姫様誘拐事件発生につき
はじめましての人ははじめまして、そうでない方はお久しぶりだね。どうも、以前の『我が姫様とご令嬢、凶暴につき』の語り部を務めた者だよ。名前はまだないんだ。そのうち付くかも知れないね。え、何?そんなことはどうでもいいから、さっさと本題に入れ、って?つれないなあ。今日は、我が姫様…ルーチェ姫だね、その人が拐われたときの話をしようかと思って。そうそう、例のごとく時空魔法のスクロールで覗きに行けるからね。いつもわいわいしてる彼女らが真面目にしているところが見られると思う。だから今日は、僕の仕事は此処までだよ。え、何が「だから」なんだって?だって、真面目な話に僕がいたら雰囲気が崩れるだろ?君は、ちゃんと飛ばしてあげるからさ。じゃ、準備はいいね?いってらっしゃい。
ある、うららかな春の日のことであった。ファルルとウィンディが薔薇を眺めながら紅茶を飲んでいた時、伝令の兵士が薔薇の影から現れた。
「報告致します!ファルルお嬢様とウィンディお嬢様に、サラチア国王より伝言を承っております!」
ファルルとウィンディは顔を見合わせた。サラチア国王が使いを出すなど、滅多にない出来事なのだ。あるとすれば、それは式典や外交の打ち合わせか、或いは…緊急事態か。とにもかくにも、事情を聞かねば始まらない。ファルルは重い口を開いた。
「分かりました。国王様はなんと?」
「至急王の間へ来るように、とのことです!」
「…分かりました。もう下がって良いですよ。」
「はい!失礼致します!」
返事をしながら、ファルルは胸騒ぎを抑えられなかった。立ち上がったウィンディも些か表情は暗く、彼女も良い予感はしていないのだろうと思った。ファルルとウィンディは、王の間へと急いだ。
王の間では、既にカーレスとソラ、それにクロスが待っていた。三人とも少し緊張しているような面持ちである。それもそのはず、いつも威厳がありながらも笑みを絶やさないサラチア王が、一切笑みを浮かべていないのであった。
「皆揃ったようであるから、話を始めようか。」
王が平常より低い声で話を始めたのを、カーレスが止めた。
「失礼ながら申し上げます、陛下。ルーチェ姫がまだいらっしゃっていません。」
その台詞に、王はふっと少しだけ笑みをこぼした。しかし、その表情はまたすぐに厳しいものに戻ってしまう。
「そうだな、ルーチェはいつもお前たちと一緒にいるからな。実は、そのルーチェのことなのだ。」
ファルルは、胸騒ぎが一層強くなるのを感じた。この先を聞きたくない、とさえも思ったが、王は話を続ける。
「実は、ルーチェが…拐われた。」
「は…?」
ソラが思わずこぼした一言を、無礼だと咎めるものは誰もいなかった。それほどに、王の言葉は令嬢たちにとって衝撃的だった。拐われた?ーー誰が?ーールーチェが。いったい誰に?
「拐ったのはどうやらダンナイト国の者のようだ。護衛によれば、一人強力な魔道士がいたらしい。そこで、国一番の魔法使いでもあるお前たちに、ルーチェの救出を頼みたいのだ。」
5人の答えは一つしかなかった。
「「「「「仰せのままに、陛下。」」」」」
緊急事態で、なおかつルーチェのいない時は、五人の指示は国のNo.2の家系に属するファルルか、王家の血を引くクロスが務める。勿論この五人に上下関係なんてないが、人が固定されているのには理由がある。地位が高い方が指示が通りやすいのと、あとはただ単純に、一人くらい司令塔が決まっていた方が動きやすいからだ。クロスが無言でファルルを見たので、これは自分が指示を出すべきかな、とファルルは判断した。
「じゃあ…とりあえず皆、使い魔を情報収集に出してくれへん?期限は明日の朝までで、明日には攻めこむで。それぞれの仕事は、せやな…カーレス、護衛からさらなる事情聴取を。」
「分かった!」
「ウィンディは使い魔のまとめ役を。」
「オーケー。」
「ソラは明日の物資の確認を。」
「了解した。」
「クロスは、今から私の部屋に来てくれへん?作戦立てよ。」
「任しとき。」
「じゃあ、解散!明日の日が昇る頃、会議室で集合するで。」
「「「「了解。」」」」
翌日のまだ日も昇らぬころ、ファルルとクロスは共に会議室へ向かった。議論は白熱し、そのままファルルの部屋で二人とも寝落ちてしまったのだ。しかし、納得できる案は完成していた。ファルルとクロスは、少し疲れの残る、しかし晴れやかな表情で扉を開け、次の瞬間苦笑した。まだ薄暗い会議室には、ファルルとクロス、ルーチェを除いた全員の姿があった。正直まだ早いかな、と思っていたが、どうやら遅すぎたらしい。
「じゃ、始めよか。」
「まずカーレス、襲われた時の状況は?」
「えーっとな、馬車で走ってたら突然襲われたんやって。で、戦っててんけど、向こうの数が多かったのと、あと人質とられたからルーチェが捕まったらしい。他の人らはルーチェが逃がしたって。ああでも、向こうの人、魔法は使わんかったらしいよ。」
「ウィンディ、敵はどんな奴らなん?」
「巷ではコレクターって呼ばれてる貴族やね。あと、ダンナイト国は科学が発達してて、魔法なんて古い!って考えらしい。コレクターも強いけど、科学の方が好きみたいやね。そりゃ私らも科学は好きやけど、上手く共存せんとあかんわ。」
「コレクターって?」
「なんか、綺麗な物に限らず綺麗な人も集めてるって噂らしい。」
「あー、ルーチェ綺麗やしなぁ。」
「いやお前もな。つーか、それで他国の姫に手ぇ出したん?馬鹿すぎひん?」
納得の声をあげたファルルに、クロスがツッコミを入れる。そのツッコミもブーメランやけどな、と考えながら、ファルルは再度口を開いた。
「ってことは、館も守られてるよな?」
「うん。そもそも貴族やから館も広いし、門番もいるらしい。」
「OK。ハル、作戦Cやな。」
そう言ったクロスに頷く。それからウィンディと細かい情報を共有したファルルは、一つ大きく頷いてから語りだした。
「じゃあまずソラは正面突破で陽動。その隙にカーレス先頭にウィンディ、クロスも侵入。クロスはルーチェの救出、カーレスは他の捕まってる人の救出優先で。向こうは催眠ガス使ってくるって情報があるから、ウィンディはその対応な。私はとりあえず通信の届く範囲で司令塔やって、場合により援護に回るわ。あ、宣戦布告はしてないから人は殺したらあかんで。あくまで捕縛と救出優先な。」
「了承」
「はいよっ!」
「分かった」
「任せぃ!」
「じゃ、そういう手はずで。」
五人は馬車に乗り込み、交代で仮眠を取りつつ敵の屋敷へと向かった。
ソラは、館近くの森に身を潜め、館を観察していた。
(えーっと…門番が二人いるのと、まあそいつら倒せば他も出てくるだろ。)
今回のソラの仕事は敵の陽動である。出来るだけ派手に、出来るだけ多くを相手にせねばならない。脳内でシミュレーションしていると、ファルルから魔法通信が入った。
「皆聞こえてる?」
自分を含め、四人分の応答がファルルの元へ返っていった。
「じゃあ、行くで…作戦開始!」
その声と共に、ソラは門番の前へ歩いて行く。今気づいた、とでも言いたげに目を見開いて武器を向ける門番達に、ソラは微笑んで見せた。
「やあ門番さん、突然だけど水球やらないか?」
水球とは、一般にプールで行うスポーツのことである。唐突にそんな言葉をかけられ戸惑う門番を尻目に、ソラは二つの“水”の“球”を出現させ…そのうち一つを、片方の門番の顔面に叩きつけた。水はそれでも球の形を保ち、門番の顔を包みこんでいる。当然、視界は歪むし息もできない。驚いたもう片方が誰かに連絡したのを確認し、そちらにもお見舞いした。そして抜刀し峰打ちで二人を気絶させたソラは、迫る敵の気配に口角を上げる。どうやら陽動は上手くいったらしい。
(さて…カーレスもクロスもウィンディも、上手くやれよ。)
そんなことを胸のうちで呟いて、ソラは刀を構え直した。
正門辺りが騒がしくなってきたから、陽動は上手くいったようだ。そんなカーレスの予想を裏付けるように、ファルルから通信が入った。
「ソラが陽動成功したから、カーレスと二人は侵入お願い。」
「はーい!」
そう返事をしたカーレスの目の前には高い塀があった。しかしカーレスはそれには目もくれず、地面に手をあてる。
(土操るんは得意分野やで!)
そして器用に人が通れるような穴を作り上げたカーレスは、そのまま中へと入って行く。サラチア王国では基本的に地下にも結界があるのだが、魔法を軽視するここでは存在しないらしい。地下道を抜ければ、ウィンディ、クロスとは一旦お別れだ。カーレスは渡された地図を覗きこんだ。事前に使い魔達が調べてくれた情報によると、人々は地下牢にいるらしい。ルーチェは気に入られたようで、北の塔の最上階にいるそうだが。
(地下って、私にとっちゃめっちゃ入りやすいやん!)
そう考えたカーレスは、意気揚々と地面を操り地下牢へ侵入、次々と捕虜を助け出していった。
その頃ウィンディは、自ら科学兵器のある、とされる場所へ向かっていた。そして案の定というべきか、白衣を纏った人影が慌ただしく動き回っているのを発見した。暫くした後、ソラの方へ行くとおぼしき兵士たちが、ガスマスクをつけ、ガスの噴射装置を持って現れる。そんな彼らの眼前に、ウィンディは扇片手に臆することなく身を躍らせた。何十もの噴射口がウィンディの方へ向くが、ウィンディは一切怯まない。それもそのはず、ウィンディにとってはガスを風ではねかえすことなど朝飯前であった。ガスが効かない、と喚く兵士たちに、ウィンディは心のうちで一言。
(防御だけやと思ってもうたら困るで)
ウィンディは一部分の風圧を高めて刃のようなものを作り出しガスマスクを破壊、兵士達を次々と倒していった。
(自分らが作ったガスやったら、対策ぐらいしときーや…お陰で助かったけど。)
カーレス、ウィンディから任務完了の連絡を受けたファルルは口角を上げた。そして、そのままソラに連絡を入れる。
「カーレスとウィンディは終わったらしいで。手伝うから、はよ私らも行こう」
「マジか、了解。じゃあいくらかそっち行くからお願いな。」
そう言ったソラが、ファルルから見て反対側に巨大な水の壁を作り出したのが見える。そして目論見通り、何人かの兵士がファルルの方へと逃げてきた。
(ほんなら、はよ終わらせますか。)
兵士たちの前に飛び出したファルルは、ソラの壁と対になるかのように、巨大な炎の壁を作り出した。驚き逃げ惑う兵士達を、レイピアの峰打ちで沈めて行く。そうして五分もしないうちに、その場で立っているのはファルルとソラだけになった。
(じゃあ、ルーチェ姫迎えに行こかな。)
クロスは敵地にいるとは思えないほど優雅に、館内を歩いていた。時折現れる兵士達も、クロスの歩みを止めることはかなわない。歩いて、倒して、歩いて、歩いて…クロスは、北の塔の最上階、その扉に手を掛けた。
男は美しいものが好きだった。美しいものは、物でも者でも、自分のものにしなければ気が済まなかった。ある日男は、馬車に乗る美しい少女を見つけた。白銀の髪に真っ赤な瞳は、まるで天使のようであった。
(なんと美しい…アレは、自分のものにしなければ!)
そんな傲慢な考えのもと、男は兵士達と共に馬車を襲撃した。少女はその見目からは想像もできないほどの強さで兵士を次々と倒していったが、御者を一人人質にとれば大人しくなった。そうして、暴れないよう睡眠薬を飲ませ…今に至る。
(眠っていてもやはり美しい…コレは、私のものになるべくして生まれたのだ!)
ガラスの棺に寝かされているルーチェを眺めていた男は、突如扉を開けた無礼者に怒鳴りつけようとして…息を飲んだ。そこにいたのは、白みがかった灰色に一房の黒い髪、そして深い叡智をたたえる紫色の瞳を持った、ルーチェにひけをとらないほどの美女であった。女は、男に対して優雅に一礼してみせた。
「ご機嫌麗しゅう、『コレクター』様。私はドゥンケル・クロスと申します。本日は、そこのサラチア・ルーチェ姫をお迎えに上がりました。」
そう言って完璧な笑みを浮かべる女は、酷く美しかった。いや、美しい筈なのに…男は、言い様のない恐怖を感じた。クロス、と名乗った者は、一歩一歩こちらへ近づいてくる。その度に、男は部屋の温度が一度ずつ下がっているかのようにさえ思えた。クロスが四歩ほど歩みを進めたとき、扉から四人の少女が入ってきた。これまた美しい彼女らはクロスの後ろに整列して一礼、そして一様に酷く綺麗な笑みを浮かべた。しかし男の気分は晴れることはなく、一層背筋が寒くなった。
(嫌だ、やめろ、来るな、来るな…!)
そうしてクロスが棺の全貌を目にしたとき、彼女は微かに目を見開いて…そして、また微笑った。
「もう起きてええで、ルーチェ。」
ぱりん、という音がした。
ルーチェはガラスの棺の蓋を割って起きあがり、憎き男を見据えた。こちらへ振りかえる男から目を逸らさずに、彼女はクロスに問う。
「人質の人は?」
クロスに代わり、カーレスが答える。
「全員助けたで!」
「そう…」
そうして、ルーチェは男に手を伸ばした。
「じゃ、もうええな。…さようなら。」
ルーチェのその言葉を皮切りに、ルーチェの光魔法とクロスの闇魔法が一斉に男を襲う。一瞬の静寂の後、男が倒れ伏す音が響いた。手早く男を拘束したクロスが一言。
「…おっしゃあ!任務完了!」
その一言のあとにわかに騒がしくなった広間で、六人は幸せそうに笑いあっていた。