12話
ヴィエラが地上から戻ってきてから十日後。第三機動艦隊第二分隊は海賊討伐に出動することになった。海賊の規模としてはさほど問題はない。問題は、新人さんたちである。
「やれるだけのことはやったからねぇ。後は、どれだけ私たちの命令に従ってくれるかによるね」
司令官席でヴィエラはのんびりと言った。緊張感がないわけではないが、ヴィエラとしては、上層部は新兵たちを突然戦場に放り込む前に、経験値稼ぎをさせたいだけだろうと思っている。よって、討伐の規模としては無理なく勝てる程度だろう。
「はっ。これが人事を尽くして天命を待つ、と言うやつですか!」
イレーネが突然叫んだので、ブリッジ・クルーがびくっとした。平然としているのはヴィエラだけだった。彼女は指揮官席の肘置きに頬杖をつく。
「ちょっと違うけど、よく覚えてたね」
「准将の話、分かりやすいんですよねぇ」
ニコニコとイレーネが言う。ヴィエラはそんなイレーネを見て笑った。
「やっぱり、教師にでも転職しようか」
「殺伐としてそうですね、准将が受け持つクラスは」
「あはは。そうかい」
デニスの手厳しいツッコミに、ヴィエラは笑う。冗談だとわかるからだ。つまり、転職するな、と言うことだ。
航行は順調である。しかし、海賊が根城にしている付近に近づくにつれ、緊張感が高まってきた。その中で常と変らないのはヴィエラとイレーネくらいだ。
「准将。今のところ、航行は順調です。妨害が全くないのが、逆に気になりますが……」
ジャルベール艦長がちらりと指揮官席のヴィエラを見やる。彼女は表情の読めないポーカーフェイスではなく、真剣な目で情報の流れるモニターを見つめている。彼女は両手の平を合わせ、人差し指側を唇にあてるようにし、考える体勢を作る。
自然と、ブリッジの空気が引き締まる。この姿勢の彼女が、考えを巡らせているとわかっているのだ。
「……進路を変更する。全艦、二時の方角に進路を修正。速度はそのまま、戦闘準備開始。パイロットはコックピットで待機。イレーネ、第一部隊マイエル少佐の指揮下に入りなさい」
「了解です」
ヴィエラがまじめな口調なので、イレーネも軍人らしく敬礼で答えた。彼女がブリッジを出てから、ヴィエラはもう一人の副官に声をかけた。
「デニス。この辺りの宙域図を出してくれる?」
「はい」
デニスがヴィエラの前に宙域図を表示する。ジャルベール艦長も呼んで、臨時作戦会議である。
「今私たちはここ。で、海賊たちの拠点はここ」
点滅している自分たちの現在地から少し離れた小惑星帯を指でたたく。彼女らは、この場所へ一直線に向かっていた。しかし、現在、ヴィエラが進路変更を指示したことで、目的地がそれていた。
「どうなさるおつもりですか」
ジャルベール艦長が尋ねた。ヴィエラは顔をしかめた。
「本当は、部隊を二つに分けたいんだけど、そこまでの戦力がない」
「まあ、新兵を抱えていますからね」
デニスもうなずいた。ジャルベール艦長が尋ねた。
「では、海賊どもはこちらの動きを察して待ち構えていると?」
「ここまで静かなのは逆に不自然だからね」
誘われているような気がするのだ。だから、あえて進路を右にとった。側面から攻撃されないためだ。しかし、最もまずいのは後方を取られることである。まあ、宇宙戦闘機がある以上、ある程度は対処可能ではあるのだが……。
「挟撃される可能性は?」
デニスが尋ねる。彼は副官たるべくして配属された青年だが、なかなか指摘が鋭い。
「もちろんあるよ。進路を変更してしまったからね。進路上に海賊たちが待ち構えていれば、これ幸いと挟撃されてしまうけど……まあ、そんなことにはならないだろうね」
「何故です?」
「彼らは小惑星帯の中で待ち構えていたいだろうからね」
彼らは、ヴィエラたちよりもゲリラ戦になれているはずだ。なら、戦場として障害物の多い小惑星帯を選ぶ。ヴィエラも苦手ではないが、最初からそのつもりで待ち構えているものたちの中へ突っ込むのは遠慮したい。
ならば、戦場を広大な空間にしてしまえばいい。野戦は地上では避けるべきところだが、この宇宙空間では行動範囲が広がるのでいくらでもやり方がある。
「では、どうします?」
デニスが尋ねた。ヴィエラは静かに答える。
「彼らはこちらに向かって進撃してくるだろうね。待ち構えていたのに、無視されたのではたまらない」
海賊たちは、次の獲物としてヴィエラたちを定めていたはずだ。それが思うように来ないからと言って、あきらめるだろうか?
「来ないならそれでいい。迂回して大本をたたけばいいからね。要塞攻めは難しいんだけど……」
難攻不落と言われた統一機構の要塞を、陥落一歩手前まで追い詰めた人物の言葉ではない。
ヴィエラは唇を人差し指でたたく。細められたやや濃さの異なる青い目が、周囲の人物に表情を引き締めさせる。その時。
「レーダーに反応! 捕らえました! 艦影三。大きさから、戦艦二、輸送艦一と考えられます」
オペレーターからの報告に、ヴィエラは両掌を合わせ、人差し指を再び唇に押し付ける。
「周囲に他に敵がいないか確認を」
ジャルベール艦長が素早く指示を出す。この艦ソグンに関しては、ジャルベール艦長に指揮権がある。しかし、この分隊全体を動かすには、ヴィエラの命令が必要だった。
「……それでは、作戦行動を開始する。宇宙戦闘機第一、第二部隊は出撃。第三部隊はそのまま待機。向こうもこちらを捕捉しているよ。慎重に行こう」
おおよそこれから海賊退治に行くとは思えない口調だった。しかも、真剣な表情に対して口調が穏やか過ぎた。しかし、指示を受けたブリッジ・クルーたちは緊張気味だ。何しろ、クルーにも新人は多い。
艦運営に関してはヴィエラは口を挟まないようにしている。ヴィエラも艦長を務めたことがあるが、口を挟まれると面倒くさいのだ。非常に。
「早く状況を報告!」
「違う! 光信号を送ってどうする!」
「そのまま! 速度を上げすぎるな!」
割と混沌としている。大丈夫だろうか、とヴィエラは少し不安になるが、表面上は泰然と構えていた。
「……大丈夫ですかね」
デニスがつぶやいた時、スクリーンの向こうでヴァルキュリアが爆散した。今回は新人が多いので、被害も大きいかもしれない。
「みんな、まじめに訓練を受けていたからね」
大丈夫だとは、言わなかった。ヴィエラの立場上、言えない。戦場では何が起きるかわからない。大丈夫、勝利と共に帰ってくる、と言って出撃したパイロットが帰ってこない、などということはざらにあるのだ。俗に言う死亡フラグと言うやつだ。軍人はこの手のフラグを立てることが多いが、何故か、パイロットにその比率は高い。
だが、キールやジルドなら、やはりヴィエラと同じように不確かなことは言わないだろうな、とヴィエラはこの状況で少し微笑む。だが、デニスに睨まれたのですぐに表情を引き締めた。
そろそろ決着がつくか、と言う頃、海賊の背後に彼らの援軍が到着した。ジャルベール艦長が振り返る。
「いかがしますか、司令官」
「負けそうになって、戦力を投入してきたか。しかし、全軍ではないな」
ヴィエラは立ち上がると、言った。
「第三部隊を出撃させよう。第一、第二部隊は順次補給に入ること。連戦になるが、このまま本拠地から戦力を引きずり出してしまおう」
戦力の逐次投入は下策だ。ヴィエラなら最初から大規模な部隊を編成している。まあ、そんな余力もなかったのかもしれないが。
「さて、仕上げだね」
「……准将の方がよほど敵役に見えますね」
デニス、上官に向かって言うことがひどい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
戦争的な話は難しい。作戦考えるのが面倒くさいから、誰かル〇ーシュ連れてきてくれないかな……そういえば、『復活』の映画、面白かった。あのメガネ欲しい。




