15話
クジェル女王国は連合首都メイエリングから見て北東に位置する国だ。冬は寒く、夏もそれほど気温は高くならない。首都はマンディーク。
この国は緻密な細工と地下燃料で成り立っている国だが、それよりも有名なのが『選挙制女王国』であることだ。
クジェル女王国は不思議な国だ。国家元首である女王を選挙で選ぶ。これは古い時代からの慣わしで、かつては高位貴族の女性の中から選んだそうだが、現在は立候補制である。おおむね、成人とみなされる十八歳以上の女性に被選挙権が与えられる。政治家を目指す、二十代半ばから三十代の女性が立候補することが多いか。
クジェル女王は国家元首であるが、実権はほとんどない。国政に関する実権は、首相が掌握している。クジェル女王国は不思議な国であるが、立憲君主制なのだ。
女王の任期は四年。この四年が過ぎれば、政界に乗り出すものが多い。そのため、議会の女性議員は元女王の占める割合が高いと言う。
国際共同連合(International Community Union)宇宙軍第三機動艦隊第二分隊司令官ヴィエラ・ブルーベル准将はクジェル女王国の出身だ。実家であるブルーベル家は、かつて貴族であったと言う話で、クジェルらしからぬ『ブルーベル』というファミリーネームは時の女王に賜ったとのことだ。
世が世なら、ヴィエラはこの国に女王として君臨していたかもしれない。部下たちにそんなことを言われたが、彼女のやる気のなさから見てその可能性は低いのでは、と思われた。
そのヴィエラたちは、新女王の戴冠式に出席するため、今ほど連合軍用機でクジェル女王国首都近郊の空軍基地に降り立ったところだった。
「お待ちしておりました。私はクジェル女王国マンディーク基地を預かっております、マレク・コレツキー中将です。クジェル女王国へようこそ、ブルーベル准将」
クジェル女王国式の敬礼で迎えてくれたのは、基地司令だった。ヴィエラも敬礼を返す。
「歓迎、痛み入ります。連合軍第三機動艦隊所属ヴィエラ・ブルーベル准将です。よろしくお願いいたします、コレツキー中将」
さすがに基地司令から案内役の大尉になり、ヴィエラたち六人は用意されたホテルに移った。さすがに軍事基地に滞在、とはならない。一応彼女らは『お客様』だからだ。
「戴冠式は明後日の正午からです。空の時間は自由にしていただいて構いませんが、できれば首都内から出ないようにしてください。戴冠式後にはパーティーが行われますので、是非ご参加ください」
大尉がさくっと説明し、退室する。部屋は四部屋。ヴィエラとキールがそれぞれ個室である。佐官以上は隔離されたらしい。ひとまず、言ってくれようか。
「イレーネ。トスカーニ少尉に迷惑かけないんだよ」
「ええっ。なんであたしばっかり!」
イレーネがむくれる。その子供っぽいしぐさにトスカーニ少尉が冷たい目を向けている。デニスも「自分を棚に上げて」と言わんばかりにヴィエラを白い目で見ていた。
「……ひとまず提督。明後日までどうしますか」
ツッコミが機能していないので買って出たのはキールだった。と言うか、キールくらいしか口をはさめないだろう。
「そうだね……私は明日、実家に帰ってこようかな。デニスは?」
ヴィエラの実家は首都内にある。別荘地もあるが、これは地方にあるので今回はいけない。
「僕の実家、首都の外なんですよね……連絡取ってもいいですか」
デニスの訴えに、ヴィエラに視線が集まった。彼女が許可を出せば、デニスは家族を首都内に呼んで会うことができる。
「……そうだね。いいよ。一応、守秘義務は護るようにね」
「心得ています。ありがとうございます」
デニスがほっとしたようにうなずいた。やはり、せっかく来たからには家族に会いたいだろう。会いたいだろうが……。
「でも、すごい人じゃありませんか」
「そりゃあ、明後日戴冠式よ? パレードも企画されているし、観光客も多いでしょ」
陸軍の護衛二人の会話である。トスカーニ少尉はさすがに冷静であるが、何となく、ヴァシーリエフ軍曹はイレーネと同じような空気を感じる。
ひとまず今日はホテルを出ないことにしたが、このホテルも満室のようだ。むしろ、よく四部屋も押さえることができたと思う。むしろヴィエラはキールと同じ部屋でもよかったが、さすがにそんなことは言えない。
「問題があるな。お前はどこにいてもどんな格好をしていても目立つ」
「キールに言われたくはないなぁ」
長身のキールはどこにいても目に付く。ヴィエラはその美貌で無駄に目立つ。私服でホテルの中にいるとそれはそれで目立つので、ヴィエラは部屋の中に引きこもっていた。しかし、一人では暇なのでキールのところに入り浸っているしだいだ。
「いっそ男装して出ようかとも思うけど、男装する時間は考えたら外に出ない方がいいと思っちゃうんだよね」
「基本的にお前は面倒くさがりだな」
そう言うキールも部屋に引きこもって各国の新聞を読んでいたりするので、人のことは言えない。
「……お前、私服で出かけたらナンパされたか?」
「何それ好奇心? されなかったけど」
ヴィエラの場合は、その美貌が予防線になって逆に人が寄ってこない。キールが声をかけられるのは、どこか手の届きそうなまじめそうな顔立ちをしているからだろう。
「……俺はお前と一緒に出掛けるべきだろうか」
「きっと誰も声をかけてこないね。そして、この国中の人間の脳裏に私と君の姿が焼きつくだろうね」
「そんなにか!?」
いつも真面目な表情を崩さないキールが珍しく動揺したので、ヴィエラは笑って「冗談だよ」と言って自分も新聞を開いた。戴冠式に出る時点で、ヴィエラは自分の顔が覚えられるであろうことは覚悟している。まあ、覚えたところで軍人に見えないのは変わらないのだが。
「明日さ。キールは私と一緒に来る?」
「護衛がいるだろうからな」
ヴィエラの身体能力は、女性軍人としても最低限レベルのものしかない。それにこの美貌である。目立つがゆえに声をかけられにくいとはいえ、良からぬことをたくらむ族もいるだろう。
護衛として連れて行くなら、キールかトスカーニ少尉だ。周囲をけん制するなら、キールの方が妥当である。美男美女のカップルとなれば、みんな遠巻きにするだろう。
新聞に、戴冠式の日程と、その後のパレードのコースが書かれている。ヴィエラはそれをじっと眺めた。戴冠式だけではなく、パレードもどこかで見学することになるだろう。
「……お前、何たくらんでるんだ?」
「私、そんなに怪しい顔をしていたかい」
キールに突っ込まれるほど不審だっただろうか。ただ、キールがヴィエラはいつもよからぬことを考えている、と思い込んでいるだけかもしれないが。
「真剣な表情をしていたからな。何かやらかすつもりなんじゃないかと」
士官学校の試験で総合五位以内に入った時の表情と似ていた、などと言われる。士官学校の試験は、もちろん筆記だけではない。実技は平均並みであったヴィエラだから、筆記の成績が満点に近かったと言うことだ。
それはさておき。
「まあね。何かあった時のために、逃げ道は確保しておこうかと」
「それ、俺の役目だよな」
「私の護衛が仕事だろう。逃げ道を考えておくのは指揮官の役目だよ」
「こっそり抜け出すなよ……」
「キールが一緒なら、無理だね」
「俺がいなかったら、やるんだな……」
キールが呆れて首を左右に振った。ため息をつき、キールがヴィエラに訪ねてきた。
「夕食はどうする。ホテル内のレストランでとるか」
「せっかくだし、そうしようか。デニスたちも連れてね」
「あいつらに軍服で来ないように言わないとな……」
確かに、護衛たち二人とデニスあたりは、言っておかないと軍服で来そうだ。軍服は目立つからちょっと避けたいところ。
「まあ、ここに主張が激しすぎるお前がいる時点で目立つけどな……」
「否定できないねぇ」
どこにいても目立つ女、ヴィエラ・ブルーベルであった。せめて少し身長を削りたいな……。
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