2話
本日2話目。
七年前、約十年にわたって続いた第三次宇宙戦争が終結した。この戦争末期、参戦したのがヴィエラやキールであった。
この戦争は、終結間際には覇権争いやエネルギー問題、宗教戦争などが入り組み、複雑なものになっている。現在は小健康状態と言ったところか。
そんな戦争末期に参戦したヴィエラたちは、当時、士官学校を卒業して三年目の中尉だった.
第三次宇宙戦争最後の戦いは、国際共同連合の敵であった世界統一機構軍の宇宙要塞、鳳天攻略戦であった。鳳天戦役と俗に呼ばれている。これに、ヴィエラとキールは特殊部隊として参加していた。
現在もそうだが、キールは宇宙戦闘機のパイロット、ヴィエラは特殊部隊司令副官として、部隊の旗艦に乗艦していた。
大混戦であった、と記憶している。要塞攻めは難しい。戦艦も戦闘機も次々と打ち落とされ、ヴィエラが乗っていた旗艦も被弾した。司令官は、全乗組員に退艦を命じた。
ブリッジ・クルーのほとんどが被弾による衝撃で怪我を負っていた。司令官もそうだし、ヴィエラもそうだった。司令官はそのまま旗艦に残り、ヴィエラは全指揮権を司令官より委譲され、シャトルで別の戦艦に移ることになった。
戦艦でちゃんとした治療を受け、落ちた元の旗艦の代わりに新しく旗艦となった戦艦の艦橋に現れた二十歳の中尉であるヴィエラは、そんなことは無理だ、不可能だ、と言い張ったが、乗りこんだ戦艦の艦長に叱責され、そのまま指揮を執ることになった。
もちろん、ヴィエラより階級の高い士官などいくらでもいた。だが、特殊部隊司令官は、ヴィエラよりも戦場全体を見渡せるものはいない、そう言って司令官代理に任じたのだと言う。迷惑な話である。
まあ、ヴィエラ本人の心情はどうあれ、司令官の思惑は正しかった。機構軍総司令官の乗る旗艦まであと少しと迫り、要塞陥落一歩手前まで行っていたのだ。敵を撃ち落とした分だけ味方も撃ち落とされ、少なくなった自陣に寂しさを覚えながら最後の命令を下そうとしたとき、停戦命令が入った。連合評議会議長が同盟首長と停戦で合意したのだと言う。
ヴィエラは激しく抗議した。このまま戦えば、完勝できる。なのにやめるのか、と。今から考えれば、軍人として、また、指揮権を預かっただけの中尉として出過ぎた行為だった。
もちろん、連合最高評議会は停戦、即時退却を命じたし、連合軍、機構軍区別なく助けるように、と言うお達しが出た。まあ、そのおかげで要塞内部に突入していたキールは帰ってこられたのだが。
ヴィエラのいた特殊部隊は、戦後に昇進した珍しい例の一つだった。最終的に指揮を執ったヴィエラは、その後の戦後処理なども評価され二階級昇進となった。これは、実質的に連合側が勝っていたから軍人の昇進などと言うことができたのだろう。今から考えても、何を考えていたのかちょっとわからない。
大尉をすっ飛ばして少佐になったヴィエラであるが、二階級特進と言えば戦死者に送られることが多い。そのため、戦後しばらくヴィエラが死んだのだ、と大半の人は思っていたらしい。まあ、戦後すぐにヴィエラが長期入院に入って姿を見せなくなったせいもあるが。
その鳳天戦役の名残が、この左目の傷痕なのだ。視力は回復したが、傷跡を完全に消すことはできなかった。
ただでさえ目立つ容姿なのに、この傷があれば『私はヴィエラ・ブルーベル大佐です』と顔面で名乗っているようなものだ。だから、彼女は外出時にサングラスをかけるのである。
キールの協力を得て何とか地上に降りたヴィエラたちだが、これから連合軍統合参謀本部へ移動するには、シャトルに乗らなければならない。イレーネが「ううっ」とうめき声をあげる。
「また移動……なんで軌道エレベーターを本国近くに作らなかったんですかねぇ」
国際共同連合の軌道エレベーター『ユグドラシル』は、その性質上赤道直下に建設されている。ちなみに、統合参謀本部は連合軍の中心であり、連合首都メイエリングに存在する。連合首都は北半球だ。ちなみに。
「……少尉。君は士官学校で何を学んできたんだ……」
呆れた様子のキールに、イレーネはキリッとして「軍人になるべく勉学を積んでまいりました」と答えた。大真面目なイレーネに、シャトル待ちのヴィエラは笑い声をあげる。
「ははは。イレーネ。この惑星の自転による遠心力のためだよ。軌道エレベーターと言うのは、細長いだろう?」
「……大きいですけど」
少し離れたところに見える宇宙まで続くタワーを見て、イレーネは不審そうに言った。ヴィエラは呆れることなく、「人間に比べたらね」とうなずく。
「だけど、惑星の大きさを考えたら、細い糸が垂れ下がっているようなものなんだよ。この細長いタワーを、どこに建設すれば一番『折れないか』。検証したときに最も条件が良かったのがこの赤道直下と言うわけだ」
かなり端折ったが、これくらいでないとイレーネは理解できないだろう。正確な理由を知っているキールなどは「それでいいのか?」とばかりに眉をひそめているが、とうのイレーネはやっぱりわからなかったらしい。首をかしげている。
「首都のあたりに作ると、折れるんですか?」
「そうだね。斜めに遠心力が働くからね。っていうか、あんな人口密集地域に作ったら、万が一折れた時に被害が大きいだろう」
「あっ、確かに」
これで納得したらしい。技術上の問題点では理解できなかったようだが。キールがヴィエラに囁く。
「お前よりすごいな、この子」
「そうだね。時々、どうやって士官学校を卒業したのか不思議になるよ」
ヴィエラの場合はわかっていてやらないのでたちが悪いが、イレーネの場合は本当にわからないのだ。ちゃんと士官学校を卒業しているので、学科の試験も突破しているはずなのだが。
シャトルに乗るときに、再び私服のヴィエラが軍人に見えないと言うことで搭乗拒否されかかったが、彼女も今度は面倒くさがらずに身分証を提示した。
「第三機動艦隊所属、ヴィエラ・ブルーベル大佐だよ。今後、お見知りおき願うね」
身分証を提示する以上、サングラスは外している。顔が確認できないためだ。彼女を呼び止めた下士官は、目の前の女優にしか見えない女性が自分の属する軍隊初の女性提督であると知って背筋に冷たいものが流れた。
「し、失礼いたしました、大佐!」
「別にいいよ、慣れてるから」
そもそも、軍服でないヴィエラたちの方が悪いのだ。まあ、軍服を着たところで彼女が軍人に見えるかと言ったら微妙なところだが。仮装だと思われたことが何度もある。
しばらくシャトルで飛び、首都メイエリングに到着した。その中心に今回の目的地、統合参謀本部がある。陸海空宙のそれぞれの司令部は、首都郊外に置かれている。イレーネがキールを見上げて首をかしげる。
「そう言えば、少佐も統合参謀本部へ?」
「いや。私はこのまま宇宙軍司令部へ向かう。では、提督。失礼いたします」
「はいはーい。ありがとう。今度酒でもおごるよ」
「楽しみにしておきましょう」
他人の目があるので、一応キールも敬語だった。見た目はどうあれ、地位的にはヴィエラは偉いのである。宇宙軍司令本部は、ここだけ統合参謀本部の近くにある。その兵力のほとんどが宇宙に集中しているため、さほどの規模を必要としないのだ。むしろ、統合参謀本部内にある宇宙軍部署の方が大きいかもしれないくらいの勢いである。
ヴィエラは辞令を受ける必要があるので、目的地は統合参謀本部なのだ。私服であるが、身分証を持っているのですんなり入ることができたが、ひとまず軍服に着替える必要がある。
モスグリーンの宇宙軍の軍服に着替えたヴィエラとイレーネであるが、二人ともやはり浮いている感じだ。ヴィエラもサングラスを外しているが、そのために余計に美貌が目立ち、映画の撮影か? というような姿になっていた。つまり、こんな女性軍人、現実にいないだろ、と言うことである。実際にいるし、しかも大佐であるのだが。
参謀総長室で大佐から准将へ昇進の辞令を受け取る。階級章は宇宙軍事務局で発行される。さらに宇宙軍事務局長から次の作戦行動に関する辞令も受け取り、ヴィエラは待たせていたイレーネを連れて今度は宇宙軍司令本部に行くことになった。
「大変ですねぇ、大佐、じゃなくて准将!」
嬉しそうにイレーネが言い直す。自分のことのようにヴィエラの昇進を喜んでいるイレーネに、「昇進って言っても見世物だけどね」というようなことは言えない。
「君もついてくるんだからね。じゃあ、さっさと終わらせて帰ろうか」
「はい!」
帰っても、住まいとしている官舎には誰もいないけど。すでに宇宙が恋しくなってきたヴィエラであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
一瞬で准将へ笑
本日最後の投稿です。