プロローグ5
どこからどう見ても可愛らしい女の子になったノエルはおどおどしながらも城下町へ向かった。普段ズボンしかはかないノエルにとってスカートは心許ない。ふわふわと布が波打つたびに風が足を通り抜けすーすーするなぁと思っていた。
抜け出すときに通った道を通り抜ける。昔はアルとよく通ったのにいつの間にか一人になちゃったなとセンチな気分にもなった。
しまいにはあーこんな姿知っている人に見られたら笑われるなーと現実逃避を始めた時、大通りへ着いた。
王子としては何回も通った道だけど変装するだけでみんなの反応が全然違った。そう反応しなくなったのだ。王子と言うだけでみんな挨拶してくれていた。容姿を変えただけで横を通っても見向きもしない。
ノエルにとっては見慣れた街が新鮮に見えた。
だが、街で見かける人々は元気がなく、仕事をしているかわからない薄汚れた人が多く見えた。痩せた人が多く、太っている人の姿は殆んど見ることがなかった。
暫く歩いていると遊んだことがある子供の親がやっているお店に着いた。商品は殆んどなく、残っている商品も痛んでる野菜だった。
「この野菜が1000G? 」
自分で買い物をしたことがなかったノエルには物の値段がわからなかった。
驚いて見ていると店主が話しかけてきた。
「嬢ちゃん見ない顔だな。買ってくのかい? 」
「いえ、いや、少しお話をしてもーいいかな? 」
「ああ、かまわないよ」
「景気はどうですーか? 」
丁寧な言葉遣いを辞めようとして変な話し方になってしまった。
「見ての通りだ。商売あがったりだよ」
少し不機嫌そうに店主は言った。
ノエルはそのことに申し訳なさそうな表情になると、店主が慌てて話を続けた
「うちはまだ商売をやってるからいいが農家はひどいらしい。今まで不作知らずだったからな。何も対応なんてしなかったのさ。試行錯誤して少しづつは改良できてるみたいだが俺らが飢えるのとどちらが先かなって感じだ」
ノエルを怖がらせないように店主は語った。
「子供は元気? 」
「ああ、グレンの友達か? あいにくと仕事に行ってんだよ」
「そうなんですか? 」
たしか僕と同い年くらいだったハズなのにと続きそうだった口を閉じた。
「昔は子供に勉強とかさせる余裕はあったんだが今は無理だ。食っていけねぇ」
「近所に住んでるエリーも? 」
「ああそうだ。まだましな方さ俺らのところは。酷いところは子供を売るのさ」
「ひっ! 」
「まあそんなビビんなよ。俺のところは絶対しない。仲良くみんなで死んでやるさ。マリーん所もだ。だが、えーとなんだっけな? ……そうそう、クライブ! あいつ恐らく売られちまったらしい。親は病気で死んだって言ってたが……」
「そんな……」
聞き覚えのある名前であった。ショックで口をふさいでしまう。
「ほんとなんですか? 」
「ああ、病気だったら医者にかかるのもお金がいるし、兄妹二人いなくなるなんておかしいだろ。下の子も身売りだな」
「ひどい……」
ノエルは気が付かないうちに涙が流れていた。。
「お話して頂きありがとうございました」
「……。みんな王子に期待してんだ。あの魔法のアイテムがあればすぐ昔に逆戻りよ。今残ってんのはそんなやつばっかりだ」
ノエルは脈絡もなくに店主が語り始めてびっくりした。
「だから王子には諦めてほしくないんだわ。希望であってほしい。だけどこの現状も知っていてほしい。そうすりゃきっと見る目や考えることが出来る王になる。あと数年、あと数年待てばきっと俺らは救われる」
目つきが鋭くなり自分が王子であると見透かされているかのように感じ目をそらしてしまった。
「だから腐るな、笑顔でいろ! 」
ハッと店主を向くとニカっと笑った。
「俺が王子に会ったらきっとそういうだろう」
ドキッとしたがその一言で嬉しさが底から込み上げてきた。
「今度はグレンがいる時にまた遊びにこいよ」
「……わかりました。ぐすっ、あ、あれなんで。」
「おいおい、嬢ちゃん俺が泣かせちまった感じじゃねーか」
店主は申し訳なさそうな顔をして頭をポリポリかいた。
「いえ……泣いてなんかいません。ありがとうございました」
「いいってことよ」
「お名前を聞いてもいいですか? 」
「ああ、グレンの親父のバランだ」
「バランさん。また来ます! 」
「おう! 」
現状はいいとは言えなかった。身売りや子供の労働。すでに限界なのだと思った。だが大人のあの言動にノエルは救われて様に感じた。
現状何もすることはできないけど、みんなの希望になれるなら自分だけでも明るくあろうと思った。沈んでいた気持ちは少しだけ持ち直し、あと数年が来ることを待ち遠しく思った。
そんな浮き上がった気持ちに水を差すものがいた。
「嬢ちゃん、ちょっと待ちな! 」
「!! 私……ですか? 」
少し舞い上がった気持ちは判断力を鈍らせるには十分だった。
「あんただよ! 」
男は腕をつかんできた。
「へへへっ、可愛い顔に傷をつけられたくなければ大人しく言うことをききな」
そう、人は貧困になると犯罪に手を伸ばす。
だがノエルはただの子供ではなく、戦う訓練をしている子供なのだ。
「誰がおとなしくしているもんか」
つかまれた手を振り払って走って逃げた。
「おい、逃がすな。追い込め! 」
「風よ力を貸して」
魔法で速さをあげるも慣れないスカート、慣れない土地感。一対多数という状況でどんどん追い詰められていった。
しまいには袋小路に追い詰められてしまった。
「とうとう追いつめたぜお嬢ちゃん。はぁはぁ、随分と手間かけさせやがって」
そう言って出てきたのは五人の男。それぞれナイフを持っている。
まずい、と思いつつスカートを少しづつ上げ短剣を取り出した。
「自分から脱いでくれるのかと思ったけどがっかりだぜ。だが、その短剣もついでにいただきだな」
ノエルは男の言葉を聞かず、状況を冷静に見ていた。稽古をつけている将軍からいつも言い聞かされていた。また、王子の身分として自分を狙う者がおれば情けを掛けてはいけないとも。
魔法を使っても五人は多すぎる。二、三人はまとめていけるだろうが残りが出ると唱えているすきに来られたら負けだ。
「どちらにしても抵抗はさせてもらう」
「こちらとしては大人しくしてほしいんだがね。商品だし傷つけたくないんだわ」
「どういう意味? 」
「俺らがわからないんだ。その短剣からしていいとこの嬢ちゃんだろ? こりゃいいや」
「はぁはっはっは。上玉かもな。売春婦か奴隷と思っていたが、身代金でもいいな」
「身代金にしようぜ。そしたらまわしてもバレんだろ」
「ちがいねぇ、怪我なく返すんだからな」
余裕のつもりなのか、げすい笑い方をしつつ男たちは話をしだした。
「残念だけどつかまるつもりはない! 炎よ敵を穿て」
ファイヤーランス。一本の槍の形の炎が男達めがけて放たれる。
「てんめぇやりやがったな! 」
二人巻き込めたが、三人残ってしまった。それならもう一度。
「炎よ、敵を……」
「させるか!」
はじめに腕をつかんできた男はナイフを投げてきた。ノエルは驚き詠唱を中断してしまった。怪我をするわけにはいかないと大きく避けた。その動きを読んでいたのか素早く残りの二人が同時に向かってきた。
まずい片方はよけられるけど二人同時は無理だ。
風の魔法により素早く動けると言っても限度がある。片方は避け、片方は短剣で受け止めようとする。
仲間を燃やされたことで頭に来ており確実に傷をつけてでも捕まえる気で来ていた。
まさかこんな小娘に避けられたりナイフを受け止められるとは思っていなかっただろう。避けられた方は驚いていたが、ナイフを投げた男が後ろから迫ってきていたのが見えなかった。
「あぐぅっ」
お腹へ鈍い痛みを感じ飛ばされた。ナイフを投げてきた男に蹴られたのだった。
「へへへ、残念だったな」
ノエルはそのまま壁に打ち付けられ、鳴れていない痛みにうずくまる。
「仲間がやられちまった時には驚いたが、こんなもんだろ」
「仲間の分も楽しませてもらわねーとな」
男らは、まだ燃え苦しんでいる仲間を背に汚い笑みを浮かべていた。
「とりあえず、さっさと連れて行こうぜ」
座りこんだノエルに男が近づき髪を掴み上を向かそうとしたところで……
カツラがとれた。
「は!? 何だこれ? 」
驚いた男はそのままの表情をしたまま首と胴が離れて行った。
「すいませんノエル様。いい機会と思い眺めていました。ですがもうご安心を」
サラ流れるような動作で一瞬のうちに仮面をかぶった。
「ひ、ひぃいぃぃぃ」
「何だ、その女」
「護衛ですよ」
どこからか出した剣を持ち、一瞬にして残りの二人の首も飛んで行った。燃えていた二人にもとどめを刺し、サラはノエルへと向き直った。
「あ、ありがとうソフィー。助かったよ」
「ご無礼を働き申し訳ありません」
「いいよ、僕の事を考、つっ」
痛みでお腹を押さえる。
「少しお腹をお見せ下さい」
サラはそう言って仮面を外し、上着をめくろうとする。
「だ、だいじょうぶだから。み、てて」
ノエルはお腹に手を当て目を閉じ、集中しだした。
「光よ、癒したまえ」
お腹に当てていた手がかすかに光だした。
ノエルの表情は少しずづ良くなり、ついには光が治まった。
「ほら」
そう言ってノエルは上着をまくり上げる。
そこには蹴られた跡はなく、きれいな白い肌が見えた。
「ようございました。……ですが外でむやみにお肌を見せてはいけませんよ」
そう言ってサラは微笑んだ。
「ノエル様今一度、申し訳ありませんでした。」
「いいよ、僕の事を考えての事だろうし、怪我もなおった」
「……ありがとうございます」
二人は城へ戻った。
「言い遅れましたが、私は陛下の諜報員になります。ノエル様がお生まれになってからは侍女兼護衛になりましたが」
「ソフィーが戦えるなんて知らなかったよ。いつも後からつけていきますってホントにつけてたんだね」
「ええ、ノエル様にばれないようにいつも潜んでおります。それとこの仮面をかぶっているときはサソリとお呼びください」
さっき被っていたお面を見せてきた。
「わかった」
その答えに満足したのか、ソフィーは仮面をどこかへ片付け微笑んだ。
「して、得るものはございましたか? 」
「うん、沢山あった」
貧しくて働いていないと食べていけない。同世代の子供たちも学業ではなく仕事をしている。酷いところは身売りに子供を出している。学業をする時間がない為、長い目で見ると国民のレベル自体も下がってくること。民がこれだけ苦しんでいることからそこを領地している貴族も豊かではないだろう。それに人は貧しすぎると犯罪にまで手を染める事。
「昔は治安が良かったと聞いていたけど、人さらいに合うとは思わなかったよ」
「戦闘面でも得るものがあったのではないでしょうか? 躊躇わず魔法を使ったのはいいはんだと思いますが」
「訓練は沢山していたから躊躇いは無かったよ。でも身を守るために人に魔法を向けたのは初めてだったから、今考えると怖かったな。それに人を殺めてしまったんだ」
「そうですね。人に剣を向けるのに何も感じないよりかはいいと思います。ですがあのものたちにとどめを刺したのは私です。魔法手加減なさったのでしょう? もっと威力の高い魔法を使用していたらもっと有利になれたはずです」
「……そうだね。ごめん嘘をついた。躊躇ってしまったよ。魔法で怯んでしまえばいいなって」
「でもそのせいでご自分が危険になりましたね? 私が居なければ今頃奴隷市場へ売られているでしょうね」
「うん、ほんと感謝してるよ。ありがとう」
「ノエル様、街の人々の希望をお聞きになられたのでしょう?御身はかけがえのない存在なのです。もう少しご自分を大事になさいませ。敵に憐れみをかけ自分が死んだら元も子もありません。」
「わかったよ」
「わかっていただいて幸いです。それと私が戦えることは周囲の人は知りません。元々諜報員ですので。ですから他の人には内密にお願いします。ただの侍女と思い下さい」
「うん、そこはわかってるから大丈夫だよ」
濃密な一日だったなとノエルは思った。