5話
携帯端末の呼び出し音が響き、ヴィエラはベッドの中からサイドテーブルに手を伸ばした。
「はい……ブルーベル大佐であります……」
『あ、准将! あれ? 准将ですよね?』
通話越しの声で、ああ、そう言えば昇進したのであった、と思い出すヴィエラだ。
「そうだね……准将だね……」
『よかった~。間違えたかと思っちゃいましたよぅ』
朝っぱらからテンションの高いイレーネについて行けないヴィエラである。目覚め快適な副官とは違い、低血圧なヴィエラは朝に弱い。それでも何とかまぶたを持ち上げて体も起こす。
「何? どうしたの」
『あ、えっとですね。宇宙軍総司令長官がお話があるそうですよー』
「フォレスター長官が……?」
連合軍全体で見ても、上から数えたほうが早い地位にいる人からの呼び出しである。
「私……最近何かやったっけ」
『やらかして無いことはないと思いますよぅ』
イレーネ、おバカなくせに結構言う。まあ、ヴィエラもやらかしている自覚はある。
「わかった……でも、司令本部につくまで一時間くらいかかるかも……」
『あ! 准将! このままで寝ないでくださいよ!』
准将! という追い打ちのような高い声を強制的に遮断する。ヴィエラはそのまましばらくボーっとした後にゆっくりと動き出した。モスグリーンの軍服を着て、ひとまず朝食にパンを食べた。基本的に朝はあまり食べられないヴィエラである。
そのまま軍帽と鞄を持って官舎を出る。すれ違う休みの軍人やその家族に挨拶をしながら、ヴィエラはサングラスをかけて最寄駅で自動運転車に乗り込んだ。
結局、ヴィエラは四十分ほどで宇宙軍司令本部に出勤してきた。ちなみに、ヴィエラが出席予定の将校会議は統合参謀本部で行われることになっている。
「あ、准将!」
イレーネが駆け寄ってくる。勢い余ってか軍帽が落ち、あわててかぶりなおした。
「遅いですよう」
「これでも急いできたんだよ。っていうか、まだ出勤時刻でもないしね……」
と、これまた眠そうな声を出すヴィエラである。イレーネが「もう!」と膨れる。
「長官がお待ちですよ。行きましょう」
「そうだねぇ」
副官にせっつかれ、ヴィエラはビルを上った。長官室では、フォレスター宇宙軍総司令長官が待ち構えていた。ヴィエラを見て彼は微笑む。ちなみに、この時のヴィエラはさすがにサングラスをかけず、軍帽をかぶっていた。
「ヴィエラ・ブルーベル准将、命令により参上いたしました」
美しい敬礼を見せ、ヴィエラは先ほどまでの眠そうな口調が嘘のようにキリッと名乗った。フォレスター長官はおかしそうに笑う。
「相変わらずだな、君は。そこの副官、お名前はなんだったかな?」
「イレーネ・デ・フェオ少尉であります!」
「そうか。ブルーベル准将がお世話になっているね」
「いえ! あたしの方が迷惑をかけているので!」
元気に言うことではないことをイレーネは元気に言ってのけた。フォレスター長官がヴィエラを見る。
「そうなのかね?」
「まあ、お互い様、痛み分けと言うところでしょう」
ヴィエラにもイレーネを振り回している自覚はあるので、こんな表現になった。
五十代後半ほどに見えるフォレスター長官は、その地位に似合わぬ優しげな人物だ。見た目に騙されると、痛い目を見るが。
「変わらないな、君は。変わらず美しい」
「ありがとうございます」
謙遜すると嫌味になる。かといってこうして素直に受け取ると不遜だと言われる。私にどうしろと、と言いたい。もちろん、フォレスター長官はそんなことは言わなかった。
「その美貌で准将。さぞいいプロパガンダになるだろうな」
「そもそも、軍人に見られないのですけど……」
「それは私の知ったところではない」
そりゃそうだ。
「それで、今回はどのようなご用件で?」
「ひとまず、これを見てくれ」
ヴィエラはフォレスター長官が差し出したタブレットを手に取り、その映像を見た。
「おや、懐かしいですね。鳳天要塞じゃないですか」
「そう。第三次宇宙戦争最終決戦地、世界統一機構鳳天要塞だ。現在、復旧作業中でな」
「なるほど……結構派手に爆破したと思ったんですがね」
実際に爆破したのはキールをはじめとする実行部隊であるが、命令を出したのはヴィエラだ。
「まあ、直せるのなら直したいでしょうね。あの規模の要塞はなかなか作れません。あるだけで活動宙域がかなり広がります」
軍事要塞であるので、軍事力の収容率も高い。となると、よからぬ想像が働く。
「……さて。君はこの動きをどう見る? また戦争になると思うか?」
「いいえ。先の大戦からまだ七年です。国力が戦争を許さないでしょう。軍資金は確保できても、戦力が確保できません。金とは違い、人は急に成長しないんですから」
戦争は技術を発展させるが、基本的に金食い虫であり、生み出す物よりも消費するものの方が多い。前回の大戦から七年しかたっていない今、有主な軍事力の確保は急務である。それだけ、戦死したと言うことだ。
「統一機構側では戦力を確保できていないと?」
「まあ、連合側もですからね。一兵卒はともかく、指揮官ってなかなか育ちませんよね。おかげで私が提督などと呼ばれることに」
「……本当は君は退役して穏やかに暮らしたほうがいいのだろうがね……」
ヴィエラの体調面を考えるのなら、その通りだろう。しかし、ヴィエラがいなくなると一気に中堅指揮官の質が落ちるのはどうにかしてほしい。先例からわかるように、ヴィエラはただでさえ中間管理職に向かないのに。
「というか、私を将官にするなんて、皆さん結構なチャレンジャーですよね」
何度も言うが、ヴィエラは士官学校の成績は下から数えたほうが早かった。
「足りない部分は副官たちが補ってくれるだろう。それに、私は君が士官学校時代に筆記でぶっちぎりのトップを取ったことを忘れてはいない」
「いや、あの瞬間のやる気はなんだったんでしょうね。未だに謎です」
確か、けしかけられて頭に来たのだったと思うが、いや、あのころはまだ若かった……。
「准将……やればできるんですね……」
イレーネがちょっとびっくりしたように言った。フォレスター長官が「君の普段の勤務態度が気になるな」と眉をひそめた。つまりは副官にも『やればできる』レベルだと思われていると言うことだ。
「なんでやらないんですか? できるのに」
「……イレーネ。今の言葉、結構グサッときた」
実に自業自得である。フォレスター長官が咳払いをして話を変えた。
「ところで、今、宇宙軍新人パイロットたちの大気圏内飛行訓練が空軍基地で行われている」
「ああ、リーシン少佐の訓練ですね」
キール本人が言っていたので間違いない。大気圏内飛行訓練を、そんなに大勢が一斉にやるとは思えないし。
「ああ。本人から聞いたのか?」
「ええ。地上に降りるときに協力してもらいましたし、昨日も病院で会いました」
「なるほど。では、今からその空軍基地に行って、訓練の様子を見てきてくれないか?」
「……私が、ですか?」
ヴィエラは首をかしげる。宇宙戦闘機の大気圏内飛行など、宇宙軍に属するヴィエラが見る機会などめったにない。なので見に行くのは構わないが、彼女はキールより階級は上でも、上官ではない。必要性の意味が分からなかった。
「どちらかと言うと、空軍の方の様子を見てきてほしい。今、新プロジェクトを四軍で進めていてね。それに必要なんだ」
「はあ……」
その新プロジェクトとやらに、ヴィエラが関わらなければならないと言うことだろうか。
「返事は?」
「了解しました」
ぴしっと敬礼を決めてヴィエラは了承した。一応上官命令なので、逆らうのはデメリットしかない。それに、彼女自身もちょっと興味がある。
「それでは、失礼いたします」
「ああ。良い結果を期待している」
イレーネを呼び、長官室を出る。イレーネが息せき切って尋ねる。
「空軍基地に行くんですよね」
「そうだね」
「私も大気圏内飛行訓練、してみたいです!」
そう来たかぁ、とヴィエラは苦笑した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
四軍とは、一軍二軍の四軍ではなく、陸軍・海軍・空軍・宇宙軍すべてを合わせて四軍と呼んでいます。一応……。