那朗高校特殊放送部~与那嶺一家の初詣編~
筆者:与那嶺瀬奈
皆さん、あけましておめでとうございます…
…じゃなくて、今日は近所の神社に初詣に来ています。
そんなに大きい神社じゃないですけど、毎年行っているので馴染みの神社です。
今年受験を控える先輩達はもっと大きな、学業成就の神様が祭られている神社に行っているのかもしれませんけど、私は今年はここです。
「流石元日、混んでるわねー」
初詣だからと張り切って振袖なんか着て着てきたお母さんが、背伸びをしながら遠くを眺める仕草をして呟いています。
でも、私と同じように身長は低いので、背伸びをしても全然遠くは見られていない気もします。
私も前の人の背中しか見えてません。
実は私もお母さんに振袖を着せられそうになったんですけど、なんとか踏みとどまりました。
その…ここ近所ですし、同級生にばったり会う可能性もありますからね…
それくらい、今日の神社は混み込みでした。
「こんな振袖なんて着たの、いつ以来かしらねー」
「多分、去年だと思うぞ」
「あら、そうだったっけ?」
まるで新婚みたいな会話をしてる両親の声が後ろから聞こえてきます…
この惚気、物心ついた時からずっと見ています。
高校生にもなると、こんな感じの家庭は結構少数派な事も知ってしまって、人前でされるのは少し気恥ずかしい気持ちもします。
直接関係無いのに。
「あ、そうだ瀬奈ちゃん」
「ん?」
並んでいる最中、お母さんが何かを手渡してきました。
「はい、これお賽銭用のお金ね」
「え、あ、うん」
「415円で、"良い、ご縁"なんだってね」
「それ、115円でも良くない…?」
「あ、確かに…!」
3人で1000円超えるのは中々キツイのでは無いでしょうか…?
その…なんとなく感づいているかもしれませんけど、家のお母さんはちょっと天然な感じです…
手水舎で手を清める時も、
「顔は洗うんだっけ?」
って、言ってましたし。
でも、後で聞いたら口は漱ぐらしいので、実はそんなに間違っては無かったのかもしれません。
そうして十何分か並んで、ようやくお賽銭箱の前にたどり着きました。
鈴のある場所とお賽銭箱の距離が少し遠いのです。
身長の高いお父さんは余裕そうですが、お母さんと私はちょっと背伸びするようにして投げ入れます。
残念ながら私はお父さんの長身の血は引けなかったようです…
地面近くまで垂れ下がる綱を掴み、全身を揺らすようにしてその綱を振りましたが、あまりガラガラという気持ちのいい音はしませんでした。
それでもちゃんと鳴る事はなったので、それで良しとします。
お母さんもそんな感じでした。
手袋なので音は出ませんが、パンパンと手を二回鳴らし、目を閉じてお願い事をします。
"今年こそ気弱な性格を直せますように"
って。
去年1年、特殊放送部と料理部で活動して色々な事をしてみましたけど、やっぱりまだまだ足りないと思っています。
格好だけでも、と思って制服のスカートを短くしてみたり、水着はビキニタイプにしてみたり、色んなチャレンジをしてきたので、今年は内面で何か出来るようになりたいな、って思いました。
目標は夏輝先輩です。
ふぅと一息つきながら目を開けて顔を上げると、お母さんはまだお祈りをしていました。
私もちょっと長めだったかな…と思ってましたが、それより長かったです。
そうしてやっとお母さんが顔を上げて最初の一言が、
「あれ?瀬奈ちゃんもう終わり?」
「お母さんが一番長かったよ」
何なら一番アッサリしていたお父さんの後ろに並んでた人のお祈りが終わるのが先な位、長かったです。
「お母さん何お願いしてたの?」
「えーっと、まずは家族皆健康に過ごせるように、でしょ?次に、瀬奈ちゃんの受験がうまく行くように」
「私の受験は来年だけど…」
「じゃあ、受験勉強が上手く行くように、にしようか。であとは、年賀状のくじが当たるように、あと瀬奈ちゃんのやってる部活動が上手く行くように、あとはー」
「いっぱいお願いしたんだね…」
やっぱり私のお母さんでした。
家事とかはきちんと出来ているのに、どうしてなのでしょう…?
その後初詣を終えた私たちは、お守りを買いに来ました。
「そうだ麻耶、去年のお守りは持って来てる?」
「ちゃんと持って来てるよー?」
前でお父さんとお母さんが話しています。
あ、お母さんの名前が"麻耶"です。
「ほら、去年の亥のお守りでしょう?あと、一昨年の戌と、一昨々年の…」
「なんで去年以外のお守りがあるんだ…」
「ほらぁ、去年の初詣の時に持って行くの忘れちゃったやつがあってね?」
「…今年も忘れた奴がありそうだなぁ…」
「あはは…」
因みにお父さんの名前は"洋治"です。
「そうそう瀬奈ちゃん」
「ん、え?何?」
「そう言えば、瀬奈ちゃんの所の部活動、今年受験する先輩居るよね?」
「え?まぁ…居るけど…」
「じゃあ、その先輩達の学業成就のお守りも買ってこうか!渡すようにね!」
「えっ」
紅葉部長に、倉井副部長、夏輝先輩、霜月先輩に、三条先輩。
そんなに沢山のお守り買ったら、結構な額になるんじゃないかと思います。
「えーっと、特別放送部だっけ?何人いたっけ?」
「5人。あと、特殊放送部ね」
「あーそうそう。それね、あと料理部の方は?」
「えっ、そっちの分も買うの!?」
料理部の方の3年生は10人以上居ます。
流石にそっちも、ってなるとお守りの量が大変な事になります。
「それは流石に量が多いし、無くていいんじゃない…?」
「でも片方だけだと不平等じゃない?」
「こ、個人的にお世話になった先輩の分だけ自分で買うから…」
「そう?じゃあその分のお金はお母さんが出してあげるね」
「え、あ、うん。わかった」
なんとか全員分のお守りを買うという暴挙を回避して、ちゃんと然るべき人数のお守りを買います。
まずは、特殊放送部と料理部の部長の、紅葉先輩と、三笠先輩。
それと、目標にしている夏輝先輩、料理部でお世話になってる八重田先輩…
ぱっと思いついたあたりだと、この辺りでしょうか…
4つなら、まだ許容範囲だと思います。
自分用のお守りと、先輩用の4つ、計5つのお守りを買った後は、おみくじを引きます。
お守りを売っている売店
「ほら見て!大吉だって!えーっと、願い事…今年中に叶う!」
「願い事って?」
「えーっとぉ…考えてないかなぁ」
「えぇ…」
「だったらさっきお参りしてた時のでいいんじゃないの?」
「あぁうん。それが良いかもね!」
両親の惚気に参加しながらその陰で自分のおみくじを開いてみました。
結果は、中吉。
中途半端な結果…というか、吉と末吉と中吉の上下関係がよくわかっていないので、どれくらいの吉なのかも微妙に分かっていません。
でも、下に書いてある具体的な内容は分かるかもしれません。
待ち人…それなりに来るかもしれない。
特に待っている人は居ませんが、これは良い方なのでしょう。
失せ物…すぐに見つかる。
何か無くした物ってありましたっけ?…あっ、そう言えば一か月前くらいに、ずっと使ってたシャープペンシルが無くなっちゃってましたね。
…すぐに見つかるのは良いですけど、小さな無くしものだなぁ…だなんてことも思ってしまいます。
恋愛…今年はあまり期待できない。
こちらはあまり良くないようです。高校生の内にはいい出会いは無いという事ですね…
すこし寂しい気もしますけど、大学があるのでまだ希望が無い訳ではありません。
願い事…努力次第で叶う。
気弱な性格を直したいという願いは、努力で何とかなる可能性はありそうです。
これは、しっかり考えていきたいですね…
…こんな所でしょうか?
全体的には悪くは無さそうです。中吉っぽいと言えば中吉ですね。
「じゃあ、おみくじを結んでから帰ろうか!」
間違いなくこの初詣を一番楽しんでいるお母さんが、急かすようにお父さんの手を引っ張ってます。
いつもそうですけど、お母さん…らしくない光景です。
それに付いていくと、おみくじが沢山結ばれた綱が数本渡っている場所に着きました。
おみくじは毎年引いてますけど、結んだことはありません。
なので、既に下がっている物を見るか、両親に聞く事になります。
「ねぇお母さん、おみくじってどう結ぶの?」
「これ?こういうのは気分でいいんじゃない?」
そう言いながら、お母さんはおみくじを細く紐の様に折りたたんでから、一番下の綱の、空いているスペースにするするとむずびつけ始めました。
「ほら、やってみれば簡単だしね」
「…周りの結び方と違うけど…」
お母さんのやつだけ蝶結びになってます。
しかもよく見て見ると、そもそも折りたたんでいる段階から細いような…?
「結び方なんてあんまり気にしなくて良いと思うんだよねぇ」
「そうなのかな…」
上を見ると、お父さんは周りと同じような結び方をしています。
とりあえず私は、見よう見まねで、おみくじを折りたたんで結んでみる事にしました。
蝶結びにも、周りと同じ感じにも出来ませんでしたが、なんとか結ぶことが出来ました。
「じゃあ、やる事もやったし、そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
そうして私達与那嶺家3人は帰路に就くことにしました。
神社の参道には、まだ沢山の人が並んでいます。むしろ、来た時よりも長くなってるような…?
早めに来ておいてよかったな、と思わなくも無いです。
後で先輩にお守りを渡さないとな、と、買ってもらったお守りを入れた袋の中身を覗き込みながら、
鳥居をくぐりました。
今年もいつも通りの、良い一年になりますように。
「あっ!!持ってきた去年のお守りお焚き上げに出すの忘れちゃった!」
「あー…じゃあ、来年だな」
今年お母さん、お父さんも、きっといつも通りです。