22話
宇宙要塞鳳天再建記念セレモニーが開催された。こういう式典、ちょっと前にも出席したな、とヴィエラは来賓席で遠い目をする。クジェル女王国での戴冠式だ。女性提督が珍しいからと言って、いろんなところに行かせすぎだろう。まあ、おっさんが出るより、映画女優張りの美女であるヴィエラが出たほうが、見栄えはいい。何度も言っているが!
ほとんどが統一機構側の軍人やスーツを着た企業のお偉いさんの中、連合の軍服を着たヴィエラは目立っていた。ただでさえ目立つのに。
こう言った式典やセレモニーには決まった流れがある。長くてもだいたい一時間くらい。途中で眠くなってきたが、耐えた。ちなみにこの後パーティーもあるらしい。どこぞで参列した戴冠式とほぼ同じ流れである。むしろ、他に流れがあるのなら教えてほしい。
母国での参加は、緊張は確かにあったが、今回に比べると気楽だった。連合を構成する国の一つに赴いただけ、というのもある。しかし、ここは元敵地の真っただ中だ。
「いやです。船に戻りましょう」
などと、さすがに言いだしたのはデニスだった。珍しい。何も考えていないイレーネや、護衛と言う使命感のあるキールらとは違い、彼は純粋にこの状況が怖いらしい。まあ、無理からぬ話ではあるが。
「そう言わずについてきてくれ。私も寂しいだろ」
と、デニスとキールの腕をつかんで引っ張る。イレーネなどは「提督が行くならどこまでも!」と言う感じであるが、この二人は本気で嫌そうだ。正直、ヴィエラも嫌だ。
「あのね。お招きいただいた以上、参加しないわけにはいかないんだよ……この会場じゃあ、私は後ろから刺されても不思議じゃないんだよ!」
いろいろとやらかしているヴィエラであるが、今回は本気も本気だ。まあ、さすがに本当にそんなことをやるやつがいたら、リュー大将に訴えるけど。彼はそのような行為を許さないだろう。
まあ、散々騒いだが、全員本気ではなかった。ヴィエラは連合宇宙軍の正装でパーティーに参加したし、副官二人も護衛もついてきた。
パーティーに出れば、一応連合側の代表として挨拶をしなければならない。定評のある美貌に笑みを浮かべてスピーチを終えた後も、話しかけられれば対応しなければならなかった。
珍しい連合の女提督に、みな面白がって話しかけてくる。プロパガンダのために司令官になった、と思われているようだ。まあ、自分の外見からそれも仕方がないと思うが。
「今だけ提督を替わらないかい」
「いやです」
キールにきっぱりと拒否された。彼の方が男で威厳もあるのになあと、映画女優張りの美貌のヴィエラはため息をついた。相変わらず仮装に見えた。
まあ、面白がって話しかけられたり、嫌味を言われるのはまだいい方。あからさまに誘いをかけてくる輩もいる。上層部をその顔でたぶらかしたんだろうとか、むしろそれでなんとかなるなら何とかしたい。むしろヴィエラは恐れられている気がするし、少し前にも嵌められそうになったばかりだ。
リュー大将とも話をしたい気もしたが、挨拶をするので精いっぱいだった。
「居心地悪いですねぇ。知り合いもいないですし」
イレーネが素直な感想を漏らす。確かに、居心地が悪いのは連合でのパーティーでも一緒だが、あちらはまだ知り合いがいるだけマシなのかもしれない。
ここはおとなしくして時間が過ぎるのを待つばかりである。七年前まで敵だった連合の制服を着たヴィエラたちは、時折睨まれつつ、とにかく時間が過ぎるのを待つ。
さすがに、もういいかな、と言う頃合いでヴィエラはリュー大将に一言声をかけ、借りている客室に戻ることにした。リュー大将も咎めない。居心地が悪いことは気づかれていたようだ。そのことに苦笑しながら会場を出てしばらくしたときだった。
「いま、爆発音みたいなの、聞こえませんでした?」
イレーネが小首を傾げて言った。ヴィエラとデニスは「さあ」と首をかしげたが、キールは「聞こえたかもしれない」と言う。一人なら気のせいですむが、二人だともしかして? となる。
「……攻撃でも仕掛けられたんでしょうか?」
「この規模の要塞を落とすには一個艦隊が必要だよ」
デニスの言葉に、ヴィエラは少しずれた回答をする。デニスは「そうじゃなくて……」と口ごもる。単純に隕石でもぶつかったのではないかと言いたかったのだろう。
足元が揺れた。ここは重力区画なので、ヴィエラが振動に足元をふらつかせる。キールが手を伸ばして彼女の体を支えた。
「っと、ありがと」
「いや……中からの振動だな」
「イレーネもなかなかだけど、お前も良くわかるね」
キールの言葉に、ヴィエラは肩をすくめた。外からの衝撃でないとすれば。
「誰かがクーデターでも起こそうとしたのだろうか」
「縁起でもないこと言わないでください……」
非常識者に囲まれて、常識人デニスは今日も大変そうである。ヴィエラはすぐさま決断を下した。
「このまま艦に戻ろう。巻き込まれると面倒だ」
と言うか、巻き込まれると危険すぎる。ヴィエラたちは少し前まで敵だった存在なのだ。むしろ、艦が制圧されている可能性だってある。その時は交渉するつもりだが、場合によっては荒っぽい交渉になるだろうな、と思っていた。
統一機構軍の軍人が通りかかり、ヴィエラたちは一度通路を曲がって身をひそめた。見ようによってはヴィエラたちの方が怪しいが、見つかるわけにはいかないので仕方がない。
ヴィエラたちの旗艦シヴが停泊している宇宙港の作業員たちは、普段通りに働いていた。連合軍の軍服を着たヴィエラたちを見て、軽く頭を下げてくる。気さくにあいさつをするほど打ち解けられないし、かといって敵意をあらわにするほどでもないのだろう。
「あれ!? 提督!?」
艦内に入ってきた上官を見て、クルーたちが驚きの表情を浮かべる。艦長も振り返り、「どうなさったのですか」と眉をひそめた。
「ちょっとね。ねえ、鳳天内のサーバーにアクセスできるかい? 中の状況が見たい」
ヴィエラはひらりと低重力に任せて指揮官席に座った。デニスも副官席に腰かける。キールとイレーネはそのまま格納庫へ向かった。
平然とハッキングを要請した上官に、オペレーターは微妙な表情をしつつコンソールを操作した。
「映像出ました。スクリーンに出します」
と、監視カメラの映像がスクリーンに分割して現れる。鳳天内の様子を映しているが、全てを映しているわけではないので順番に映像が切り替わる。
「あ、あ、その左下の一個前。F‐4のカメラ映してくれるかい」
「わかりました」
オペレーターがヴィエラが指定したカメラの映像を映す。ブリッジ内がざわめいた。ヴィエラも目を細める。不穏な光景が映っていたからだ。
先ほどまでヴィエラたちがいたホールに、武装した男たちがはびこっていた。ありたいていに言って、占拠されたのだ。
「……テロでしょうか」
艦長が不安げに尋ねる。ヴィエラは「中央指令室を映せる?」とオペレーターに要求した。
「……うん。テロっぽいかなぁ」
中央指令室も占拠されていた。デニスが困惑気味に尋ねる。
「えっと……解放しに向かいますか?」
「せっかく艦にたどり着いたのに? それは嫌。私を含めたクルー全員を連合軍まで連れて帰るのが私の仕事なのだから」
かといって、統一機構は既に敵ではない。ここで見捨ててしまえば、人道にもとると非難されるだろう。
「ああ、もう!」
ヴィエラはアームレストを拳で叩く。びくりと管制官の女性が震えた。
「要塞の外の様子は?」
「不明機が近づいてきていますが……」
「外に出るよ。全艦続け」
ヴィエラの指示に艦長が驚き、振り返る。
「中のクーデターはよろしいのですか?」
「そっちはリュー大将が何とかするだろ。私たちは外の敵をたたく必要がありそうだ」
結局、外のテロリストを片づけなければ、彼女らは帰ることすらできないのだ。
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