24話
真上からの攻撃に、テロリストたちは体勢を崩した。そして、老練の艦長はその隙を見逃さない。
「全砲門開け!」
ミサイルや魚雷、ビーム砲まですべての砲門が開かれ射出されていく。先に発進させた宇宙戦闘機を大きく迂回させ、天頂付近から加速、テロリストに一斉射撃させるという簡単な作戦であったが、意外とうまくいくものである。
「手駒が限られていれば、作戦に気付いていてもそちらに手をまわせないからね」
だから、こちらも必死に応戦する必要があった。デニスが振り返る。
「提督、テロリストどもが我らから見て下方へ逃げていっていますが」
「ああ、それでいいんだよ」
上にも動けるのなら下にも動ける。それが宇宙空間だ。逃げるならそれでよろしかろう。
「逃げられるのなら、だけど」
「悪役のセリフですね」
艦長が茶々を入れたが、彼はヴィエラの命令にたがうことなく、上から砲撃を叩き込んでいる。他の戦艦もそうだ。
「針路修正、テロリストどもを追う!」
艦の進行方向が修正されていくが、宇宙空間でブリッジは無重力。先ほどの向きに対して九十度に回頭したとしても、振り落とされる心配はない。
「混戦になってしまうね」
ヴィエラは平然とそんなことをのたまう。宇宙戦闘機が第八特別機動艦隊とテロリスト艦隊の間に展開されているので、混戦になってしまうのだ。戦艦は下手に砲撃できない。
「そろそろかな」
こちらの宇宙戦闘機が後退していく。それを見計らったように、鳳天側から一斉射撃があった。宇宙空間を貫き、ヴィエラたちに頭を押さえられたテロリストたちの機影が消滅する。虚を突かれたように何もなくなった虚空を見つめている初陣クルーたちに、ヴィエラはぱん、と手をたたいた。無重力空間とはいえ、空気はあるので音はする。
「ほら、通信回線を開いて」
「は、はい」
若い下士官があわてて鳴り響いている通信を開いた。映像つきである。
『無視されるかと思いましたよ、准将』
柔らかな口調で言ったのはリュー大将だ。殴られたのか、顔が腫れている。指揮官席に座ったままだが、背筋をただしたヴィエラが答える。
「これは失礼いたしました。ご無事で何よりです、大将」
『白々しいにもほどがありますよ。まあ、あなた方が外で彼らの相手をしてくれたので、外から砲撃されることは無かったわけですが』
まあ、リュー大将の言うように、彼らに鳳天内のテロリストを押し付けたのは事実である。無事にコントロールを取り戻せたようで何よりだ。
「連合軍人たる我らがいては、混乱することもありましょう」
見捨てたと言われては否定できないが、あのまま同じ場にいては指揮系統が混乱する。連合の軍人たちはヴィエラの指示にしか従わないだろう。階級が上とはいえ、統一機構軍に属するリュー大将の指示には反発する。同じ場にいては混乱が増すだけだ。
後付けになるが、的確な判断だったのではないだろうか。と、自画自賛してみる。
第八特別機動艦隊と鳳天駐留艦隊からの砲撃が続き、テロリストたちは追いこまれていく。結局、強いのは数だ。
全滅直前、テロリストが投降した。もう少し早く投降すべきだったとは思うが、終わったのでよしとしよう。ヴィエラはアームレストに肘をついて額を押さえて息を吐いた。何となく気持ち悪い気がする。
「鳳天コントロールに入港許可を求めて。さすがにこのまま連合の支配区域まで帰るのは無理だからね」
弾薬も推進剤もだいぶ消費した。鳳天から最寄りの連合軍基地は月のコペルニクス・クレーターであるが、たどり着くまでに燃料切れになるだろう。つまり、補給を受けるしかない。
鳳天コントロールが入港許可を出した。まあこの状況で断られることは無いと思っていたが、ほっとする。補給を受けるには鳳天に再び入港するしかないのだ。
ヴィエラはデニスと護衛を一人連れて、再びリュー大将と向き合っていた。司令部で会うことになったが、そこに至るまでの通路でブラスターで焼け焦げた跡などを見かけたので、銃撃戦を行ったのだろう。
「入港許可を出していただき、感謝いたします」
「いや、こちらこそ外の敵を片づけてくれたことに礼を言わなければなりません」
周囲曰く、前大戦の英雄の再びの邂逅だとのことだ。モニターで見た通り、リュー大将は頬が腫れており、やはり殴られた様子だった。
「テロリストたちは?」
「牢に放り込んで監視を付けてありますよ。いや、占拠されたとき用マニュアルが役に立ちました」
にっこり笑って言うリュー大将であるが、それって私のせいだろうか、とヴィエラは顔をひきつらせてしまった。前大戦の最終戦で、ヴィエラは鳳天のコントロールを乗っ取ろうとしたことがあるのだ。この様子では、どうやってテロリストを捕まえたのか教えてくれないだろう。
連合側はヴィエラたちがテロに巻き込まれたことを責めるだろう。しかし、統一機構はヴィエラたちが勝手な行動をとったと責める。結局、双方痛み分けで終わると思われた。それはそれでよい。
「いろいろと助かりました。お招きしてこのようなことになり、申し訳ありませんでしたが……ところで、顔色が悪いですが大丈夫ですか?」
リュー大将が本気で心配そうに尋ねた。ヴィエラは頬に手を当てる。
「大丈夫……いえ、ちょっと気持ち悪い……?」
「船酔いでしょうか」
「軍に入ってから九年間、宇宙船に乗り続けているのですが」
それでも、宇宙船酔いをする人はいる。しかし、長年船乗りをしているヴィエラには覚えのない症状だ。それでも一応、鳳天の軍医に診てもらうことにした。
「ブルーベル提督、良くこの状態でここまで来て戦闘を行いましたね。妊娠していますよ」
「!?」
八週間くらいです、と言われて、ヴィエラはぼんやりと地上でできた子だなぁと思った。
軍医には、専門の医者に診てもらった方がいいと言われた。きっと、少し検査をしただけでも、ヴィエラの体が弱いということはわかっただろう。それを踏まえての「よくここまで来て戦闘を行いましたね」だ。
とりあえず、妊娠しているのは確かなようだ。船酔いではなく悪阻だった。新設された部隊を預かったばかりなのに、フォレスター長官に申し訳ない。地上に降りたら長官に相談しなければ。あと、腹の子の父親と思われる人物にも。
やむを得なかったとはいえ、ヴィエラたちは統一機構側の宙域で戦闘行為を行ってしまった。そのため、戦後処理が必要になる。非常に面倒くさい。
「中尉、書類の中見間違ってるよー。二ページ目、第五項ね」
「自分の処理もしながら見つけるって、あなたどんな頭してるんですか」
「こんな感じの頭」
「……体調悪いなら休んでいてください」
ヴィエラの体調不良はちょくちょくあることなので、デニスもまたか、と言う感じで呆れている。これでも心配してくれているのだ、一応。彼女は妊娠していることを今のところ誰にも言っていなかった。連合軍基地に戻るまでは隠し通す所存である。
「まさか式典に来てテロに巻き込まれるなんて思いませんでした」
デスクワークにあきてきたらしいイレーネが言った。ヴィエラは苦笑して、「クジェルの時も巻き込まれただろ」と言った。しかし、そう言えばあの時イレーネは、渦中にはいなかったのか? 助けに来たのは彼女らだったはずだ。
「でもまあ、フェオ少尉の言うこともわかります。大戦が終わって、平和だと思っていましたから」
デニスの言葉も聞き、戦後世代だなぁと思う。
ちなみにここは旗艦シヴであるが、ブリッジではない。ヴィエラの執務室だ。デニスとイレーネは向かい合ってソファに座り、事務作業中である。
「何をもって平和と言うのだろうね。第三次宇宙戦争は、終戦したわけではなく停戦状態だ。今は反戦感情の方が強いけれど、またいつ戦争になるかわからない……いわば、今は小健康状態なのだよ。人々は『平和になった』と口々に言うね。そりゃあ、七年前の戦中に比べれば格段に安全だ。しかし、局所的に紛争が続いているこの状況を、果たして平和だと言いきってしまっていいのだろうか」
一息に言いきって視線を感じて眼を上げると、副官二人がじっとヴィエラを見ていた。珍しい批評に、二人は驚いたらしい。ヴィエラがこういうことを言うことはめったにないのだ。
「……でも、提督はリュー司令官と仲良さそうでしたよね」
イレーネが先に口を開いた。ヴィエラは「表面上はね」と答える。
「実際に顔を合わせたのは初めてだ。何度も聞いただろうけど、前大戦で戦ったからね。お互いを認められるからこそ成立する関係だ、私たちはね」
ヴィエラが言うのは不遜でおこがましいにもほどがあるが、そう言うことなのだ。ヴィエラとリュー大将の理解しあっている感は、敵として戦い、お互いを認めたがゆえに成立したものだ。
「私たちがここで書類仕事をしているのがすべての事実だよ。連合と統一機構は、表面上は仲良くしていても、水面下では反目している。機密情報の集まる宇宙要塞に私たちを招き入れただけでも、相当のチャレンジだったと思うよ」
人はそう、単純ではないのだ。
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次で最終話。




