【第17話】風見 木乃葉
~セシル=アンベール講師の研究室 にて~
演習場の壁を見事なまでに破壊した光は、グラウンド1000周を終えた後、セシルに呼び出されていた。
「三刀屋、あの黒い魔法はなんだ?」
「俺にも詳しくは分からないですけど、使える魔法の色は全部黒です。」
光の返答に、セシルは顎に手を当て、珍しく真剣な表情で何かを考えている。
「単刀直入に言うが、お前のその......黒属性だか闇属性だか知らんが、変な魔法はあまり多くの人の目に晒すべきものではない。」
(......これ、デジャブってる)
光は、マール村でギルド登録をした時の受付人に、全く同じことを言われたのを思い出す。
「とは言え、魔法が使えないんじゃ学院にいる意味がないし、何かと生きにくさを感じることだろう。」
「ええまあ...」
「そこで提案だが、 お前のその黒い魔法は"精霊"によるもの、という設定にすべきだ。」
「エレメンタル、ですか?」
セシルの提案は多少無理矢理だが、今考えうる中では最善の策かもしれない。
精霊の姿形は召喚士のイメージによって形成されるものであり、その形に決まりは無いと言われている。
つまり、普段は真っ黒で全身を覆うオーラの形をしていて、召喚士の指示によって盾や矢、時にはビーム状に変形する精霊がいても、おかしくはない。
もちろん、そこまで極端に姿形を変えられる精霊は今まで報告されていないが、ギリギリ通るレベルの嘘設定だろう。
「ってことで、今日からお前はエレメンタルを名乗れ。 精霊の名前も決めておけよ。」
「名案、感謝しますセシル先生。」
「他の生徒や講師にもそう言っといてやるから安心しろ。 あ、でも壁壊したのは許さんからな。 次やったら弁償させるぞ。」
「.....以後、気を付けます。」
こうして、セシルの担任教師らしいファインプレーにより、光はこれからも自由に魔法を使えるようになったのであった。
~翌日~
「えー、じゃあこの前の授業の結果を踏まえて、FODのメンバー割振りをしたから発表するぞー。」
チーム1-Aの人数は20人。
スペクトラムで7名、団体の模擬戦は2グループ出場するため10名、個人の模擬戦は3名という人数配分になる。
シルヴィアは団体戦のAグループに、光は個人戦に割振りされた。
(.....個人戦か、俺にしては珍しく当たりクジ引いたぜ)
この男はどう見ても個人戦向きの能力であり、本人もそれを望んでいた模様。
光が心の中でガッツポーズを決める中、教室内ではいつのも流れが起きていた。
『シルヴィア様と同じグループだ!うおおお!!!』
『お前ふざけんな俺と変われ!!』
『あんたさー、シルヴィア様に迷惑かけないでよー?』
個人戦専用機の光に対し、シルヴィアの鉄壁の守りと治癒魔法は団体戦では無類の強さを発揮するだろう。
(あいつらにシルヴィアを任せていいのだろうか.....個人戦と団体戦、両方出させてくれればいいのに)
当日、選手が何らかのトラブルで出場できない場合は代理を立てることもあるが、望みは薄い。
頼りないメンバーとシルヴィアが組むことへの不安と少々の妬みから、はぁ.....とため息をつく光。
そんな彼に、突然クラスメイトの一人が話しかけてきた。
「へー、三刀屋も個人戦なんだ。 まあ、前の授業で化け物みたいな精霊使ってたしそりゃそうか。」
光は「うぇ?」とだらしない声を漏らし、自分に話しかけてきた相手を見る。
するとそこには、予想外の人物が立っていた。
「く、九条 鈴音......さん。」
「おっす。」
なんと、話し掛けてきたのは元クラスメイトである九条 鈴音。
入学式以来一度も話していなかった為、徹底的に無視してくる感じかと思っていた光は、驚きを隠せなかった。
目はキョロキョロと泳ぎ回り、嫌な汗が首元を伝う。
キョドりすぎて、せっかく話し掛けてくれた彼女の方を向くことすらできない。
「三刀屋、こういう行事に参加してるイメージ全くないけど、お互い頑張ろうな。」
「ア、ハイ.....がんばりましょう......」
九条はたった一言そう話すと、ニッと笑いながら友人たちの所に戻っていった。
(うわー......ビビった。でもあの様子だと別に嫌われてるわけではないのか......?)
九条は元の世界でモデル業をやっていたような人間だ。
きっと、光のことなんて眼中にすら無かったはず。
そのおかげで、好かれてもいなければ嫌われてもいない、ただのクラスメイトという認識で留まっていたのだろう。
(そういえば九条はドラグーンだったな.....確かに殴り合いをしたらめっちゃ強そう)
なんとも失礼なことを考えながら九条の方を見ていると、傍に居た木乃葉と目が合ってしまう。
『あ』
焦った光はすぐに目を逸らすと、わざとらしく腕を組み、何かを考えている振りをして誤魔化す。
こういったしょうもないテクニックは大の得意分野である。
(.....こっちの世界に来てから、やけに風見と目が合うんだよな)
ホームルーム中、講義中、実技中、昼休み、放課後など、事あるごとに目が合うこの二人。
その際、光はすぐに逸らしてしまうのだが、木乃葉は毎回何かを言いたそうな様子を見せていた。
実はいうと彼女のその態度には訳があり、光はその理由を誰よりもよく知っている。
お互い内向的な性格の為、言いたいことがあっても言えない関係が長いこと続いていたのだ。
(.....風見 木乃葉、か)
~8年前~
「木乃葉ー! 早くこっち来いって! クワガタいるぞ!!」
「分かったからちょっと待って.....光くん.....。」
当時小学校三年生の光と木乃葉。
この頃の光は今とは真逆で、むしろ外向的かつ誰とでも仲良くなれる少年だった。
一方、木乃葉は人見知りが激しく、休み時間などはいつも一人で本を読んでいる様な少女だった。
そんな対照的な二人が仲良くなったきっかけは、いかにも小学生らしいシンプルな出来事。
ある日の放課後、木乃葉は図書館でたった一人、窓際の席に座って読書をしていた。
たびたび窓の外を覗き、同級生が外で元気に遊んでいるのを見て、羨ましそうにしながら。
そして、彼女のその寂し気な姿を偶然にも光は見てしまう。
丁度彼もその時、借りていた本を返しに図書館に来ていたのである。
当時の光は純粋だった。
特に深くは考えず、興味本位で木乃葉の元へと吸い寄せられるように近付いていくと、自分でも無意識のうちに声を掛けていたのだ。
「あ、俺その本知ってる! あれだろ、いじめられっこの悪魔が、ある日突然凄いパワーを神様から貰って、それで他の悪魔たちに仕返しをする....みたいなやつ!」
「......え?」
「俺ん家にも同じ本あったからちょっとだけ読んだんだ! 君、名前なんて言うの?」
「.....風見 木乃葉。」
「木乃葉か! カッコいい名前だな! 俺は三刀屋 光!! そうだ、これから皆と公園行くんだけどさ、一緒に来いよ!!」
「......うん、いく。」
些細なきっかけだがこの日を機に、木乃葉は徐々に他のクラスメイトとも話すようになっていく。
以降、同性の友達も順調に増えていった彼女。
しかし、一番親しい友人は変わらず光であり、学校が終わった後などは常に一緒だった。
二人の関係は高学年になっても変わらず、勿論中学校に上がってもそれは変わらない......そう思っていたのに―――