02
捕らえた人物を近衛騎士に預け、元々の予定だった報告書を総騎士団長の執務室へ提出すると城内を歩きながらアルジャノンはシュゼットと初めて出会った時のことを思い出していた。
それは2年前の昼下がり、アルジャノンが庭園を歩いて見回りをしているときだった。
東屋の方から声が聞こえてくるのだが、その声が何だか焦っているようだった。
何事かと向かえば、この国の幼い王女が東屋を見上げている。
アルジャノンが視線を追って見上げると屋根の上に侍女が居てギョッとした。
「何をしているのです?」
なるべく落ち着いて侍女の方へ声をかけると王女と侍女の視線がアルジャノンに集まった。
「猫が降りれなくなったの」
王女のその一言でなるほどと思った。
降りれなくなった猫を救出するために東屋の隣の木から侍女が屋根の上に登っていったという事だろうと。
よく見ると侍女の腕の中に白いフワフワの塊がある。
こっそりと嘆息するとアルジャノンは侍女に問う。
「降りれますか?」
侍女は屋根の上から地上の方をきょろきょろと確認すると「はい」と返事をした。
屋根の縁まで進み今にも飛びそうな彼女に向ってアルジャノンは両手を広げた。
「え?」
「来てください」
明らかに狼狽している彼女に思わず笑みが零れる。
「さぁ」と促すと首肯して縁から踏み出した。
ふわりと、それはまるで羽根のように緩やかに降りてきた。
実際はそう感じただけなのだが、天使が舞い降りてきたとアルジャノンは思いながら抱き留めた。
そしてそのストロベリーブロンドの旋毛にそっと唇を落とした。
すっぽりとアルジャノンの腕の中に隠れてしまう彼女をずっと抱き留めていたかったが、わざとらしい咳が隣から聞こえてきて我に返った。
慌てて腕を離すと頬を真っ赤に染めた彼女がおずおずとアルジャノンを見上げた。
「あ、ありがとうございます」
しりすぼみに小さくなる声とともに空のような水色の瞳が恥ずかし気に逸らされた。
逃げるように彼女は王女の方へ向かうと腕の中の白いフワフワの塊―猫を渡した。
「ありがとう。・・・あなたたち、名を何というの?」
王女はアルジャノンに向って厭らしく笑いを浮かべた。
この幼い王女に下世話な想像をされているのは分かったがこの機会を無下にする気もなく素直に従った。
「第三騎士団所属、アルジャノン・ベンディクスでございます」
「侍女のシュゼット・マルニエでございます」
2人は王女のお節介のおかげでお互いの名前を知ることが出来たのだった。
それ以降、すれ違う時に目配せしたり、休憩が重なった時に他愛もない会話をしたりと少しずつ交流を深めていた、つもりだった。
「まだまだ知らない事ばかりだ」
あのように動けるとは知らなかった、と。
東屋の屋根から飛び降りるという事も一般的な女性の行動とは逸脱しているのだが、そのことは全く気付いていない。
それどころか。
「ほどけた髪も綺麗だった」
などと惚けていたのだった。