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Foresight  作者: 雲居瑞香
13/25

13話









 宇宙海賊どもの討伐を終え、低軌道ステーション基地に戻ったヴィエラを待ち構えていたのは、訃報だった。地上の連合軍附属病院で療養中だったジルド・カルツァが亡くなったと言うのだ。いまだ地上待機中の戦友、キールからのメッセージで、ヴィエラはそのことを知った。プライベート・メッセージでヴィエラはそれを知ったが、アリエテ准将も、海賊討伐中に退院してきたストルキオ司令官も承知していた。


「あと一週間ほどで任期は終了となるが、先に降りるか?」

「……いえ」


 気を利かせてくれたストルキオ司令官に首を左右に振って断り、ヴィエラは任期終了まで務めることにしたが、その間、精彩を欠いていたのは事実だ。デニスにも迷惑をかけたし、イレーネも心配させた。

 とはいえ、ヴィエラは仮にも最終戦を生き残った司令官だ。臨時であろうとも。それなりの精神力は持っていた。つつがなく後を引き継ぐ第四機動艦隊に任せ、ヴィエラたちは地上に降りることになった。


「やっと地上だぁ」


 イレーネがもろ手を挙げて喜ぶ。ヴィエラは苦笑を浮かべた。人類が宇宙へ進出しても、彼女らのホームは大地なのである。ヴィエラはいつぞやと同じくサングラスをかけ、いつぞやとは違いしっかり軍服を着こんでいた。

 それでも軍人のコスプレに見えるヴィエラであった。身分証が本物なので、止められることはないが、じっと見られていた。

「……見られてますねぇ」

「准将は美人ですからね」

 副官二人が言った。イレーネの方は一般論を口にしたデニスとは違い、はっきり言った。

「っていうか、准将、軍服着ててもあんまり軍人っぽくないですもんね」

「自覚はあるよ。イレーネは軍服だとちゃんと軍人に見えるんだけどねぇ」

 こんな女性軍人、いるわ~、となるのがイレーネ。これ、何かの映画の撮影? となるのがヴィエラである。

 ひとまず、地上いきエレベーターに無事に乗り込んだ。第三機動艦隊は、艦隊と言うだけあり人員が多いので、何度かにわけて地上に降りることになる。年齢の影響で、ヴィエラが最後であることが多いのだが、今回は諸事情により先に下ろしてもらったのだ。先にと言っても、数時間の差なのだが。


 その数時間の間に、地上連合首都メイエリングに到着したヴィエラは、郊外の連合宇宙軍司令本部に帰還の挨拶をすると、その足で共同墓地に向かった。二人の副官とは、司令本部で別れている。

 途中で買った花束を、ヴィエラはまだ新しい墓石に手向けた。その墓の主が、たったの二十七年で人生を終えたことが読み取れる。サングラスを取りしゃがみ込んだヴィエラは、墓石を撫でた。


「そういうことだったわけだ、ジルド。私に嘘をついたな」


 墓の主ジルドに向かって、ヴィエラはつぶやいた。つぶやいてから、いいや、と思う。嘘はついていないのか。本当のことを言わなかっただけで。きっと、キールも知っていただろうに言わなかった。あの二人ならやりそうなことだ。

 宇宙で分隊とはいえ、指揮官の一人であるヴィエラを動揺させたくなかったのだろうとわかる。わかるが、納得はできない。

 だが、知っていたところでどうしただろうか。任務を放棄できないし、ヴィエラは宇宙に戻るしかない。結局、気もそぞろのまま指揮を執ることになっていたかもしれない。


 そう思うと、彼の判断は正しかったのだと思う。しかし、感情と理性は別なのだ。


 ジルドは鳳天攻略戦で最後まで共に戦った仲間だ。宇宙戦闘機パイロットであった彼に、要塞内部に侵入するように命じたのはヴィエラだ。その場で彼の命が終わるようなことはなかったが、この戦いがきっかけで、ジルドは体を病んだ。二十七歳と言う若さで彼が亡くなったのは、ヴィエラのせいだ。戦争は終わった。だがあと何人、こうして見送らなければならないのだろう……。

「やはり来ていたのか」

 聞き覚えのある声に、ヴィエラは振り返った。キールが白い花を持って立っていた。普段なら「似合わないな」くらいの軽口はたたくのだが、あいにくとそんな余裕もなかった。実のところ、花束を抱えるキールはそれなりに様になって見えた。

「葬儀、もう終わったんだってね」

 墓があるのだから当然なのだが、ヴィエラはそう言った。キールが「ああ」とうなずく。

「一週間ほど前だ」

「……」

 その頃なら、海賊討伐を終えて間もなく基地にたどり着くか、と言ったころだ。なんにせよ、間に合わなかったということである。


「……殺した張本人が、葬儀にすら間に合わないとはね……」


 直接死んで来い、と言ったわけではない。だが、要塞の中に侵入せよ、という命令は、つまりはそういうことなのである。後悔はしていないし、同じ状況であればヴィエラは、また同じ判断を下すだろう。

 つん、と鼻の奥が痛い。唇をかみしめ、泣きそうなのをこらえた。キールが彼女の肩を抱き寄せ、軽く揺さぶる。


「お前のせいじゃない、と言うのは簡単だが、お前はそういう言葉を望んでないだろ。……俺は、的確な判断だったと思う」


 正しい判断ではなかったかもしれない。ヴィエラはキールの肩にかじりついて声をあげて泣いた。二人とも軍服なので、准将が少佐にすがって泣いている、という若干わけのわからない構図になっているが、幸い、誰も近くにはいなかった。

 泣いても、わめいても、誰も帰ってこない。ヴィエラもキールも、置いて行かれる。置いて行かれても、生きている限り、彼女らは生き続けなければならない。


『平和を叫びながら人を殺すんだ。敵も味方も。罰当たりだよなぁ』


 自然の摂理に逆らってる、と笑いながら言ったのは第三次宇宙戦争末期、ヴィエラたちが属した第八特別機動艦隊の総司令官を務めたエクトル・サンタクルス少将だ。三十代半ばの人当たりのよさそうなその男性は、年若い自分の副官、つまりヴィエラ・ブルーベル『中尉』にそんなことを言った。ヴィエラも去るもので、『あら』と微笑む。


『罰当たりって、提督は無神論者ではありませんでした?』

『痛いところをついてくるね。この世界に神はいないからな』


 どこかで聞いたようなセリフを吐き、司令官とその副官は笑った。ヴィエラは、彼に様々なことを教わった。戦術運用、艦隊運用、人心掌握、状況判断。

 彼女が士官学校時代、司令官育成コースを受講したのはたまたまだ。じゃんけんで負けたからだ。しかし、ヴィエラがエクトルから学んだことは、彼女がすすんで学んだことだ。

 エクトルは司令官足りえなかったヴィエラを、司令官になさしめた。デニスたちは彼女が優れた教師になるだろうというが、彼女にとっては彼こそが教師だった。多かれ少なかれ、キールやジルドも影響を受けているのだろうと思う。


 第八特別機動艦隊は、その名の通り特殊部隊で、不思議な、家族のような雰囲気があった。司令官の影響が、大きかったのだろう。

 ヴィエラにとって、ジルドやキールは長い時を共に過ごした存在だった。だが、もうジルドはいないのだ。


 ヴィエラはキールの肩に額を押し付けると、唇をかみしめて涙を流した。


 こうして、これからも失っていく。戦争と言うものは、失うばかりなのだ……。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


たまにシリアス……。


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