3話
国際共同連合軍病院のロビーに、ヴィエラは足を踏み入れた。今日も今日とて私服姿である。軍服を着ていても軍人には見られないし、軍人だとわかっても、階級章を見てたいていの人が一歩引くからである。二十代女性の准将は、過去に皆無ではないが例は少ないのだ。
スラックスにシャツにジャケットと言う愛想のない恰好に伊達眼鏡。それでも、彼女の美貌は衰えるところを知らない。
今の彼女は、見舞いにきた患者の家族と言うところだろう。そして、実際に見舞いだった。エレベーターで病棟に上がり、何度も通っている病室を目指す。
声をかけると自動ドアが開いた。中には先客がいた。
「おや、キールも来ていたんだね」
「ああ。俺たちはなかなか来られないからな」
「だね。久しいね、ジルド」
「ああ、ヴィー。いつみても美人だね」
「ありがと」
ヴィエラが美人であることは客観的に見ても主観的に見ても事実なので、ヴィエラは素直に礼を言う。ここで否定すれば嫌味になるから。
この病室の主ジルド・カルツァはヴィエラやキールの士官学校での同級生だ。キールには及ばないが、ヴィエラよりははるかに良い成績で士官学校を卒業した。なのに。
「准将に昇進したと聞いた。俺達の中では出世頭だな」
「士官学校時代は大概問題児だったんだがな……」
男性陣の言いように、ヴィエラは肩をすくめる。
「人を殺して得た地位だ。何の意味もないよ」
「……美貌は否定しないけど、地位は否定するんだね」
ジルドはそう言って笑うと、苦しげに咳き込んだ。キールがナースコールをしようとするが、ジルドが止めた。
「いいよ。大丈夫。いつものことだから。……二人とも、なんて顔してるの」
ヴィエラとキールが後ろめたそうな表情になったのを見て、ジルドは苦笑を浮かべた。
ジルドは、第三次宇宙戦争最終戦、天鳳攻略戦に於いて二人と同じ特殊部隊にいた。キールと同じく宇宙戦闘機のパイロットで、旗艦を護衛していた。その際に被弾し、両足の機能を永遠に失った。壮健だった肉体は傷つき、少しずつ、確実に彼の命を削っていた。
「何を考えているかはわかる。だが、俺がこうなったのはお前たちのせいじゃないだろ」
「……いや。君たちに、死んで来いと命じたのは私だ」
天鳳攻略戦に置いて、後半指揮を執っていたのはヴィエラだ。彼女は、多くの未来ある若者たちの命を奪った。
「ヴィー」
ヴィエラの愛称を呼んで、ジルドは彼女の手を取った。
「それでもお前は戦い続けることを選んだ。なら、そんなことは言ってはいけないのだと思う。指揮官の立場にあるお前は、お前たちは、今生きている人のたちのことを考えなければならないはずだ」
「……さすが、優等生は言うことが違うね」
「キールには及ばないけどな。……それに、お前たちだってあの戦いで失っているだろ」
冷静に指摘されて、ヴィエラとキールは目を見合わせた。話が落ち着いたところで、ジルドが再び口を開いた。
「改めて、ヴィエラ・ブルーベル准将。昇進おめでとうございます」
きりっと敬礼をして言われて、ヴィエラは素直に礼を言う。
「ありがとう。あ、これお土産。飾って置いて」
「あー、本当は俺も昇進祝いを用意できればよかったんだけど。キール、頼んだ」
「……まあ、それくらいなら」
キールが真顔で言うので、ジルドとヴィエラは声を立てて笑った。
「別に気にしなくていいのに。昇進なんて、軍隊にいればたまにあることなんだからね」
頻繁にはないが。だがまあ、今回のヴィエラの昇進は特別でもある。
「将校への昇進はやっぱり特別だよ。本来は、こんなふうに口を聞いてはいけないんだろうね」
ジルドがそんなことを言うが、彼らに畏まった口調になられると、ちょっとさみしい。
「でも、まあ、そうだね。キールは私のこと『提督』って呼んでるよね」
「提督だろう?」
「まあ、今回の昇進で一応、提督と呼ばれる本来の階級まで引き上げられたわけだけど」
大佐の時点で、『司令官』と言う意味で『提督』と呼ばれていたのだ。これも、間違いではないのだが。通称として、艦隊司令官を提督と呼ぶことがあるのだ。
しかし、大佐の階級では通常、艦隊の司令官を任されることはない。そういう意味で、ヴィエラは特例だったのだ。第三機動艦隊司令官の独断ともいう。
今、やっと立場に階級が追い付いたわけだ。正式に第三機動艦隊第二分隊司令官の辞令も拝命した。
「士官学校時代はお前が提督と呼ばれるなんて思いもしなかったけどね」
もちろん、ジルドもヴィエラの士官学校時代を知っているための言葉だ。彼は、キールと共にヴィエラを止める側に回っていた。
病室にノックがあり、医師が入ってきた。三人の目がその医師に向く。三十代半ばほどのまだ若い医師だ。
「ああ、やはりブルーベル大佐でしたか。いえ、准将になられたのでしたね。おめでとうございます」
「ありがとうございます。先生はなぜこちらに?」
しれっとそんなことを言うが、この医師はヴィエラの主治医であった。
「あなたがここに来たと言う話を聞きまして。一度健診をさぼっているわけですから、今日こそは」
「……ばれないように私服で来たのに」
「あなた、外見が存在を主張しまくってますからね」
それは否定できない。キールが「健診くらい行って来い」とあきれ顔で言ったが、医師の言葉はキールにも向けられた。
「リーシン少佐も、義手の状態が気になるところですが」
「……」
「もういいから二人とも、診察でも検査でも受けてきた方がいいよ」
呆れる、と言うより面白がってジルドが言った。入院患者に説教される連合軍将校と佐官である。
医師の言うことはちゃんと聞くものだ。健診をさぼったのは事実であるし。ヴィエラはそのままさまざまな検査を受けた。技術の進歩であまり血を抜かなくてよくなったとはいえ、血液検査で採血された時は少しくらりときた。
「相変わらず数値が低いですね……血圧、上がりませんね。よく生きてますね、准将」
検査結果を見てさらりと口の悪い医師である。しかし、事実である。普通に生活する分には問題ないだろうが、よくもまあ戦場で無事だとは思う。
「あと、もう少し太りませんか?」
「先生、世の中の女性を敵に回すようなことを言わないでください」
「いや、准将は長身痩躯すぎます」
体質的なものもあるが、食べないし、動かないからだ。と、軍人にあるまじきことを言ってみる。
「まあ、体が弱いので仕方がない部分もありますが……ひとまず、点滴を受けてから帰ってください」
「ええ~」
顔をしかめるが、医師が言うのならその方がいいのだろう。たぶん、栄養失調気味だったのだと思われる。一応、ちゃんと食事はとっているのだが。
「軍人の、しかも艦隊司令官殿に言うことではありませんが、無理をしすぎないように」
「私は艦隊司令官じゃないですよ。それと、無理してるように見えます?」
「……見えませんね」
医師はそう言ってため息をついた。
「二年前、あなたが吐血して運ばれてきたときはどうしようか、本気で退官させた方がいいのかと迷いましたがね」
「ああ……あれは気風があっていなかったのでしょうね」
二年前の彼女がいたのは、宇宙軍の別艦隊である。当時の階級は中佐で、参謀長補佐を賜っていた。要するに、艦隊参謀グループの次席だ。
当時の艦隊、第一機動艦隊だったのだが、そこの司令官は簡単に言うと熱血であった。後先が見えないタイプではなく、ちゃんと考えるタイプで、ただ、とても明るい。元気だ。元気すぎて、ヴィエラがついて行けなかったのである。
参謀長補佐と言う立場は、上と下に挟まれる典型的な中間管理職でもある。結果、ヴィエラはストレスで胃に穴が空き、吐血して救急搬送され、そのまま入院となった。
医師からの意見により、退院したヴィエラは現在の職場、第三機動艦隊に配置替えとなった。もともとは先と同じく参謀役としての所属だったのだが、大佐に昇進したときに、何を思ったか第三機動艦隊司令官が彼女を分隊の指揮官に任命した。
通常、分隊とはいえ艦隊司令官には将校以上が配属される。そこに、大佐階級の小娘。もちろん、最初は反発されたが、彼女の確実な運用を見るにつき、そんな声は減って行き、現在の職場関係は非常に良好である。頭のおかしい人ではあるが、司令官には感謝している。
ベッドに寝かされ、点滴を打たれる。起こしますから寝ていていいですよ、と看護師に言われ、素直に目を閉じる。それほど眠くなかったが、ヴィエラは間もなく眠りに落ちた。
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