7話
ところで、ヴィエラが『作って』と言うくらいなので、キールは料理がうまい。自分でしなければならない環境にずっと置かれていたからで、別にうまく成りたかったわけではない、と言うキールだが、これは宇宙戦闘機の操縦技術と同じく一種の才能である。だって、同じく自分でせざるを得ない環境にいるヴィエラの料理の腕は一向に上がらないからだ。
「うーん、久々に食べるとおいしい」
スープやパン、オムレツやサラダなど、簡単なものでありながらキールが作った夕食はヴィエラを満足させた。キールがため息をつく。
「お前が作っても大して変わらんだろう」
「それが何故か変わるのだよ。何故だと思う?」
「知らん」
そりゃそうだ。作っているのはヴィエラ自身なのだから。レシピ通りに作るのだが、何故かうまくいかない。食べられるのだが、うーん微妙、と言うできになるのだ。
二人がいるのは首都メイエリングの連合軍士官用官舎である。通常、佐官以下と将校以上では住む官舎が違ってくるのだが、ヴィエラは数少ない女性将校である。将校用の官舎に放り込むと周囲が男だらになるため、少佐になってから使っているこの官舎に住み続けている。他の女性将校も、この官舎の近くに住んでいるはずだ。普通に、首都内に家を持っている人もいるが。
ちなみに、キールも士官用の官舎に住んでいるが、ここから少し離れた官舎が住まいだ。そちらにヴィエラが行くと目立つため、たいてい、キールがヴィエラ宅にやってくる。
「お前、仕事の方はどうだ?」
キールも、ヴィエラが間に挟まれた挙句に吐血した事件を知っているため、そんな問いを投げかけたのだろう。彼女が准将になったのはたった三日前だが、提督と呼ばれるようになってからも半年ほどしかたっていない。今の所属は通して一年ほどか。その吐血事件の後に配属されたのが今の部隊なのだ。
こちらでも中間管理職なのには変わりないが、おそらく、司令官との相性がいいのだろう。今のところ、吐血には至っていない。いや、そもそも医師には吐血する前に病院に来いと言われたが。
「まあまあだね。前よりはましだよ。自由裁量をさせてくれるし、部下たちも優秀だ」
正直、上官より部下の方が重要である。彼女より年下の若い男性士官でも、「女に命令されるなんて」という考えの者がいるのだ。正直、理解のない上司よりもそちらの方が面倒くさい。そう言う相手に限って、悪知恵があるからだ。
まあ、それはともかくだ。ヴィエラの現在の主な任務は哨戒警備と軌道エレベーターの警備である。
「一応、会議が終わったらすぐに戻ってくるように言われている。予定通り、四日後には宇宙の上だな」
ヴィエラがそう言うと、キールは「そうか」と表情を変えずにうなずいた。ヴィエラは人悪く微笑む。
「さみしい?」
「……まあ、少しはな」
意地悪な問いに素直な返答があって、ヴィエラはびっくりした。鏡は見られないが、たぶん、彼女は赤くなっていたのではないだろうか。
「そういう反応をしてくれると、可愛いと思えるんだがな」
「……そんなことを言うの、キールくらいだよ」
ヴィエラはどうしてもふてぶてしい態度が目立つので、そのような感想はめったに聞かない。
一緒に皿や調理器具の片づけをしながら、ヴィエラは「ごちそうさま」とキールに微笑んだ。
「一緒に住んでくれたらいいのに」
「モラルの問題だな。結婚すれば無問題だが」
「軍法規律の問題でもあるよねぇ。結婚すれば問題ないけど」
同じことを言ったが、二人とも「なら結婚しようか」と言うことにはならない。気軽に言うには、二人とも失ったものが多すぎる。そして、失わせたものも。
翌日、ヴィエラは泊まりこんだキールにゆすり起こされた。
「おい、ヴィー。端末がなり続けてるんだが」
「……ん?」
ヴィエラは何度か揺さぶられてやっと目を開いた。ベッドに身を起こし、端末に手を伸ばした。そう言えば、最近もこういうことがあった。
「……あれ。電話じゃない……」
「なんだと? 鳴り続いていたが……」
「……メールだね。どれだけ私を起こしたかったのか……」
メールが入っていた。最重要に分類されるので、こちらが気づくまで鳴り続けていたようだ。
宇宙からのメールだった。もう一人の副官から、どうしてもヴィエラの裁量が必要な書類を、宇宙軍司令本部のデスクに送ったので確認してくれ、と言うメールだった。急ぎなのだろう。
「……休みだったはずだけど、出勤することになった」
「そうか。司令本部か?」
「そうだねぇ」
「なら、夜は大丈夫だな。ジルドも一緒に食事に行こう」
「ん、そうだね……ねえ、イレーネも連れて行っていいかい?」
ヴィエラが出勤するのなら、イレーネも出て行かねばならない。なので、どうせなら一緒に連れて行こうと思ったのだ。
「俺は構わん。ジルドもそう言うだろう。まあ、フェオ少尉がどういうかだな」
キールの言葉にヴィエラは肩をすくめた。いかに図太いイレーネと言えど、階級も年も上の人物三人と食事に行く、と言うかはちょっと微妙なラインである。
「さて、何か食べるか?」
「……朝ってあんまり食欲ないんだけど……」
体が弱くても軍人をしているだけあり、ヴィエラはそれなりに食べる方だが、それでも朝はあまり食欲がなかった。
「だから余計血圧が下がるんじゃないか? 少しは食っておけ」
「むう」
ヴィエラはむくれて自分に背を向けたキールの肩に額を押し付け、左腕と義手の境目となっている二の腕あたりに触れた。されるがままになっていたキールだが、少し身じろいでいった。
「やめろ。くすぐったい」
「そうかい?」
「ああ。朝食を作るから、お前はフェオ少尉に電話でもしておけ」
「それもそうだね」
ヴィエラが休みの予定だったので、イレーネも休みのはずだった。それを出勤せねばならないのだから、連絡がいる。
少々おバカだが元気の良い娘は、朝から元気だった。圧倒されつつ用件を伝えると、二つ返事で了解した。もっとごねるかと思っていたヴィエラは、拍子抜けしてしばらく携帯端末を眺めてしまった。
「何してんだお前は。ほら、食べろ」
「ああ、ありがと」
もう一度言っておくが、ここはヴィエラの官舎の部屋である。キールの部屋ではない。それでも、キールは我が物顔で部屋の中のものを使っているし、ヴィエラも気にしない。立場や役割が、普通、男女で逆の場合が多いと思うが、これがヴィエラたちの中では通常営業である。
ジャガイモのスープに温野菜のサラダとスクランブルエッグにソーセージ。さすがにパンは買ってきたものだ。十分すぎる朝食である。
「ほら」
と出されたのはカフェオレだった。彼は、絶対にヴィエラにブラックコーヒーを出さない。
「ありがと。ああ、本当に一緒に住んでほしい……」
「お前、宇宙勤務でほとんどいないだろうが」
まさにその通りなツッコミが返ってきたが、ヴィエラの発言は性別が逆なら問題になりかねなかった。
キールと比べると半分くらいしか量はなかったのだが、それでもヴィエラは残してしまった。朝は胃が活動的ではない……。
「じゃあ、俺は先に行くぞ。お前も、遅くなるなよ」
「わかってるよー」
当たり前のように出勤して行くキールを見送り、ヴィエラは食器を片づけた。それくらいはヴィエラもできる。
軍服に着替え、今日は着替え用の私服も持っていく。軍服で出勤は目立つ、と思われがちだが、この界隈は軍人の住民がほとんどなので、むしろ私服出勤の方が目立つありさまだ。
「さて、行きますか」
自分にそう声をかけ、ヴィエラも出勤した。ちなみに、家の鍵はオートロックであった。
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