04
着いた場所は第三騎士団に宛がわれた執務室だった。
アルジャノンは机の上に置いてある報告書類に手が全く付けられてない事実に諦めの溜め息を吐いてから、切り替えるように笑顔を浮かべシュゼットを招き入れた。
勿論、紳士らしく扉は少し開けておく。
「そこに座って待っていてください」
そう長椅子に座るよう彼女を促すと机の引き出しから1つ紙袋を取り出した。
それを持ってローテーブルを挟んで彼女の正面の長椅子に腰掛けるとその袋を彼女の前にすすっと滑らせて置いた。
シュゼットはアルジャノンの顔から手元へ視線を動かし、再びアルジャノンの顔に戻すと首を傾げた。
「こちらは一体・・・?」
「先日、リボンとハンカチをお借りしたので」
彼に言われ、紙袋を手に取り中身を確認する。
するとリボンは滑らかなベルベットの碧色の生地で、ハンカチーフは綺麗な刺繍が入った絹の物だ。
彼女が使っている木綿の黒いリボンでも、シンプルな白いハンカチーフでもない。
「わ、私のでは」
ありませんと続けようとしたのだが次の言葉で遮られてしまった。
「あのように使ってしまったので新しいのをとご用意したのですが、お借りした物は大切な物でしたか?」
不安げに尋ねる彼にぶんぶんと首を横に振るとアルジャノンが哀愁を漂わせて言葉を続けた。
「騎士としてお守りできなかったのはとても心苦しいのですが、せめてものお詫びとして受け取ってもらえませんでしょうか?」
否と言えるはずもなく、正直なところ、彼からのプレゼントが嬉しくないはずもなく、シュゼットは頷くと紙袋を引き寄せた。
そっと中からリボンを取り出して、あまりの嬉しさにふにゃりと顔が緩んだ。
「あの、ありがとうござい・・・」
顔を上げてすぐ目の前に向かいから身を乗り出し片手を机の上に置き、空いた片手はそっとシュゼットの頬に伸ばしたアルジャノンの顔があった。
ふっと微笑みを漏らすとアルジャノンは彼女の唇に自分のそれを重ねた。
その瞬間にアルジャノンは我に返った。
可愛く笑うシュゼットを見て、この瞬間まで記憶がない。
正確にはあるのだが、理性が完全に飛んでいた、シュゼットの笑顔ひとつで。
混乱しながらもシュゼットの唇の感触をしっかりと己の脳に届ける。
柔らかく、滑らかで、そして、またしても無意識にその唇を舌で舐め痺れるような甘さを感じた。
目の前で大きく見開いた水色の瞳に拒絶の色が無いのをいい事に唇を啄む。
何度も啄んでいると水色の瞳は蕩け、頬は朱色に染まっていく。
あいだにあるローテーブルを一跨ぎし、アルジャノンは彼女の横に掛けると両手を彼女の頬に添えた。
「シュゼット嬢。俺は・・・」
アルジャノンが熱のこもった眼差しで見詰めながら次の句を言い淀んでいると扉に近付く足音に気が付き2人はハッとして離れた。
第三騎士団の団員が入ってくるのと同時にシュゼットは頭を下げながら部屋から出て行った。
「あれ?今のシュゼット嬢ですよね。かわいいなぁ」
「・・・あぁ」
いつの間にか執務室の机の前でペンを取り書類の処理をしているアルジャノンは僅かに眉間に皺を寄せ団員に短く答えた。