03
シュゼット嬢のバックグラウンドへの突っ込みは各自でお願いします。
先日の不審人物の事に関して総騎士団長に執務室に呼ばれ質疑応答をしたシュゼットは騎士団棟を歩いていた。
シュゼットの先日の行動は知らない者にとっては疑問に思うこともあるのだが、彼女の実家の事情を知っている総騎士団長だったので少ない時間の拘束で済んだ。
国境付近の領地を持つ彼女の実家―マルニエ子爵は少々特殊な領地である。
接する隣国はそこそこ好戦的な国である。
必然的に軍事力のある領地となるわけだが、マルニエ領はこれといった軍隊を持ってはいない。
領地内は平凡で田舎の穏やかな空気が流れている。
国境付近でそんなにも穏やかなのかと疑問に思うかもしれないが本当に穏やかなのだ。
そんな穏やかな領地の3番目に産まれた彼女は家族の中で、いいや、領地の中で一番といっていいほどの落ちこぼれだ。
兄弟は兄、姉、そして弟といるが、皆、5歳の時には野生の熊を素手で絶命させていたが、彼女は成人男性を気絶拘束させることしか出来なかった。
両親からの7歳のお遣いで、兄は当時の宰相の不正を暴き、姉は隣国が戦争を仕掛けようとした情報を得、弟は不正貿易を断罪したのだが、シュゼットが出来たのは隣の領地の伯爵の浮気、愛人、そして非嫡男を全て網羅し夫人に報告したくらいだ。
ちなみにその後、その伯爵家がどうなったのかはご想像にお任せする。
領地の年の近い友人達と遊ぼうとも、家屋の2階部分に駆け上がるしか出来ないし、木から木へ飛び移るくらいしか出来ない彼女は鬼ごっこもかくれんぼもすぐに鬼になってしまう。
しかしながら、不出来な子ほど可愛いのか家族にも領内の人間にもシュゼットは愛されて育ったのだ。
自分でも甘やかされていると分かっているが落ちこぼれの自分に出来ることは限られていると領内の手伝いや間者になる事、騎士や冒険者になる事も早々に諦めて、親の紹介で王宮の侍女として働くことにした。
彼女は本当に何の裏もないただの侍女なのである。
しかしながらたとえ落ちこぼれ―だと思っているのは本人とその領地内だけだが―でも特殊な実家の育ちである事は最低限、上層部には報告されているのであった。
そうして騎士団棟の廊下を歩いていたところでシュゼットは目の前―50mほど先―にいる騎士達の中の1人を見て鼓動を弾ませた。
少し長くなってしまった漆黒の髪を煩わしそうに掻き上げる彼を凝視しないように平常を心掛けてその騎士達の通行の邪魔にならないように廊下の端へ寄り頭を下げる。
もう通り過ぎたであろうと顔を上げて彼女は驚いた。
目の前に漆黒の髪の彼―アルジャノンがその夜空のような藍色の瞳で彼女を見つめていたからだ。
「失礼します、シュゼット嬢。少しお時間ありますか?」
シュゼットの30cmほど上から声をかけられて我に返った彼女は瞬きを何度かした後にワケも分からないまま頷いた。
アルジャノンはふわりと微笑むと「こちらへ」と促し歩き出した。
その広い背中を見つめながらシュゼットはついて行った。