01
アルジャノン・ベンディクスは第三騎士団の副団長である。
国境付近で起きた事件が解決し、2ヶ月ぶりに王都へ帰ってきた。
城の敷地内にある騎士団棟の第三騎士団に宛がわれた執務室で報告書を書く羽目になったのは他の団員が揃いも揃って脳筋なせいであろう。
彼以外の者が―例えば団長であったとしても―報告書を作成すると必ず不備が出て再提出を要する。
というかまず読解不可能な文字であることが多い。
閑話休題。
往復の時間に日数がかかり事件自体はそれほど難しいものでなかったので、報告書は半日もしないうちに書き終わった。
ひとつ伸びをして報告書を提出するために部屋を出て、そこで漸く城内が俄かに騒がしいと気付いた。
ここら辺はやはり騎士というべきか、野生の感というべきか。
すぐに城内の異変を感じる場所へと駆けた。
広い中庭の横の廊下を駆けていると遠くに侍女の後ろ姿が見えた。
少しでも情報を得ようと声をかけようと思った瞬間、彼女との間に中庭を突っ切ってきたのか真っ黒な影のような人物が現れた。
「!」
その影はアルジャノンと侍女の方とを素早く見て侍女の方へと音もなく駆ける。
「待てっ」
侍女に聞こえるように声を上げたアルジャノンはその声に反応し振り返った侍女を見て瞠目した。
彼女はアルジャノンが2年前から想いを寄せている人物―シュゼット・マルニエだったからだ。
影が懐から刃物を出すのとシュゼットがその人物を確認するのとほぼ同時だった。
「やめろぉぉぉぉぉぉお」
柄に手をかけ剣を鞘から引き抜く。
絶対に間に合わないと分かっていても必死で彼は駆けた。
影に完全に彼女の姿が視界から消え、それから不思議なことにふわりと影が浮かび上がった。
「・・・え?」
何が起こったか理解できない。
剣を片手に彼女の前まで来たアルジャノンはゆっくりと歩みを止めた。
影は床にうつ伏せになり両手は背中に押さえ付けられている、シュゼットによって。
彼女は髪を結っていたリボンをほどく。
ゆっくりと流れるように落ちる髪にアルジャノンは目を奪われた。
そのリボンで影の両手を拘束すると更に持っていたハンカチーフを猿轡代わりに口へ突っ込んだ。
「ベンディクス様、あとはお願い致します」
「あ、あぁ・・・」
まるで何事もなかったかのように微笑むとシュゼットは背を向けてどこかへ歩き出した。
混乱しながら目の前の影と握っていた剣とを見て、剣を鞘に戻すと大きく息を吐いた。