【第100話】呪われた娘⑧
『ヴオオオオオ!!!!!』
私と母が後ろを振り向いた瞬間だった。
何者かが猛獣の雄叫びの様な声をあげながら、私に向けて大剣を振り下ろそうとしている姿が、私と母の目に映ったのです。
「......あ」
「伏せて!!! ルーナ!!!」
ここにきて、森の静寂がついに破られた。
鋼と鋼が衝突する音が辺り一帯に鳴り響く。
刃が身体に触れる手前で母が防御魔法を使い、私を守ってくれたのです。
「くっ......普段は見る機会がまずないから、すっかり忘れてたわ......ほんと最悪......」
押されながらもなんとか大剣を受け止めつつ、母が強い目つきで見据える先に立っていた人物。
この一件の主導者と言っても過言ではない、あの人。
―――――マ―リス村の村長であり......私の父の命を奪った男、オーゲン=フランツ。
「フハハハハ!!!! どうだレイナ!! これが俺の精霊、ゴリアテ様のパワーだ!!!」
「......だから最悪だって言ってるでしょ......この馬鹿力......」
村長はエレメンタルで、ゴリアテという鉄の鎧を身に纏った兵士の様な精霊を仕えていました。
屈強な図体から繰り出される高威力の攻撃はさることながら、機動力も飛び抜けて優れていると聞いたことがあります。
人間では超えることさえ困難なこの森も、あの精霊なら一周や二周するくらいは造作も無いはず。
おそらく村長は、精霊を森に放ち、自由に動き回らせて、私達の居場所を探らせたのでしょう。
そうすれば、自分は体力を無駄に消耗することなく、効率的かつ確実に"狩り"が出来るわけです。
「さて、こっちはゴリアテに任せるとして......んじゃ俺は......ケヒヒヒッ......」
不快な笑い方をしながら、私の方を見て舌なめずりをする村長。
以前の様な優しかった村長は、もういない。
ここにいるのは、呪術に目覚めた子供を抹殺することだけを考えた、殺人鬼そのもの。
「お前のような化け物は、この村には必要ないってことを思い知らせてやる......クク.....ガハハハハッ!!!!」
村長が増して大きな声で笑い始める。
すると直後.......
『お、いたいたァ......村長、殺さずに待っててくれたんすね?』
『さすが村長! 太っ腹だなあ!!』
『俺達の村の平和を一夜にしてぶち壊したその罪、死をもって償わせてやる!』
村長が立つ後ろの木陰から、一人、二人、三人.....合計十人と、ぞろぞろと村人たちが姿を現し始めました。
彼らもきっと、ゴリアテが呼んだに違いない。
「......あらあら、これは皆さんお揃いで.......まったく、今日がルーナの誕生日だからって張り切りすぎじゃない?」
『終ワリダ......ノロワレタ娘の母親ヨ......!!!!!』
「ぐあッッ!? しまった――――――」
私を守ってくれていた盾が、ついに突破された。
更には、盾が粉砕した衝撃波で、母は後方に吹き飛ばされてしまう。
「っ!......おかあさん!!!!」
私は条件反射のように、無心で母の元へ駆け寄ろうと走った。
多分この時、私は嗚咽がするくらい泣いていた気がします。
だって、何となく分かったから。
私と母が、この後どうなるのか。
いくら8歳の子供といえど、こんな状況を前にしたら、嫌でも分かってしまいます。
―――――これから私と母は、この人達に殺されるんだって。
だからもう泣くことしかできなかった。
自らの死を覚悟したら、途端に父の死が現実であることの実感も一気に湧いてくる。
なぜ父は殺されてしまったのだろう。
なぜ母が殺されなければならないのだろう。
なぜあんなに優しかった村の人達が、突然豹変してしまったのだろう。
―――――全部、私のせいだ。
私が呪術を村長の前で使ったせいで、こんなことになってしまった。
ううん。 私が呪術なんてものに目覚めるから、いけないんだ。
いや、違う。
私なんて生まれてこない方が良かったんだ。
おとうさん、おかあさん、ごめんなさい。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
どんなに謝っても、どんなに悔やんでも、失ったものは戻ってはこない。
この先もずっと、悲しみを背負って孤独に生き続けるだけ。
―――――そんな未来しか待っていないなら、ここで死んだ方が良い。
「もう......ころしてください.........」
私の目から生気が完全に消え去った瞬間でした。
先程まで溢れるぐらいに流れていた涙も、いつの間にか枯れている。
膝をつき、しばらく虚空を眺めた後。
私は目を瞑り、自らの死を願った。