9話
楽しいお食事会の二日後である。いや、イレーネに痛いところをつつかれたり、支払いの段階になってもめたりもしたが、おおむね楽しい時間だった。その二日後の午後、ヴィエラはまったく楽しくなかった。何となれば、将校会議に出席中なのである。
将校の中では下っ端で新任であるヴィエラに意見を求められることはない。ただ、『出席している』という事実が大切なのだ。
末端の席で埒もあかない言い合いを聞きながら、年若い女性提督は息を吐いた。
ヴィエラは、自分がプロパガンダであることを理解している。若く美人で女性初の女性提督。これまで女性将校は何人かいたが、分隊とはいえ艦隊指揮官を任されたものは今までいなかった。ひと目を集めるにはもってこいだろう。
実りのない将校会議を終え、ヴィエラは会議室を出た。
「ブルーベル准将」
「アレンスキー中将」
声をかけられ、ヴィエラが振り返ると笑顔で立っていたのはかつての上官であった。つまり、ヴィエラが吐血してそのまま入院することになった時に所属していた第一機動艦隊の司令官だ。今も変わらず、司令官である。
「お久しぶりです」
「元気そうだな。第一機動艦隊から移動となった時は、ずいぶん顔色が悪かったが」
「あはは」
ヴィエラとしては苦笑するしかない。
「しかし、准将か。確かに才覚ある副官だと思っていたが、こんなに早く提督と呼ばれるようになるとは」
「恐れ入ります」
「もうしばらく宇宙勤務かな?」
「ええ。あと三週間ほど残っております」
さすがに、第三機動艦隊だけで宇宙防衛を行っているわけではない。大体二ヶ月程度の勤務の後、第四機動艦隊に引き継ぐ予定だった。
「君ならそつなくこなすだろうが、元上官として期待している」
「激励、痛み入ります」
前向きに言われ、ヴィエラは苦笑した。女性初の提督として嫌味を言われることも多いヴィエラとしては、ありがたい応援だ。第一機動艦隊に所属していた時も、上官と言うよりは部下に手を焼いたのでアレンスキー中将に非はないのだが、どうしても苦手意識が出てしまうのは仕方がないと思ってもらいたい。
第三機動艦隊の地上オフィスにはイレーネが待っていた。一応、書類整理をしてくれようとした形跡はあるが、あまりうまくいっているようには見えなかった。
「あ、准将、お疲れ様です」
「お疲れ様、イレーネ。片付きそうかい?」
「……ううっ」
わかっていたが、イレーネは顔をゆがめてうめいた。本当にデスクワークが苦手な子である。地上にいる間にちょこちょこ仕込んでみたのだが、そもそも基礎知識が甘いので改善の余地はまだまだある。
「よし、じゃあ、一緒に片づけよう。さすがに私ひとりじゃ片付かないからね……」
「すみません……」
しゅんとしたイレーネに、ヴィエラは苦笑する。
「君はきっと出世するだろうから、ある程度は覚えておくべきだね。だけど、君はまだ若いし、時間がある。少しずつ覚えられればいいさ」
ヴィエラにはその時間がなかった。二十歳の時、終戦のどさくさで上官がまるっといなくなってしまった彼女は、最終指揮官として戦後処理に関わらざるを得なかった。しかし、イレーネはそんなことにならない。
「よし、始めようか」
「はい」
イレーネがメモ帳を広げたが、ヴィエラはきっぱりと言った。
「いや、君はメモを見るタイプじゃないから、体で覚えるべきだね。ちなみに、私も見ないけど」
「准将の場合は全部記憶しちゃうんじゃないですか!」
さすがにそんな真似はできない。必要な部分だけ覚えているだけだ。
「はいはい。まず、そっちの決裁書を取って」
「はい」
こうして、二人は明日の宇宙への帰還に向けて準備を始めた。
△
映画女優のような顔立ちの美女が、軍服を着て仁王立ちしていれば目立つ。例え軍帽をかぶり、サングラスをかけると言う怪しげな格好であっても、視線を集めるのは自然の摂理である。
「准将、シャトルへの搭乗手続き、終わりました。十時十五分発です」
「わかった。ありがとう」
駆け戻ってきたイレーネをねぎらう。出発までもうしばらく時間がある。軍用シャトル発着場であるので、娯楽施設などはないが、お茶くらいは飲めるだろうと考えていると、声がかかった。
「ヴィー」
「ん? ああ、ジルド」
ヴィエラはサングラスを取り、車椅子で視界の低いジルドを見た。
「見送りに来てくれたのかい?」
「ご明察。またしばらく会えないだろう?」
「一応、三週間後には第四機動艦隊と交代して戻ってくる予定ではあるけどね」
それでも、なかなか会いに行けないだろうことは確かだ。
「それで、キールは暇なのかい?」
「違う。俺も見送りに来ただけだ。悪いか」
「……素直に言われると戸惑うのだけど」
居直ってそんなことを言うキールに、ヴィエラは驚いた。ジルドとは違い現役少佐であるキールは、今日もジルドの車椅子を押していた。
「ところで、ジルドはこんなに頻繁に外出しても大丈夫なの?」
「ああ。お前が来ているから、特別だ」
「……そう?」
そんなことあり得るだろうか、と思いつつ、ヴィエラやジルドの主治医ならやるかもしれないな、と思い、判断に困るヴィエラだった。戦況であれば的確に判断できるのに、歯がゆい。
「フェオ少尉、ヴィーをよろしく」
「はい!」
ジルドに頼まれたイレーネはきりっと敬礼をした。ちなみに、連合軍の敬礼は脇を引き締め腕の角度は直角に近い、タイトなものだ。
「まあ、実際肉弾戦では役に立たないからお願いするしかないんだけど……」
ヴィエラは少々複雑な気持ちで言った。一応、ヴィエラだって訓練を受けているし、一般人には負けない。しかし、彼女の身体能力は一般男性を何とか制圧できるレベルだ。女性とはいえ、軍人失格レベルだ。イレーネなら特殊訓練を受けた部隊の半分を制圧できるだろう。
「身体能力が高かったら、それは准将ではないので大丈夫です」
「いや、大丈夫じゃないんだよ……」
まあ、戦艦に乗っている限り、そんな機会はめったにないからいいけど。
話をしているうちに、結局搭乗時間が来てしまった。イレーネがヴィエラをせかす。
「准将、これに乗れないと間に合いません!」
「お前たち、なんでそんなぎりぎりのエレベーターに乗ろうとするんだ……」
呆れたようにキールが言った。そう言えば、降りてくるときもそんなようなことを言ったような気がする。
「まあ、そろそろ行くよ」
ヴィエラとイレーネがそろって敬礼する。女性軍人二人に、男性軍人と退役軍人も敬礼で答えた。
「今後も栄達を祈っております、准将」
「提督、お気をつけて」
「どうもありがとう。貴官も体調に気を付けて」
主にジルドに向けた返答であるが、キールは気にした様子もない。ジルドも「善処するよ」と信用できない返事をした。
ヴィエラは苦笑すると、イレーネと連れ立ってシャトルの搭乗口に向かう。
その後ろ姿を見送ったキールは、車椅子の友人に問いかけた。
「良かったのか、ヴィーに何も言わなくて」
「うーん、そうだな。俺にも、どうするのがいいのか、わからない」
どっちにしろ、あいつはショックを受けるだろうな、とジルドが落ち着き払って言った。
キールは同い年で同僚だった男を見る。ジルドは適当に受け流していたが、彼の外出が頻繁に許可されるのは、彼の命の刻限が近づいてきているからだ。キールはジルドの口から話を聞いていたが、二人とも、ヴィエラには何も言っていない。
言うべきなのだろうか、と思う。少なくとも、キールは覚悟をきめられた。しかし、これから宇宙勤務に戻るヴィエラにそんな情報を与えて動揺させるのも、とも思う。
そう。彼女は動揺するどこか、パニックになってもおかしくはない。戦闘中はお前特殊合金か、と言うような精神力を発揮する彼女だが、日常レベルでは繊細な一人の女性に過ぎない。だから、キールもジルドの判断をとやかく言えなかった。
「ま、俺がいなくなっても、ヴィーとうまくやれよ、キール」
「……そうだな」
キールは珍しく沈鬱な表情でうなずいた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。