路に立ちつくす二人を打つ。
その勢いが止むことは無く、徐々に徐々に強くなっていく。
気付けば、髪の毛と制服が、まるでバケツいっぱいに入った水を一度に浴びたかの様に濡れていた。
それなのに、光は一向に話の続きをしない。
何も言わず、ただ黙って俯いているだけの時間がしばらく続いていた。
「.....ねえ、早く帰ろ? そうだ、光くんさえ良ければ家に来ても大丈夫だよ? 制服は乾かさないとダメだけど....」
このままでは二人共本当に風邪をひいてしまう。
「.....光くん、聞いてる?」
「.....ああ。」
ついに、光がその口を開いた。
こんな嵐の様な土砂降りの中、木乃葉の呼び掛けに答える素振りすら見せずに、彼がずっと考えていたこと。
それは、親友である二人にとって、最も恐ろしいことであり、何よりも悲しい選択であった。
「もう、なんで黙ってたのー? 見てほら、靴下までびしょ濡れだよ。」
「.....あのさ。」
「ん?」
「.....今後一切、俺と関わらない様にしろ。 これはお願いじゃなくて命令だ。」
「え......なんで?」
「言わなくても分かるだろ。 木乃葉が周りに無視されてる原因は俺だ。」
「それはそうかもしれないけど、でも私は―――」
光は木乃葉に話す隙を与えず、続ける。
「俺は別に、自分がどんな扱いを受けようと構わない。 気にしてないからな。」
実際、周りから無視されても気にならない、というのは光の本心だ。
この頃から捻くれ者の素質自体はあった為、きっと明日からも平気な顔で登校するだろう。
しかしこの瞬間、すぐ目の前にまで迫っている、"親友"との別れ。
これが平気なわけはなかった。
有象無象のクラスメイト達とはわけが違う、かけがえのない存在。
そんな彼女を守るため、自分の感情は無理矢理押し殺し、苦渋の決断したのだ。
光にとってどれだけ木乃葉が大切な存在なのか、声の震え方を見れば分かる。
雫が一滴落ちる音と共に今にも消えてしまいそうな、細く、弱く、切ない声。
いま彼の目から流れているのは雨などではない、本物の涙だった。
「だけど俺は.....俺は!!!!.......木乃葉が苦しむ姿だけは見たくないんだ......だから......頼むよ。」
光が頭を下げてそう言うと、木乃葉は地面に泣き崩れる。
「やだ......」
いつもはわがままを聞く側だった木乃葉が、ここにきて初めてわがままを言った。
そんな姿を親友に見せられて、動揺するなと言う方が無理な話だ。
ここで「やっぱり今の話は無し!明日からもよろしくな!」なんて言うのは簡単だ。
そうすれば、今まで通り木乃葉と一緒にいられる。
だが、それでは意味がないのだ。
自分が独りぼっちになることで、木乃葉が救われるというのなら.....
――――――――俺はそれでいい。
たとえそれが、木乃葉本人の意思に反していたとしても。
「.....じゃあな、木乃葉。」
どうすることもできない、行き場のない怒り。
歯を食いしばって抑え込むことしか出来ない。
一方的な別れの挨拶だけ残し、光はその場を去る。
すぐ後ろで木乃葉が泣いている。
何度振り返ろうとしたことか。
何度謝ろうと考えたことか。
それでも光は、歩みを止めることなく、深い暗闇の中へ進み続けた。
誰もいない、孤独な夜道へ―――
予想通り、木乃葉はしばらく経つと元の人間関係を取り戻した。
無論、"三刀屋 光"という人物との関係を除いて。
あの日から卒業まで、光と木乃葉は一度たりとも言葉を交わしていない。
そして光はこの一件以降、誰に対しても心を閉ざすようになり、高校生になる頃には他人と会話をすることさえほとんど無くなっていた。
偶然、木乃葉とは高校も同じ学校であったが、二人の関係が変わることは無かった。
そんな二人が異世界で出会ってしまった今。
彼らの関係は、もう一度動きだそうとしていたのである―――