【第15話】王女殿下には一生敵いません
「カッコ悪いから今まで黙ってたんだけど、実はそうだったんだ。」
「.....えっと、あの―――」
光は、今まで自分がどんな学生生活を送ってきたのか、正直に話すことにした。
ぼっちで、根暗で、コミュ障で、捻くれ者で、パシリにされても反撃一つ出来ない弱虫だったこと。
元クラスメイトがこの魔法学院に三人入学しており、また同じクラスになってしまったこと。
そして、そのクラスメイトたちは自分のことを"下"に見ているということ。
面倒な事にならない様、転生諸々の話はうまいこと伏せつつ、端的に伝えた。
「だから、俺みたいな奴と話している所を天谷とかに見られたら、シルヴィアまで変な目で見られるかも...ってこと。」
「なるほど、つまり光さんはお友達が1人もいなくて、とてもとても悲しい学院生活を送っていたってことですね?」
「ア、ハイ.....ソウデス.....」
シルヴィアに爽やかな声で自分の惨めな人生をリピートされ、特大ダメージを受ける光。
「それなら、私が友達第一号ってことでいいじゃないですか、ね?」
「...え?」
「だから! その、ぼっち?だった光さんの友達第一号は私です! だから教室でも普通に話しましょう! それでいいじゃないですか!」
シルヴィアの発した言葉に、光は思う。
今まで、どれだけ惨めな学生生活を送ってきたことか。
誰とも会話せず、休憩時間も昼食も常に一人きり。
周りが楽しそうにしているのを嘲笑い、自分は一人の方がいいと言い聞かせる。
挙句の果てに、修学旅行の移動中に、墜落事故が起きることを心から願ってしまうような始末。
そんな男の為に、一昨日出会ったばかりの少女が優しい言葉をかけてくれた。
たとえそれが本心じゃなくても構わない。
それでも、今はこのシルヴィアの優しさに甘えたくなってしまった。
「中学.....いや、前に通ってた学院でさ、ちょっとしたことで周りから無視されるようになって.....そんな俺に以前と変わらず声を掛けてくれた女の子が一人いたんだ。」
「お、女の子ですか...。」
光の過去話の中で、特に重要ではない部分が無性に気になったシルヴィアだが、そのまま聞き手に回る。
「そのせいで、今度はその子まで周りから無視されるようになってしまった。」
いじめられている生徒と仲良くしようとした生徒が次のいじめのターゲットになる、なんてのは良くある話。
冷静に考えてみれば酷い話だが、子供というのはある意味大人より残酷な生き物なのだ。
「それ以降、俺はその子と話すのをやめた。 そうしたら案の定、その子は元通りの人間関係を取り戻せた。」
「なるほど、その女の子がやったことと、今私がしようとしていることが同じだから――ってことですか?」
「まあ、そんな感じ.....。」
光が自分の惨めさから、顔を上げられずに俯いていた時。
突然、小さな手が自身の頭部に触れるのを感じた。
「私は仮にも王女です。 誰かに無視されるのは悲しいことですが、その程度で屈するほどヤワではありません。」
「.......」
光はまだ顔を上げられない。
そしてシルヴィアは、小さくて柔らかい、でも誰よりも暖かいその手で、光の頭を優しく撫でる。
「そんなことよりも、学院であなたと話せなくなる方が私にとっては悲しいのです。 ですから、余計なことは気にせず普通に接してください。 何かあれば、私があなたを守ります。」
光は思わず涙が零れてしまいそうなのを必死にこらえる。
多分、油断したら一瞬で顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってしまうだろう。
鼻をすすり、ゆっくりと顔を上げ、目の前の"友人"にこう言った。
「.....シルヴィアさえ良ければ、これからも仲良くしてもらえると嬉しい...です。」
光がそう言うと、シルヴィアはいつもの笑顔で答える。
「喜んで。」
そう答えた彼女の顔を、光は色々な感情が交錯し、直視できなかった。
「あ、言っとくけど守るのは俺の役割だ。 そこは譲らない。」
「はいはい。」
10:0で光の方に原因がある仲違いだったが、こうして関係を取り戻した二人。
結果だけを見たら、光はグリフレッドという生徒に感謝しなくてはならないのかもしれない。
自分に友達が出来たという事実を噛み締め、喜びに浸りながら帰り道をゆく三刀屋 光の姿が、そこにはあった。
~翌日~
1-Aの教室では、相変わらずシルヴィアの周りに人だかりが出来ていた。
容姿だけでなく性格まで完璧な彼女。
男子にも女子にも人気爆発中で、他教室の連中にはサインを求める輩までいるようだ。
教室内が活気にあふれている中、教室のドアが開く音がする。
―――ガラララ
入ってきたのは光だった。
『あ、来たぞあいつ』
『昨日なんて、裏庭で喧嘩してたって噂もあるよ』
『ほんとに?こわー』
昨日と同じく、光への嫌味が飛び交う教室内。
(...はいはい、勝手に言ってろ)
それでも、光は慣れてると言わんばかりに自分の席へ行った。
そして、光が一限目の授業に使う教科書を準備し始めた時、耳を塞ぎたくなるほどの大きな声が、突然目の前で響き渡った。
「おっっっっっっっっっはよーーーーーーーございまーーーす!!!!!!! 光さんっ!(ニコッ」
馬鹿みたいに大きな声で光に挨拶をしたのはシルヴィアだった。
その声によって、さきほどまでざわついていた教室は一斉に静かになる。
悪目立ちすることが嫌いな光は、眉をピクピクさせながら言う。
「......シルヴィア、いくらなんでも限度ってものが―――」
「 "いつも"と同じように、教室でも仲良くしてくれるって言いましたよね?」
シルヴィアは、"いつも"という部分をやけに協調してそう言った。
すると、再び教室内がザワつき始める。
『いつもってどういうことだ?』
『もしかしてあいつシルヴィア様とただならぬ関係なんじゃ』
『だとしたら許せねえ!なんであんな奴が!』
(あーあ、またやっちまったよ...でも今回はさすがにシルヴィアが悪いだろ、これ)
周りの生徒がザワついている。
しかしそのザワつきの内容は、光が良く知るものとは少し違っていた。
「三刀屋って言ったよな...お前シルヴィア様とどういう関係なんだよ、教えてくれよ!」
「な、なあジュース奢ってやるから、シルヴィア様のこと色々聞かせてくれよ...色々とな」
「お前、さすがに抜け駆けはねーわ...いやまじねーわ...俺も混ぜろよ」
今まではヒソヒソと嘲笑するだけだったクラスメイトが、今は光の席まで来て、普通に話し掛けてきている。
それには悪意は感じられず、ただ純粋に光とコミュニケーションを取ろうとしているものだった。
「別に特別な関係とかじゃ...いや特別って言えば特別か...あっ」
『おいこいつやっぱ何か隠してるぞ! 無理矢理にでも吐かせろ!!』
『てめえええ!!!!』
『殺す』
嫉妬心をむき出しにした男子生徒達が、一斉に光に襲い掛かろうとする。
「なっ...こいつら一斉に...屋上に逃げるしか...」
光は魔法を移動手段に使用し、高速で屋上へと逃げ込んだ。
~屋上 にて~
「ハァハァ...ったく気持ち悪りい...なんなんだよマジで。」
何かあると屋上に逃げ込む癖、この男はもう治らないのだろう。
「.....んで、何でまたついてきてんの、シルヴィア。」
「いえ、別にー?」
なぜか異様なほどニコニコしているシルヴィアがそこにはいた。
「.....なんでそんなニヤニヤしてるわけ?」
「だって、これで私が教室内で光さんと話しても、誰も文句は言わなくなりましたから。」
確かに、先程の雰囲気を見れば分かる。
シルヴィアの巧みな作戦によって、チームメイトの光に対する目は明確に変わった。
何故なら、"シルヴィア"という1-Aの教室内、いやこの「エルグラント王国のトップに君臨する王女殿下と特別な関係を持つ男」という肩書きを、周りに知らしめることが出来たからだ。
「まさか、あの馬鹿みたいにうるさい挨拶から、シルヴィアは全部狙って......」
「さあ、どうでしょう。」
シルヴィアはウインクをしながら、人差し指を口の前に立てて「シーッ」というポーズをした。
「...王女殿下には、多分一生敵わないな。」
「なんのことだか分かりませんねぇ。 あ、授業始まっちゃいますよ、戻りましょう。」
こうして、少しだけではあるが光はチームの輪に溶け込み、シルヴィアとも普通に話せる環境が出来上がった。
だが、捻くれた性格そのものは変わっていないので、今後も基本的には一人で過ごすことになるだろう。
~光が屋上へ逃げ込んだ直後の教室 にて~
『あいつ...消えたぞ。 サイキックだったのか。』
『って、シルヴィア様もいないじゃん!!』
『やっぱりあいつ...クッソーー羨ましい!!』
教室内が盛り上がっている中、グリフレッドが教室に入ってきた。
「あれ、グリフレッド君、前髪ぱっつんにしたの?」
「...ああ、ちょっと気分転換にな。 似合うだろ?」
彼は、少し熱くなりやすい性格なだけで、決して悪い奴ではない。
恨みを晴らすために、ここで光が不利になる情報を流すことも可能だが、そんなことはしなかった。
一方で、元クラスメイトである三人娘の間でも、光は少し話題になっていた。
「なんかあいつ、ちょっと変わった?」
「分かる―、シルヴィア様と話してる時とか、今まで見たこと無い様な顔してたし。ねえ木乃葉?」
天谷と九条がそう木乃葉に問うが、彼女は少し考えてからこう答えた。
「ううん、全然変わってないよ。 光くんは昔から、凄く優しい人―――」