16話
翌日、スラックスにジャケットと言うラフな格好で、ヴィエラはクジェル女王国首都の高級住宅街の豪邸を訪れていた。彼女にとっては生まれ育った家でもある。
ヴィエラは門の前でインターホンを鳴らした。
『はい』
落ち着いた女性の声が聞こえた。テレビフォンになっているので、向こう側からはこちらが見えているだろう。
「久しぶりだね、おばあ様。ヴィエラだよ」
『……ええ、久しぶり。ちょっと待ってね。今、門を開けるから』
そう言って祖母は通話をきる。しばらくして、ぎーっと門が開いた。前庭を歩きながらキールが呆れたように言う。
「豪邸だな」
「そうだねぇ。まあ、古いけどね。大昔に当時の女王陛下から下賜されたらしいよ」
玄関に立ったヴィエラを、キールが見た。
「お前の家、そう言うのばっかりだな。中に入ったら、時の女王に貸された国宝とか、あるんじゃないか?」
「あったらしいけど、今は全部博物館に貸し出してるね」
「……あるのか……」
その時、がちゃりと扉が開いた。
「まあ、お帰り、ヴィー。前にもまして美人さんね」
「よく言われる。ただいま、おばあ様」
ヴィエラは祖母ダーシャの両の頬にキスをした。ダーシャはふふっと笑うと、ヴィエラの背後で異様な存在感を放っているキールを目に止めた。
「……ヴィー、こちらのお兄さんは?」
「宇宙戦闘機パイロットのキール・リーシン少佐だよ。キール、祖母のダーシャ」
「初めまして。キール・リーシン少佐です。今回はブルーベル提督の護衛として、同行させていただきました」
キールがびしっと敬礼して名乗ると、「そう言えば護衛も一緒だって言ってたわね」とダーシャは納得したようだ。
「ミハルがあなたを連合軍士官学校に入れるなんて言い出した時は、あなたがそんな重要人物になるなんて思わなかったわ」
「私もだよ。母上とミランはいる?」
「ええ。少佐さんもくつろいでいってね」
「ありがとうございます」
ヴィエラとキールはブルーベル家の中に入った。キールの顔が引きつっている。彼は福祉施設の出身なので、慣れないのだろう。
「お帰りなさい、ヴィー。そちらのお兄さんもいらっしゃい」
「ただいま、母さん。これお土産」
と、ヴィエラは母ロマナにお土産を渡す。ちなみに、ヴィエラは母親似だ。
「……これ、駅で売ってるやつじゃない?」
「そうだね」
おいしそうだったんだよ、とヴィエラはうそぶいてみたが、残念そうなロマナを見てネタ晴らしをした。
「……冗談だよ。はい、こっちは正真正銘連合首都からの土産」
「まあ」
現金な母は喜んでそれを受け取った。生菓子はさすがに買ってこられなかったが、有名店のチョコレートだ。結構いい値段がした。
ちなみに、こちらの土産はキールが持っていた。護衛と言う名目で荷物持ちもさせられている。
土産は使用人が預かって行った。たぶん、お茶うけに出るのだろう。キールは相変わらず理解しがたい、という表情だ。まあ、他人から見ればただのポーカーフェイスだろうが。
「戴冠式に出に来たんでしょ」
「ああ、わかる?」
「そりゃあ、この時期に来るんだもの」
けろっとしてロマナは言った。ヴィエラは肩をすくめてミルクティーを一口飲んだ。そんな彼女に、ロマナは言った。
「新しい女王はアンドレア・メリハロヴァーよ。同級生じゃなかった?」
「そうだよ。まあ、だから帰ってきたわけでもないんだけど」
「そうでしょうね」
母も祖母も肩をすくめた。ヴィエラの性格上、プライベートでは帰ってこないとわかっているのだろう。
「それにしてもお前が准将様だなんてね。世の中どうなるかわからないね」
祖母のダーシャが言った。家族もヴィエラの扱いがひどい。彼女がいやいや士官学校に行ったのを知っているからだ。まさか数少ない女性将校となって帰ってくるとは思わなかっただろう。しかも、前線指揮官だ。
「ごめんなさいね、少佐さん。この子、迷惑かけてるでしょう」
「……そうですね。時々無駄に行動力があるなと思います」
「みんな私をなんだと思ってるんだい?」
頭の中は優秀だが、問題児だと思っているのだろう。コーヒーを飲んでいると、勉強していたらしい弟のミランが降りてきた。
「姉さん、お帰り」
「ただいま。元気にしてる?」
「一応ね」
ミランはヴィエラの実の弟であるが、淡い茶髪に緑の瞳と、あまりヴィエラと似ていない。だが、整った顔立ちはしている。ヴィエラは向かい側に座った弟を見て言った。
「前にあった時より背が伸びたか?」
「伸びるよ。前にあったの、一年前じゃないか」
「ふむ、そうか」
ヴィエラが第三機動艦隊に配属される前に会ったのだったか。なら、それくらい前だ。ヴィエラは頬杖をついてミランを見た。
「お前ももう受験生か?」
「まあ……連合軍士官学校に進学しようかと思って」
「……自分から軍人になろうなんて、奇特な奴だね」
「姉さん、隣で少佐がすごい顔してるよ」
ミランに冷静につっこまれ、ヴィエラはキールを見た。確かに、顔をひきつらせていた。彼は福祉施設を出るために士官学校に入ったのだ。失言だったと思ったが、キールしか聞いていないのでいいか、とも思った。
「じゃあ、姉さんは軍人にならなかったら、何をしてたの?」
「……普通に工科大学に行って、研究員をしていたんじゃないかな」
今となっては、軍人でない自分を想像するのは難しい。彼女が軍人になったのは成り行きだが、今更何をしたいか、と言われてもうまく考えられない。
「……ヴィー……ではなく、提督はお父上に士官学校に放り込まれたそうですが、どんな方だったんですか」
一応、キールが敬語で尋ねた。同い年でも、階級はヴィエラの方が上。ヴィエラの家族はヴィエラがなんと呼ばれていようと気にしないだろうが、気を付けておいた方が無難ではある。
「父はこの家の婿養子でね。クジェル女王国軍に所属してた。エリート思考の人でねぇ。本人もエリートだったんだけど」
しかし、同じものを子供に求めるようなことはしなかった。だが、自分の家から連合軍人を出そうと思うくらいには欲があった。ヴィエラが十五歳のころは、第三次宇宙戦争が始まる直前。うまくいけば、この子は出世できるだろう……それくらいの気持ちで、彼は娘を士官学校に放り込んだ。
「……ヴィー、ちょっと認識の齟齬があるわよ」
「齟齬? どの辺に?」
母ロマナに言われ、ヴィエラは首をかしげた。ロマナはヴィエラが持ってきたチョコレートを飲みこむと、言った。
「大戦が始まれば、軍関係の職に就いたものはいやおうなしに戦争に巻き込まれる。ならば、初めからその軍のトップ集団にいれば、最前線に送られることはないだろうって言ってたわ」
「……その読みが外れたわけだね」
確かに、父の言う通りな面もある。ヴィエラは軍人でなければ何をしていたかわからないが、そもそもが理工学を専門としていたので、軍関係の職に就いていた可能性は高い。後から徴兵されるより、最初からキャリアで入ってしまった方が安全である可能性は高い。
だが、実際は彼女は最前線に送られた。そして、大けがをして帰ってきた。
「提督が優秀すぎたんでしょう」
「……うーん、どうなのだろうね?」
キールの冷静なツッコミの通りならいいのだが、ヴィエラの士官学校での成績はよろしくなかった。可能性は低いだろう。むしろ、やっかい払いで最前線に送られていたとしても、ヴィエラは不思議に思わない。
「そこは否定するところじゃない?」
ミランが苦笑気味に言った。彼もお土産のチョコレートをつまんでいる。
「連合軍士官学校ってどんな勉強するの? 入試問題ってどんな感じ?」
「ああ……本気なんだ」
ミランの受験生らしい質問にヴィエラはそう返した。そして、隣のキールを示す。
「私に聞くよりキールに聞きな。入試でも卒試でも、彼の方が成績良かったからね。次席だっけ?」
「……卒試は」
「でも、姉さんの方が階級上だよね?」
不思議そうにミランが言った。そうだね。ヴィエラは准将だから。
「試験の結果と実際の能力は関係がないと言うことだ」
「それ、言い訳?」
キールの言葉にミランが容赦なくツッコミを入れる。初対面だろうと遠慮がない。
「さすがは提督の弟」
「どこに感心してるんだよ」
ヴィエラはキールの足をテーブルの下で蹴った。キールには効かないようだったが。
結局、キールがミランに試験内容などを語ってやっていた。いわく、ヴィエラの言葉では何となく信用ならないらしい。失礼な話だ。
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