21話
何気に最終章です。
クジェル女王国から帰還し、約一か月。ヴィエラは宇宙にいた。いや、宇宙軍所属だから、それで正しいのだが。
新たに創設されたのは第八特別機動艦隊だった。新たに、と言っても、第三次宇宙戦争末期、エクトル・サンタクルス少将が率いた部隊と同じ名前だ。さすがに、戦中ではないので役割は違うが。
新第八特別機動艦隊を率いるのは、この度創設祝いとして昇進したヴィエラ・ブルーベル少将。七年で尊敬する司令官と同じ階級にまで登ってしまった。何故こんなことになったのか、ヴィエラも理解に苦しむ。まあ、一部隊を率いるのが准将だと見栄えが悪い。
副官は同じくデニスとイレーネだ。この二人も創設祝いとして階級が一つずつ上がっている。デニスは大尉、イレーネは中尉だ。
さらに宇宙戦闘機部隊を率いるのは中佐に昇進したキールである。何となく、面倒な人間を一か所に集めたような気もしなくはない。
そんな新設部隊であるが、初任務は演習ではなく、再建された統一機構の宇宙要塞、鳳天への訪問だった。何でもセレモニーが行われるということで、縁のあるヴィエラたちが選ばれたのだ。
「……縁があるって、戦争で戦ったんですよね」
「そうだね。まあ、普通に嫌味でしょう」
イレーネの言葉に、ヴィエラは近づいてくる宇宙要塞を眺めながらため息をついた。
七年前、ヴィエラやキールは、この場所で戦ったのだ。そして、多くのものを失った。それは統一機構も同じだ。なら、こんな要塞、放棄してしまえばいいのに。
と思わないでもないが、再利用しようとした理由もわかる。最終戦の舞台となった要塞だが、崩壊はしていない。宇宙要塞は作り上げるのに時間も金もかかる。無事な部分があるなら、再利用した方が早く安上がりなのだ。
戦闘で崩れていたはずの外観はきれいに直されている。再攻略するのは難しそうだ。
「提督。鳳天コントロールより通信です」
「つないで」
ヴィエラが短く命じると、オペレーターがモニターに映像を出した。
『こちら、世界統一機構宇宙要塞鳳天コントロール。そちらの艦船を確認しました。艦船コードとIDの送信をお願いします』
こちらのオペレーターがヴィエラを振り返ったので、彼女はうなずく。すぐにオペレーターは指示に従った。コードとIDを送信する。旗艦シヴの情報と、艦隊を率いる司令官ヴィエラの情報もだ。
『こちら、鳳天コントロール。国際共同連合宇宙軍第八特別機動艦隊、旗艦シヴの艦船コードおよびIDを確認しました。こちらの指示に従い、入港してください』
「了解しました」
シヴがゆっくりと宇宙港へ入る。下船許可が出るのを待ちながら、ヴィエラはつぶやく。
「あーあ。まさか、この鳳天に合法的に、しかも平和裏に入港することになろうとは」
「複雑な心境ですね」
察したようにデニスが苦笑した。イレーネは宇宙港の中を移しているモニターを眺めて言った。
「修復された鳳天は、前と一緒ですか?」
尋ねられたヴィエラは「さあ?」と首をかしげる。
「外観はほぼ同一だけど、火器類が増えていたね。内部はわからない。私は当時、鳳天の外で艦隊と撃ちあいをしていたから」
ヴィエラは当時、旗艦に乗っていたし、最初の旗艦が沈んでからは別の艦に乗り換えて指揮を執っていた。当時の上官、司令官のサンタクルス少将に指揮権を委譲されていたからである。
逆に、宇宙戦闘機に乗っていたキールなどは、内部まで侵入していたはずだ。むしろ、彼は鳳天内部で被弾し、そこで終戦を迎えて、統一機構軍に回収され、停戦後の条約に基づき、連合軍に戻ってきた。
「……提督、顔が怖いです」
イレーネに訴えられ、ヴィエラは自分の顔から表情が抜け落ちていることに気が付いた。ヴィエラは表情がないと、顔立ちが整いすぎて怖い、と言われることがあった。
「ここじゃあ、暗殺されても不思議はないからなぁ」
「不謹慎なこと、言わないでください」
「仇はうちます!」
デニスとイレーネが言った。イレーネも普通に不謹慎である。
「そいつは無理だね」
あっさりとヴィエラに否定されイレーネはむくれたが、彼女が笑ったことでブリッジの空気が和らいだ。
上陸許可が下り、ヴィエラは副官二人と宇宙戦闘機部隊隊長のキールを連れて、港まで迎えに出ていた鳳天司令官アレクサンダー・リュー大将にまみえた。
「お久しぶり……と言ってよいのでしょうか。鳳天司令官アレクサンダー・リューと申します」
「第八特別機動艦隊司令官ヴィエラ・ブルーベルです。そうですね。直接お会いしたことはありませんが」
アレクサンダー・リュー大将は、七年前の鳳天にいた。当時は中将で、鳳天を守る宇宙艦隊の司令官であった。
つまり、最終局面でヴィエラと直接対決したのがリュー大将なのだ。因縁の二人は、歩み寄って握手を交わす。
「歴史的瞬間とでも言いましょうか」
リュー大将が片目をつむりながら言った。ヴィエラは苦笑を浮かべる。
「どうでしょうか。リュー司令官は名が残っていますが、私は当時、野戦任官の司令官にすぎませんでしたから」
指揮権を委譲されたとはいえ、ヴィエラの階級では艦隊規模の隊を動かすことはできなかった。そのため、野戦任官として一時的に少佐扱いとなったのだ。
「少なくとも私は覚えていますよ。あなたは好敵手、と言うにふさわしい方でした」
リュー大将は微笑んで爽やかに言った。感じが良い人だ。敵だけど。
「過分な評価に恐縮です」
ヴィエラは肩をすくめた。本来、好敵手にふさわしかったのはサンタクルス少将だっただろうに。彼は戦死し、代わりにヴィエラの名が残っている。彼女にはそれも不満だ。虚名の英雄とでも言えばいいのだろうか。
ヴィエラと副官二人、それにキールはリュー大将に連れられ、基地内の貴賓室に連れて行かれた。リビングから三つの寝室に部屋が続いている。基地司令自ら案内してくれた。
「それではブルーベル提督。明日の式典までおくつろぎください。あなたと、ゆっくり話をしてみたいものですが、お歴々がたが許さないでしょうな」
「そうですね」
軍人としては高位にいる二人だが、政治的共同体としてみれば、決定権はないのだ。二人で話していれば、何事かと思われるだろう。
リュー大将が出て行ったあと、イレーネはヴィエラに言った。
「思ったより普通の方でした」
怖い方だと思っていました、とイレーネが言った。ヴィエラは苦笑する。
「私と互角にやりあったからかい? 当時のリュー司令官は、鳳天宇宙艦隊の司令官ではあったが、要塞司令官ではなかった。彼も要塞司令官の無茶ぶりに振り回された側だと思うよ」
ヴィエラも突然全権委任されて困ったが、動けない要塞を守れと言われるリュー中将も困ったことだろう。まあ、基地や要塞はふつう動けないけど。
「じゃあ、要塞司令官はどうなったんですか?」
「いや、イレーネ。この流れだと戦死したんだよ」
イレーネのとぼけた質問に、デニスが冷静にツッコミを入れた。その通りである。リュー中将が戦後処理を行わなければ、今頃キールはここにいないだろう。当時の鳳天司令官は苛烈な人で、敵は皆殺しだ、と言うような人だったから。
「だから、私はリュー司令官に感謝しているんだよ」
と、ヴィエラは笑ってキールを見上げた。キールが無表情にヴィエラを見下ろす。デニスが、「いちゃつくなら帰ってからにしてください」と半眼でツッコミを入れた。まあ今のは、ヴィエラ自身もきわどかったかなと思う。
ひとまず、無事にこの基地を出られるようにおとなしくしていることが必要である、と男性陣に女性陣は注意されていた。
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