11話
最近、病院を訪ねる機会が多いな、と思いながら。ヴィエラはアリエテ准将と共に軌道エレベーター・ステーションの軍病院に来ていた。先日、盲腸の緊急手術を終えたばかりの第三機動艦隊司令官ストルキオ中将の見舞いに来たのである。
「お久しぶりです、ストルキオ司令。昨日付で帰還いたしました」
きれいな敬礼をしながら、ヴィエラは病床の上官に向かって報告した。上半身を起こした司令官はヴィエラに返礼する。
「無事で何よりだ。いつもながら麗しいな、大佐。いや、准将だったな」
昇進おめでとう、と言われてヴィエラは肩をすくめた。五十歳前後のこの司令官は、鷹揚な切れ者で、しかも紳士だ。
「さて、気づいたと思うが、ブルーベル准将の旗下に新兵を配属させてもらった」
ストルキオ中将はこの配置を決めているときに虫垂炎を起こしたらしい。そして、残りの処理はアリエテ准将とストルキオ中将の副官が行ったらしい。
「はあ、と言うか、半分くらいが入れ替わっていたんですけど」
「もう艦隊登録名簿に目を通したか。さすがだな」
一応、準司令官なのでそれくらいはする。しかし、ストルキオ中将が感心したのはその点ではない。彼女が名簿を『見た』ということは、その内容を記憶していると言うことだからだ。
「ひとまず、ブルーベル准将、海賊討伐に行って来い」
「……私がですか」
「お前がと言うよりは、お前のところの新兵たちにだな」
ストルキオ中将に命じられ、ヴィエラは「了解しました」と敬礼して承る。
「ところで、私はしばらく入院だそうだ」
「これで退院できたらびっくりですけどね」
とアリエテ准将が苦笑する。しばらくは安静にしていなければならないのは明白だ。
「戦闘中に倒れでもしたらシャレにならん。治るまでおとなしくしているさ」
「あ、それ大事ですね」
かつて、負傷の身ながら艦隊指揮を執ったことがあるヴィエラが感慨深くうなずいた。文字通り血を吐きながら指揮を執ったものだ……。
「まあそれはともかくだ。ブルーベル准将には新兵教育を任せる。お前の教育方法には定評があるからなぁ」
「……最近にも、似たようなことを言われたんですよね」
本気で教師に転職した方がいいだろうか。結構真面目に考えていると、その考えをよんだのかストルキオ中将が言った。
「いや、退役するなら今回の新兵を使い物にしてからにしてくれ」
「……かしこまりました」
ここであっさり引き受けるあたり、ヴィエラにも自負があるのである。一応、准将の地位を賜った者として。しかし、このままだと軍人ではなく教育者として名を立てられそうだ。
「鍛える方法はブルーベル准将に一任する」
「……さっきから任されてばかりのような気がしますが、わかりました」
できる範囲なのでヴィエラは受諾した。海賊討伐に行く前に練度を見る必要がある。アリエテ准将の分隊にも手伝ってもらって、シミュレーションでもしようか。
「新兵教育と海賊退治はブルーベル准将に任せるが、指揮系統としてはアリエテ准将、ブルーベル准将、副官アレンスキー大佐の順とする。アレンスキーまで指揮権を下ろすことはないようにな」
「了解しています」
アリエテ准将とヴィエラは、そろって敬礼した。ストルキオ中将の副官アレンスキー大佐はベテランだが、人員をまとめられる指揮官をできるか、と言うと疑問が残る。世の中の副官には二種類いる。指揮官になるべく指揮を学ぶために、一流の司令官の側にいる副官と、事務処理が得意で副官として配置されたものと……アレンスキー大佐は後者だった。ヴィエラの副官の中では、デニスが後者、イレーネが前者だろうか。
つまり、何が言いたいかと言うと、アレンスキー大佐は指揮を執り慣れていないのでお前ら戦線離脱はするなよ、と言うことだ。
ストルキオ中将の病室を出た二人の准将は自らの分隊旗艦へ向かいながら話をしていた。
「まあ、俺は留守番してるから、お前は心置きなく部隊をこき使ってこい」
「まあ、第三機動艦隊がすべて出る必要はないと思いますが……いつ出撃命令が出るか、緊張しながら訓練に励め、と言うことなのでしょうか」
そう。今すぐに出撃しろ、と言っているわけではないのがクセモノなのだ。すぐに命令が下りるかもしれないし、そうでもないかもしれない。実際に被害が出ている以上、そんなに先のこととは思えないが。
「お前なら大丈夫だろ、と思われている節があるからな……そう言う俺も同じだが」
「あまり過信しないでいただけます?」
苦笑気味にヴィエラは言う。係留ドッグの分かれ道に来た。ヴィエラは無重力に浮いたままアリエテ准将に向かって敬礼をする。
「任された以上は、何とかやりますよ。では、准将もお気をつけて」
「ああ、心配はしていない。というか、同じ階級なんだからな。名前で呼んでくれてもいいぞ」
にやっと笑ってアリエテ准将はそう言ったが、ヴィエラは笑って「まさか」と答えた。
「年長者は敬っているつもりですので」
「一回りくらい年が違うもんな……」
さすがにそこまで違わないだろう。それでも、十歳くらいは違うけど。
アリエテ准将を別れ、ヴィエラは床を蹴って無重力の通路を進む。第三機動艦隊第二分隊旗艦ソグンに戻った。
「ありがとう。今戻った」
「お帰りなさい。司令官はどうでした?」
尋ねたのはヴィエラの不在中を頼んだデニスだ。ヴィエラは指揮席につきながら答えた。
「少し時間はかかるかもしれないけど、回復するだろうね。まあ、しばらくはアリエテ准将が司令官代理だから、そのあたりをよろしく」
「やはりそうなりましたか。了解です」
デニスは指揮系統を聞くと安心したようにうなずいた。そんなにヴィエラが最高決定者になるのが不安だったのか。
「それと、もうしばらくしたら我が分隊に海賊討伐の命が下るだろうね」
「第二分隊だけで行くんですか」
デニスが驚いたように言った。ヴィエラが「そうだね」とうなずく。
「その方が指揮系統が混乱しなくていいよ。ストルキオ司令がいるならともかく、同格者が二人いるって、結構ややこしいからね」
同格者どころか、階級が低い方が司令官、というややこしいを通り越して混とんとした状況を経験したヴィエラの言には実感がこもっていた。もちろん、ただの中尉には艦隊の指揮は取れないので、緊急的に野戦任官として少佐と呼ばれたけれど。
まあそれはいい。
「……大、じゃない、准将とアリエテ准将なら、そんなことはなさそうですけど」
デニスが首をかしげているが、ヴィエラは「私たちはね」と苦笑した。
「混乱するのは下士官たちだよ。実際に艦を動かし、戦闘機で戦うのは彼らだからね」
「……ああ、なるほど」
デニスは納得したが、ヴィエラはその隣にいるイレーネに目を向けた。
「イレーネ、わかってる?」
「ふぇっ!?」
一応話を聞いていたと思うのだが、振られて驚いたようだ。イレーネは「ええっと」と首をかしげる。
「誰の命令を聞けばいいのかわからなくなるってことですよね?」
不安げだったが、なかなか的を射た要約だ。ヴィエラは「そういうことだね」と微笑んだが、他のブリッジ・クルーには戦慄が走った。
「イレーネが!」
「フェオ少尉が理解できた、だと……!?」
「みんなひどい!」
「いや、ひどいのは君の頭の中身だよ」
と、半泣きのイレーネに最後通牒を突きつけたのはデニスであった。メンタルが鋼鉄であるイレーネもさすがにすねた。
「いや、言いすぎじゃないかな、デニス。イレーネ、この調子で少しずつ覚えて行けば、数年後には人並みにはなってるよ。大丈夫。士官学校を下から数えたほうが早い順位で卒業した私が、准将になれるくらいだからね」
「准将も准将で、頭の中身が違うと思うんですけど」
デニスからさらにツッコミが入った。しかも、ヴィエラも微妙にフォローになっていないのだが、イレーネが気づかなかったようだ。
「じゃあ、また准将が教えてください」
「時間があればね」
教師に上官を選ぶなど贅沢だ、とクルーたちは思ったが、少し頭の足りないイレーネの頭の中身が強化されるのであれば、いいかな、と思った。
「……准将、本当に教官になれるかもしれませんね」
「そうかい。異動願い出そうかな」
「それはやめてください」
自分から言い出したくせにきっぱりと止めてくれたデニスに、ヴィエラは苦笑した。
「まあ、望まれている限りは望まれる仕事をしたいものだね、私も」
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