20話
貿易摩擦を何とかしたいクジェル女王国政府と、女性初の提督などともてはやされるヴィエラが面白くない軍上層部(陸軍だけではない)の思惑が一致し、今回の事件は起こったようだ。
クジェル女王国の新しい女王はヴィエラの友人。これをうまく利用できないだろうか、と双方は考えた。関税を上げればクジェルが孤立するし、人質にとられてもヴィエラが死ぬとは限らない。うまくいけば僥倖、ぐらいの考えだったようだ。
王宮を出る時、最後の悪あがきとばかりに狙撃されたが、狙われたヴィエラはキールにかばわれて無事だった。その狙撃手も捕まっている。
「改めて礼を言うよ、キール。ありがとう。君がいなかったら死んでたよ……別に撃たれても良かったけど」
「お前に死なれては困る。俺の管理責任になるだろうが」
「それもそうか」
キールは一応、ヴィエラの護衛なのだ。
ヴィエラをかばったキールは、怪我もなかった。怪我は。しかし、銃弾は左腕の義手に直撃し、肘関節を壊されてしまったのだ。ヴィエラはその義手の修理中である。外された自分の左腕をキールが眺めていた。
「……ずいぶん慣れたと思ったが、そこに自分の腕があると思うと不思議な感じだ」
「ちゃんと自分の腕だと認識してるじゃないか。……なんていうけど、私も、たまにまじまじと自分の顔を見ちゃうよね。目の色が違うなぁって」
たぶん、他人が見れば気にするほどではないのだが、それでもヴィエラは外出時にサングラスをかけることが多い。傷跡があるからでもある。
「ほら、応急処置だけど」
「ああ、すまん」
何とかありあわせの部品で義手を修理したヴィエラは、キールの左側に腕を装着させる。キールは腕や指を動かしてその動きを確認した。
「大丈夫そうだ」
「ならよかった。機械工学はそんなに得意じゃなかったのに、お前のおかげで修理ができるようになっちゃったよ」
「……お前は全体的に成績が低かっただろう。正直助かる。片手じゃ修理できないからな……」
「うん。そうだね」
キールの方がヴィエラより工学系の成績は良かったが、いくら彼が器用でも片手で義手を直すのは難しい。よって、ともにいることの多いヴィエラも修理を覚えてしまった。
ヴィエラは微笑むと手を伸ばしてキールの頬に触れる。それから顔をゆがめて彼の胸に額を押し付けた。
「……よかった……無事で」
「ああ」
キールがそっとヴィエラの頭を撫でる。それが心地よくて、ヴィエラは少しの間目を閉じる。それが仕事だとわかっているのだが、ヴィエラをかばって撃たれた時、生きた心地がしなかった。彼にまで置いて行かれるのかと一瞬だが、思ってしまった。
「ねえ……お願いだから、一人にしないでよ」
「……善処しよう」
実際のところ、微妙な問題であった。内臓が弱っているヴィエラは、相応に体が弱く、寿命と言う意味ではキールより短いだろう。しかし、宇宙戦闘機乗りのキールは、戦争中ではないと言ってもいつ死ぬかわからない立場だ。彼の胸に額を押し付けたまま、ヴィエラは笑った。
「私、キールのそういう優しいところ、好きだよ」
「知ってる」
「おや、そうかい」
ヴィエラは笑ってキールから身を離した。すると、今度はキールの方から引き寄せられる。そのまま口づけられて、唇を割られる。深いキスにうっとりしていると、バタン、とドアが開いた。
「そこの二人、いい加減にしてください」
突入してきたのは、もちろんデニスだ。こんなことをできるのは彼くらいである。もともとの性格もあるだろうが、ヴィエラにつくようになって鍛えられたのもあるだろう。
ヴィエラとキールもさすがに横やりが入れば打ち止めだ。ヴィエラなどは何事もなかったかのように、「義手直ったよ」とデニスに報告している。
「……相変わらずですね。それより、帰投命令が出ました」
「おや、新部隊の準備が整ったのかな」
ヴィエラは自分が殺されそうになったことなど忘れたかのような口調だ。キールは顔をしかめたし、デニスも怒っている。
「新艦隊を用意すると言いながら、殺そうとするなんてどういうことでしょうか」
「お偉いさん方も一枚岩じゃないってことだろうね。ああ、面倒くさいねぇ」
ニヤッと笑ってヴィエラはそう言った。キールが、「お前もそのうちその中に入るんだろ」と言った。
「その前に退役したいよね……」
「……僕、できれば提督の元で研鑽をつみたいのですが」
「デニスならいい司令官になれるよ。きっと私よりね」
デニスには素質があると思うのだ。きっと、イレーネだってこのままいけば一部隊を率いるに足る人物になれる。
新女王アンドレアは、忙しい合間を縫ってヴィエラたちを見送りにマンディーク基地まで来てくれていた。アンドレアは軍服を纏うヴィエラを見て言う。
「やっぱり仮装みたいよね。リーシン少佐くらい、貫録があるといいのにね」
「それは無理な相談だね。確かに彼は軍服が良く似合うけど」
「堂々と惚気ないでちょうだい」
アンドレアがヴィエラの腕をたたいた。肩を叩こうとしたが、高かったのであきらめたのだ。
彼女は、キールの左腕が鈍い色をした金属でも何も聞かなかったし、動揺も見せなかった。驚いたような表情は見せたが、すぐに押し隠した。きっと、キールやヴィエラが前大戦に参戦していたことを思い出したのだろう。
聡明で自制心に長けた彼女は、きっと、歴代でもよい女王になるだろう。
「それじゃあ、また。アニー」
「ええ。次はプライベートで会いたいわね、ヴィー」
抱擁を交わし、ヴィエラはシャトルに乗り込む。キールとデニス、イレーネも続いた。窓からアンドレアがいる方向に向かって手を振り、シートに身を沈める。
「いい人でしたね、女王様」
それに美人! とイレーネが楽しげに言う。ヴィエラは肘掛けに頬杖をつく。
「子供のころから才色兼備で有名だったからね」
「提督は違うんですか」
デニスが尋ねた。確かに、ヴィエラの美貌はアンドレアを上回るし、彼女は頭もいい。しかし。
「私は基本的に問題児だからね」
なので、お近づきになりたくはないだろう。たまに、美貌につられてくるやつがいるけど。
ヴィエラは美人で目立ったが、アンドレアほど聡明ではなかった。彼女はある一部に置いて能力が秀でているのである。全体的に網羅しているアンドレアには、学校の成績では絶対にかなわなかった。
「……戻ったら新部隊編成だねぇ。面倒くさい……」
「国家率いるよりはマシだろう」
「それもそうだね」
キールの言葉に、ヴィエラはうなずいた。彼はヴィエラの動かし方を知っている。
「……寝るから、ついたら起こしてくれ」
ヴィエラはそういうと、目を閉じた。副官と護衛役の三人は慣れているので、彼女を放っておく。そんなにわかりやすいだろうか、と思いながら、ヴィエラは本当に眠りについた。
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