14話
「ヴィエラ・ブルーベル准将、命令により、参上いたしました」
「キール・リーシン少佐、同じく、命令により、参上いたしました」
長身の男女がそろって敬礼をするさまは、かなり絵になっていた。二人が端正な顔立ちをしているからと言うのもあるだろう。そんな二人の敬礼を受けたのは、連合宇宙軍総司令長官フォレスター長官である。
「よく来たな、二人とも。そして今日も麗しいな、ブルーベル准将は」
「よく言われます」
しれっとヴィエラは言ってのけた。彼女は自らの美貌が、否定すると嫌味になるレベルだとわかっている。ほめ言葉は素直に受け取っておくべきだ。
「さて、二人に来てもらったのは、今度、特殊部隊が創設されるためだ」
「……その司令官に、ヴィー……ブルーベル提督を?」
キールがそんなことを言うので、彼女は思わず彼を睨んだ。わかっていたが、フォレスター長官はうなずいた。
「その通りだ。司令官にブルーベル准将、実働部隊隊長にリーシン中佐を置く」
「昇進おめでと」
ヴィエラがキールに向かって言うと、彼はじろりと睨んできた。彼女は肩をすくめる。フォレスター長官に向き直り、まじめに尋ねた。
「特殊部隊と言うのは、以前の第八特別機動艦隊のようなものでしょうか」
第三次宇宙戦争中、ヴィエラやキールが属した部隊だ。その名の通り、特殊任務を帯びて、それ故に鳳天要塞に突入などという無茶ができた。だが、受けた損害は大きく、戦後再編されることはなかった。
「ああ、そうだな。本当は陸海空での戦闘力も加え、どのような環境でも対応できる部隊を作りたかったんだが、総バッシングを受けてなぁ」
「そりゃあそうですね。どの軍も、自分の領内に踏み込まれるのは嫌がるでしょう」
ヴィエラが珍しく冷静に指摘した。彼女も、空軍などが宇宙に我が物顔で乗り出して来たら嫌だ。
「お前なら問題なく、どこででも指揮をとれると言ったんだがなぁ」
「いや、勝手に人の名前を出さないでくださいよ」
ヴィエラまで攻撃を受けることになってしまう。
しかし、フォレスター長官の気持ちはわからないではない。いつ、なんどきそれらの戦闘能力が必要になるかわからない。現状では、陸のことは陸軍に、海のことは海軍に、空のことは空軍にお伺いを立てねばならない。そうしているうちに、敵に逃げられる可能性だってある。
それらの機能を一か所にまとめた部隊を作ろうと言うわけだ。理屈はわかるが、現実は厳しかろう。
「まあ、ブルーベル准将に一部隊を率いてもらうことに関してはもう内定が出ている」
「これはまた酔狂なことで」
ヴィエラが准将となり、『提督』と呼ばれるようになったことを皮肉り、女のお遊び、という族だっている。ヴィエラは初の女性提督であるが、男女同権を謳っているのにばかばかしい、とヴィエラは思うのだ。
「しかしまだ、内情が整っていないのでな。そこで、君たちにはクジェル女王国に行ってもらいたい」
「は?」
脈絡が不明で、ヴィエラもキールもそろって声をあげた。司令長官に対してかなり失礼であるが、フォレスター長官はおおらかに笑った。
「いいだろう、准将の出身国だ。お前の父親は先見の明があったな」
「いや、あの人はただの阿呆です」
反射的に言い返してから、果たして自分の父とフォレスター長官は知り合いだっただろうか、と思う。同世代ではあるけど。
「長官、提督、まじめに」
キールがツッコミを入れた。確かに、派遣されるのは命令ならばいくらでも行くが、理由を聞いていなかった。
「先ごろ、クジェルの新しい女王が決まっただろう」
「ええ。報道は見ました」
「クジェルから戴冠式の招待があった。連合軍宛てだが、クジェルは女王国だ。どうせなら女性初の提督を行かせよういうことになった。まだ、新艦隊の準備も整っていないからな」
「……」
若き女王の戴冠式に、おっさんの高官を派遣するよりも、注目度の高い女性提督を送り込んだ方が、見栄えは少なくともいい。ヴィエラは見栄えだけは抜群に良い。
「どうだ。行ってくれるか?」
「ご命令とあらば」
敬礼で答えると、フォレスター長官は微笑んでうなずき、続いてキールを見た。
「リーシン少佐は、その護衛についてくれ。一応、陸軍の護衛部隊が同行するが……お前たち、あからさまに嫌そうな顔をするな」
そんなに嫌そうな顔をしていたのだろうか。何度目かわからないが、ヴィエラとキールは顔を見合わせた。
「護衛部隊と言っても、二人か三人と言ったところだろう。お前たちならうまくできると信じている。頑張ってくれ。……ああ、統合参謀本部で辞令を受け取ってから帰れよ。メンバーが確定してから、改めて詳細を伝える」
「了解しました」
と言っても、戴冠式までそれほど日があるわけではないので、すぐにメンバーを選定の上出発しなければならないであろう。今日も後方事務係は大変である。
長官室を出ると、ヴィエラの副官二人が待っていた。デニスとイレーネがそろって敬礼する。
「どうでした? 失礼なことしてませんよね」
「いや、君が一番失礼だからね、デニス」
「それは失礼しました」
けろりとして悪びれないデニスである。ヴィエラの普段の生活態度が悪すぎるのだろう。だが、仕事はする。
「二人とも、クジェル女王国まで出張任務。この四人と、あと二人陸軍から護衛が派遣される。連合軍を代表して女王陛下の戴冠式に出て来いってさ」
「たしか……今、女王選が終わったところですよね。法学者のアンドレア・メリハロヴァーでしたっけ。年齢的に、准将と同世代くらいですけど」
鋭いデニスの指摘に、ヴィエラは笑って歩き出す。准将である彼女に、他三人がついてくる形になる。
「そうだね。私の記憶違いでなければ、中等学校までは同級生だった」
ヴィエラも、デニスも、クジェル女王国の出身だった。二人とも十五歳から士官学校に通っているので、中等学校時代までクジェル女王国で暮らしていたことになる。
「そう言えば、准将はクジェル風の名ではありませんね。ブルーベルって」
「そうだね。人類が宇宙に進出する前の時代の女王に賜った名だそうだよ」
これでも、ヴィエラはクジェル女王国では名家の出身なのだ。
「……それなのに何故連合軍に……」
デニスの言葉に、ヴィエラは肩をすくめると、話の軌道を戻した。
「それと、戴冠式後のことになるけど、新部隊が設立されるらしい。内定だけどね。で、私がその総司令官だね。君たち二人にも、副官としてついてきてもらう。実行部隊の隊長として、キールが入るから、二人とも、仲よくね」
「はい」
副官二人が良い返事をした。
「さて、統合参謀本部に寄って辞令を受け取ってから帰ろうか。おそらくそこで、陸軍の護衛たちと顔を合わせることになるだろうからね」
面倒だが辞令を受け取るべく、ヴィエラたちは統合参謀本部へ向かった。無事に辞令を受け取った一行は、ヴィエラの予言通り陸軍の護衛二人と顔を合わせていた。陸軍のグレーの軍服を着た男女二人が敬礼する。
「陸軍第三特別旅団所属、マファルダ・トスカーニ少尉であります!」
「同じく、アントニー・ヴァシーリエフ軍曹であります!」
びしっと敬礼が決まっていた。答礼として、ヴィエラも敬礼を返す。
「宇宙軍第三機動艦隊第二分隊司令官ヴィエラ・ブルーベル准将です。短い間だけど、よろしく頼むよ」
口角をあげて微笑むと、ヴァシーリエフ軍曹が頬を染めた。せいぜいイレーネと同世代ほどに見えるので、兵卒からのたたき上げだろう。
一方のトスカーニ少尉は、二十歳を少し超えたくらいだろうか。通常、士官学校を卒業した場合、任官時は少尉、その後一年から二年の間に中尉に昇進するので、彼女もおそらくたたき上げになる。士官学校卒のいわゆる『エリート』集団に、陸軍は現場たたき上げをぶつけてきたことになる。
さて、この遠足のように見えて難易度の高そうな任務はどうなるか。特に、トスカーニ少尉は気が強そうだ。ヴィエラはため息をつきそうになるのをかろうじてこらえた。
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