17話
さらに翌朝。戴冠式の朝である。結局キールの部屋で一夜を明かしたヴィエラだったが、早起きの彼にたたき起こされ護衛たちが気づく前に自分に与えられた部屋に戻っていた。そのまま二度寝してイレーネに再び起こされる駄目な司令官であった。
「提督ってお寝坊さんですよね」
「おや、可愛いことを言うねぇ、イレーネ」
「……お二人はいつもこの調子なのでしょうか」
トスカーニ少尉が自分と同階級の娘と、同年代の割に階級の高い女を見比べて言った。もちろん、いつもこの調子である。ヴィエラがぶちぎれない限りは。
とりあえず、朝食をとる。男性陣はレストランに行っているらしいが、女性陣はルームサービスだ。理由はひとえに。
「もう、提督の美貌は罪の領域ですよね」
イレーネ、言葉の選び方がなかなか秀逸である。トスカーニ少尉もうなずく。
「うらやましいを通り越して、もはやちょっと怖いですね」
「君たちね。私も好きでこんな顔で生まれて来たわけじゃないんだよ」
紅茶を飲みながらヴィエラは言った。その性格が破天荒であり、閉鎖空間であった士官学校では同級生のキールや亡きジルドが防波堤となり、今まで何事もなかったが、何かの事件に巻き込まれていても不思議ではないレベルの美貌だ。身体能力的には、ヴィエラはそこまで高くない。
「最終戦の時に、もう少し顔に傷でも作ればよかったんだろうか」
「それは逆に目立つのでは」
トスカーニ少尉から冷静なツッコミが入った。確かにその通り。というか、彼女も意外となじんでいる。
昼が近づいている。意外と、その時間はすぐに来た。ヴィエラは一部の隙もなく軍服を着こみ、軍帽をかぶる。いつも適当に束ねているだけの栗毛は結い上げ、うっすら化粧もしている。軍服は式典用の正装だ。普段のモスグリーンの軍服でも目立つのに、式典用の白い軍服はより目立つ。そして、どちらにしろ仮装に見える。
「ブルーベル准将はなぜ軍人に? 芸能界などに入られた方が良かったのでは?」
トスカーニ少尉が本気で不思議そうに言った。全身鏡で自分の姿を確認していたヴィエラは短く答える。
「父に士官学校に放り込まれたんだよ。それに、軍人になっていなければ、私は今頃研究室で引きこもっているね」
たぶん。
「でも、今日の提督はちょっと格好良すぎますよぅ。隣に立つのは遠慮したいんですけど」
「安心しなさい。君たちは私の後ろだよ。隣に立つとしたら、護衛隊長のキールだ」
「……むしろ、准将にドレスを着せたほうがいいのでは?」
「あ、マファルダさんに賛成」
イレーネが手をあげてトスカーニ少尉に同意する。どうやら、仲よくしているようで何よりだ。
「うん。まあ、キールが代表だったらそれでも良かったかもしれないけどね」
あいにくと、参列者の代表はヴィエラだ。なら、彼女は軍人の恰好をしているしかない。
部屋のベルが鳴った。男性陣が迎えに来たのだろう。トスカーニ少尉が扉を開けに行った。
「提督、準備はよろしいですか」
中に入ってきたキールがヴィエラを見て一瞬目を細めた。相変わらず仮装みたいだな、と思っているのだろう。
「ああ。よろしく頼むよ、少佐」
ヴィエラはそう言って先に部屋を出る。その後を、キールをはじめとして五人がついてきていた。本来なら先導が必要なのかもしれないが、それは後から合流するクジェル女王国側に任せよう。
「お疲れ様です」
ロビーでぴしっとクジェル女王国軍式の敬礼をしたその男性はハヴェル・ペシェク中尉と名乗った。戴冠式会場までの案内役らしい。彼についてリムジンに乗り込んだが、この車、かなり改造されていて防御率が高そうだ。
「連合軍からのお客様であるブルーベル准将に申し訳が立ちませんから」
と、ペシェク中尉は言った。ヴィエラは苦笑してシートに背中を預ける。
マジックミラーになっている窓から外を見る。どうやら、お祭りムードのようだ。人の通りも多いが、この車は優先的に車道を走っているらしい。
到着した会場は大聖堂だった。イレーネがぽかんと口を開けているのを、デニスが顎をたたいて閉じさせた。舌をかむと危ないのだが。
この大聖堂は古くから残る建造物だった。建てるのに何年かかったんだろうか、という精巧な作りで、確かに、知らなければ圧倒される。
中は既に参列者で一杯であったが、ヴィエラたちが最後と言うこともないらしい。彼女らより、立場が上のものなどいくらでもいる。
バルコニーの来賓席に座ったヴィエラに対し、キールを含めた五人は立ったままだ。イレーネとヴァシーリエフ軍曹がそわそわと落ち着かない。ヴィエラは特に何も言わず、微笑んだ。代わりにキールが睨み付ける。
徐々に空席が埋まっていく。埋まっていくにつれて、周囲に有名人が増えていくのでデニスやトスカーニ少尉の顔がこわばっていく。平然としているのがキールだけだ。もちろん、ヴィエラも態度は変わらない。
肘掛けに頬杖をついて下の方に見える祭壇を眺める。正午になり、式典が開始された。ヴィエラは姿勢を正す。
祭壇に向かって、通路を進んでくる白いドレスの女性。濃い金髪の女性。新女王アンドレア・メリハロヴァーである。数年ぶりに見るヴィエラの同級生であるが、さすがに面影がある。
祭壇でアンドレアは大司教から王冠をかぶせられる。戴冠式と言っても、形式的なもの。女王にほとんど権力などないのだから。
わっと拍手が沸き起こる。ヴィエラも合わせて拍手をしながら、微笑んだ。うっかりその笑みを見た参列者が目を見開いたが、慣れているヴィエラ自身は気にかけもしなかったが。
戴冠式が終われば、パレードだ。新女王が首都内をフロートで回る。ヴィエラたち来賓は見学席からその様子を眺める。映画女優のような外見で軍服を纏うヴィエラはどこでもよく目立った。
「ふぁぁああ。緊張したぁ」
「緊張したって。誰もイレーネのことは見てないよ」
会場がパーティーの開かれる『王宮』に移っていた。控室で、イレーネがソファの背もたれに手をついて息を吐いていた。それに、冷静にツッコミを入れたのはデニスである。
「そうですけど、偉い人ばっかりだったじゃないですか! あたし、すっごい場違いだった……」
「まあ、それは確かに」
「提督、よく平気ですね……」
イレーネが尊敬の念を込めてヴィエラを見る。彼女はにこっと笑った。
「ああいう場では、動揺した方が目立つからね」
「……あなたらしい」
呆れたように言ったのはキールだ。昔からそんなやつだった、と言わんばかりである。
「それより、全員ついてくるの?」
もうすぐパーティーがある。その会場に、と言うことだろう。ヴィエラ以外に五人いる。秘書役と護衛がいることを考えるとそんなものだろうが、パーティー会場に連れて入るには少し人数が多い気もする。
「気になると言うのでしたら、僕とイレーネはここで待機していますが」
デニスが言った。つまり、何が何でも護衛たちはついてくると言うことだ。なら、彼ら二人くらい、いてもいなくても一緒だ。
「……わかった。一緒に行こう」
ため息をついてヴィエラはそういうのだった。目立つが、まあ、待機していてもらえばいいか。ヴィエラも、あまり動き回るつもりはないし、そもそも彼女が目立つのでいまさらと言う気もする。
会場は広いホールだった。おのぼりさんよろしく周囲を見渡しているイレーネとヴァシーリエフ軍曹はトスカーニ少尉に任せ、ヴィエラはデニスとキールを連れて新女王アンドレア・メリハロヴァーに祝いを述べに行った。
「この度はおめでとうございます、アンドレア女王陛下」
「ご丁寧にありがとうございます、ブルーベル准将閣下」
軍隊ではないので、ヴィエラは胸に手を当てる男性風の仕草で挨拶をした。対するアンドレアはドレスをつまんで淑女の挨拶。彼女は顔を上げるとふふっと笑った。
「あなたが来てくれるとは思わなかったわ。お久しぶりね、ヴィー」
「私も、君が女王陛下になるなんてびっくりしたよ、アニー」
微笑みあう新女王と連合軍初の女性提督に、周囲は興味の目を向ける。それに気づいたアンドレアがヴィエラに囁こうとするが、身長差がありすぎて少しむくれる。ヴィエラが身をかがめると、アンドレアはその耳にささやいた。
「明日、時間を作るから少しお話しましょう」
「それは光栄だ」
ヴィエラは微笑むと姿勢を正した。
「陛下、戴冠式に参列させていただき、ありがとうございました。陛下のご健勝をお祈り申し上げます」
きっちりと敬礼すると、周囲から「おお」という声が上がった。アンドレアもまじまじとヴィエラを見上げ「様になってるわね……」とつぶやいていた。
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