18話
時間を作るから会おう、と簡単に言われたが、実際はそんなに簡単ではなかった。大変なのは移動である。どうしてもヴィエラたちがアンドレアのいる王宮に行く必要があるが、大げさに動くと目立つ。軍人なので歩いて行けるほどの健脚ではあるが、そうなると今度はヴィエラが目立つ。
「で、結局どうやって出てきたの?」
「普通に車二台に別れて出てきたよ。国立劇場で乗り換えて、ここまで来た」
二手に分かれたので、こちらにいるのはデニスとトスカーニ少尉だけだ。キールは目立つので、連れてくるのをあきらめた。軍服で来ることも考えたが、全員フォーマルな私服である。地味なスーツを着ていても目立つ自分に、すでにあきらめの境地なヴィエラである。
「あなたも大変ねぇ。昔から美人だったけど、迫力が加わったわね」
くすくす笑いながら、アンドレアが言った。それから彼女は、どうぞ座って、とソファを示す。ヴィエラはありがたく座ったが、デニスとトスカーニ少尉は立ったままだ。
「お二人も座って」
「いえ。護衛ですので」
トスカーニ少尉が生真面目に言った。まじめが二人だから相乗効果である。自由人、破天荒と言われるヴィエラとは相性が悪いように思われるが、ヴィエラも不真面目なわけではない。
「女王陛下がお困りだろう。二人とも、座りなさい。陛下のもてなしを私と共にありがたく受けるんだ」
上官であるヴィエラが命じると、デニスもトスカーニ少尉もソファに腰かけた。
「……あなた、ちゃんと上官やってるのね。様になってるわ」
「意外?」
「……いいえ。そうでもないわ」
アンドレアはそう言って微笑んだ。この様子なら、彼女も女王としてやっていけそうだ。ヴィエラは偉そうにそんなことを思う。
「ねえお二人……ごめんなさい、名前は何と言ったかしら」
アンドレアは二人に声をかけようとして、名前が思い出せなかったらしい。ヴィエラが促すと、上位者であるデニスがまず名乗った。
「デニス・オンドルシュ中尉であります。ブルーベル提督の副官をしております」
「護衛のマファルダ・トスカーニ少尉です。私は陸軍に所属しております」
簡潔に二人は名乗った。まじめだ。アンドレアは「よろしくね」と微笑む。
「オンドルシュってことは、中尉はこの国の出身?」
「はい。恐れながら、女王就任、おめでとうございます」
「ありがとう……トスカーニ少尉は陸軍属って、ヴィーは宇宙軍じゃなかった?」
「私は陸軍の護衛部隊に所属しておりますので」
「ああ、なるほどね。ヴィー、弱そうだものね」
アンドレアがさらっとひどい。まあ、確かにヴィエラは背丈はあるが体格は細い。トスカーニ少尉と見比べると見劣りするだろう。
「……それは否定しないけど、一応私もちゃんと軍事訓練を受けているからね」
まあ、不真面目だったのは否定できないが、一般人に後れを取ることはないはずだ。たぶん。
「まあ、一応士官学校を卒業してますからね」
デニスが苦笑気味に言った。彼も肉体派ではないが、卒業成績は上から数えたほうが早い方なので、実技もそれなりに優秀だったのだろう。
「それにしても、会うのは数年ぶりね。連合軍の将校を招待することになっているから、どんなおっさんが来るかと思ったけど、あなたで良かったわ。視線をかっさらっていったけどね」
アンドレアが冷かすように言った。ヴィエラも目立つし、隣にいたキールも目立つだろう。
「最後に会ったのは大戦終了前か。私が中尉のころか」
「あれから七年で、あなたは准将で連合軍初の女性提督。話題性ばっちりね」
「いいことばかりではないよ、昇進なんて。二十代の女性の将校なんて初めてだ。まあ、おかげで君の戴冠式に来ることができたわけだけど」
ヴィエラはそう言って紅茶を一口飲んだ。優しい味わいに目を細める。
「本当にびっくりよねえ。私も女王になれるなんて、思わなかったもの」
とアンドレアは今でも自分が女王になれたことが少し不思議であるらしい。ヴィエラは苦笑する。昔から、彼女は頭がよく、それでいて気遣いのできる嫌みのない女性だった。
「アニーは女王にふさわしいと思うよ。堂々としているし、美人だ」
幼いころの面影もあるが、成熟した女性の美貌を持つアンドレアである。必ずしも女王は美人である必要はないが、美人であるほうが何かとお得だ。
だが、アンドレアはわざとらしく顔をしかめる。
「ヴィーに言われてもねぇ。嫌味にしか聞こえないわ」
「そんなつもりはないんだけど」
「わかってるわよ。言ってみただけ」
アンドレアが再びくすくす笑う。そして、その笑みをひっこめる。
「本当に、元気そうでよかったわ。大戦で、大けがを負ったと聞いていたから。それに、お父様のことも、お気の毒でした」
「ああ……どちらも、もう七年も前のことだ」
ヴィエラを連合軍の士官学校に放り込んだ父は、自らはクジェル女王国陸軍に所属していた。彼は志願し、連合軍と共に統一機構軍と戦ったのだ。終戦間近のころの話である。ヴィエラは、父の戦死を戦後に聞いた。
「まあ、父の葬儀に出られなかったのは残念かもしれないな」
葬儀が行われる頃、ヴィエラは絶対安静を言い渡されていたのだ。彼女が初めて父の墓を参った時、すでに父の戦死から四か月が過ぎていた。
アンドレアが少し笑うと、紅茶を一口飲む。それから覗き込むようにヴィエラの若干色の違う瞳を見る。
「ねえ。ヴィー。好きな人はいる?」
「ずいぶんと俗なことを聞くんだね、女王陛下」
普通の女性のような話題に、ヴィエラは目を細める。いや、まあ、アンドレアは女王だが、普通の女性でもある。こういう話にも興味はあるだろう。ヴィエラもないとは言わない。
「ほら、リーシン少佐と言ったかしら。男前ね」
「本人に言ってあげなよ」
「その本人たちはどこにいるの?」
アンドレア、なかなか鋭いところをついてくる。ヴィエラは目を細めて人差し指を唇に当てた。
「さて、どこだろうね」
「もう。相変わらずね、本当に!」
アンドレアがすねたように言った。
その時、不意に警報が鳴った。アンドレアが護衛に「何?」と尋ねている。ヴィエラはというと、アンドレアの背後にいる護衛を注視していた。
「どうやら、下で小火があったようです。陛下、念のため、場所の移動を……」
ヴィエラはアンドレアの手を取ろうとする護衛に向かって、ティースプーンを投げた。
「アニーに何をするつもりだい?」
「准将……」
ティースプーンを払いのけた護衛が顔をしかめる。と、今度はヴィエラの頭の後ろでことが起こった。
「動かないでください、准将」
銃口を突きつけられている気配がして、ヴィエラは両手をあげた。彼女に銃口を突きつけているのは、トスカーニ少尉だった。
「少尉……」
「オンドルシュ中尉も動かないでください。提督の頭が吹き飛びますよ」
デニスがぐっと唇をかむ。ヴィエラは向かい側のアンドレアに視線を向ける。彼女は不安げにヴィエラを見ていた。銃を突きつけられているヴィエラが一番冷静だった。
「アンドレア陛下。ご友人の頭を吹き飛ばされたくなければ、我々と一緒に来ていただきましょう」
「ブルーベル准将が亡くなれば、責任問題になりますな」
アンドレアの護衛と秘書官が言った。ヴィエラはそれを見て、「へえ」と唇をゆがめて笑う。
「お二人とも、必要以上の会話は控えてください。言葉尻から察せられてしまいます」
トスカーニ少尉が言った。思わぬ高評価に、ヴィエラは驚く。
「おや。そんなに買ってくれているのかい?」
「隙だらけのように見えて、全く隙のない方でしたから」
ヴィエラにとっては、陸軍から護衛が出る、と聞いた時からある程度想像はしていた。女性ながらに出世する彼女が、面白くない者も多いだろう。
「ねえ少尉。誰の指示? 何が目的?」
「……私が答えると思いますか」
トスカーニ少尉は頑として口を割らない。これは弱みを握られているな、と思いつつ、揺さぶりはやめない。
「君の直属の上官は誰だったかな……いや、違うな。もっと階級の高い人物かな」
「……口を閉じてください。撃ちますよ」
「撃てるのならね。君たちは、クジェル側と何か取引があるんだろう? 信用を得るために、私を撃てないはずだ」
トスカーニ少尉は動揺したのか、銃口がぶれた。おそらく、トスカーニ少尉を操っている人物は、クジェルのアンドレアを害そうとした者たちと取引をしたのだ。アンドレアは殺害ではなく、誘拐されそうになっていることから、女王権限が必要な何かをなしたいのだろう。それを知ったトスカーニ少尉に指示を出したものが、新女王の友人たるヴィエラを人質にとることを提案した。彼らにとってみれば、ヴィエラなど消えても構わない。これは連合軍からの助けは期待できなさそうである。
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